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第13話 魔力の譲渡

 そしてその後、私は鏡を持って戻ってきてくれたギルバードさんに状況を伝え、急ぎランディさんを城の医務室に運びこんだ。移転陣があるので屋敷に連れ帰る方が圧倒的に早いのだが、屋敷で防御結界の実験をしていることもあり、足を踏み入れることができるものはランディさんが許可した者に限られている。つまりは、医者が入れない。


 衣服を整えた私も借りたランディさんのローブを抱えたまま医務室に向かった。

 ランディさんは医務室奥にある個室の一つに寝かされた。

 そしてすぐにやって来た医者はランディさんを見て首を傾げていた。


「このお方が一時的とはいえ、魔力切れを起こすほどの魔術って、あるんですね」

「魔力切れ……?」

「ええ。表現の仕方は難しいのですが、人は走れば呼吸が荒くなるでしょう。あれと同じで、魔力も使い過ぎれば息切れを起こしたり過労になったりします。ただ根本的な魔力量が常人のそれではない方ですので、想像したことすらありませんでしたが」


 つまりは、それほど難しい術をランディさんは私に施してくれていたのだ。


「一体どのような実験をなさったのか見当もつきませんが、少し安静にすればすぐに治りますよ。もともと食事を不要とするくらい魔力の摂取に長けた方ですから、回復も常人のそれとは比べ物になりません。まあ、二日ほどは安静にしてほしいと私は思いますけどね」


 特に心配する様子もない医者は、そのまま次の患者へと向かうために部屋を出て行った。そしてその直後、彼の悲鳴が耳に届いた。

 何かあったのかと私も部屋を出ようとしたとき、ちょうどドアが勝手に開いた。


 そして「やあ」と、場の空気に馴染まないほど明るい声が響いた。


「マヒルにギルバード。ランディが倒れたって聞いたんだけど、本当かい?」

「で、殿下!!」

「君のその声で起きないというなら、どうやら本当らしいね」


 そうして遠慮なく部屋の中を進んだダリウス殿下はランディさんの顔を覗きこんだ。


「何があったのかは直接ランディから聞くとして――ねえ、マヒル。どうせならさっそくランディを起こさない?」

「無理に起こすのは、さすがに……」

「ううん、違うよ。古今東西、お姫さまを起こすのは王子のキスだと相場はきまっているでしょう?」


 にこにこと仰るダリウス殿下に、私は思わず後ずさった。


「ということは、殿下がランディさんにキスをする、と……?」

「ごめんね、それはさすがに笑えない。私はマヒルがランディにキスをすればいいんじゃないかと提案したんだ」

「……それくらいで回復するということはさすがにないですよね」


 あれは物語の中だから成立することであるし、そもそも仮にそれでランディさんが起きたというのなら『何をしやがる』的な、嫌がる意味だと思う。

 でも、殿下はにこにこと笑っていた。


「ただ単なるキスなら確かに起きないね。でも、魔力の供給ならどうだろう?」

「え?」

「魔力がないなら移してやればいい。ランディ程ではないが、王族ゆえに私も魔力を保持している。そしてマヒルも持っているだろう?」


 つまりは、輸血と同じような感覚なのだろうか?


「魔力を移すのは慣れていると簡単だよ。私なら口づけなんてしなくても額に手を当ててやれば移すこともできる。けれど、ランディは妙なところを気にするからね。私の手を煩わせたと思うと、あとがめんどくさい」


 にこにこしながら、けれど堂々と言うダリウス殿下に私も愛想笑いをせざるを得なかった。たしかに、恩義を非常に感じているというのは以前ランディさんから聞いている。


「その点マヒルなら何もないだろう」

「わかりました。額に手を当てればいいんですね」

「私の場合はね」


 ダリウス殿下の返事を聞いて、一つ頷いた私はランディさんの額に手を置いた。

 けれど、そこで何をすればいいのかわからなくなる。魔術を使うように火や氷を思い浮かべるのではなく、身体の魔力を供給する。それをなんとなくイメージをしても、何も起こっていないような気がする。


「やっぱり。マヒル、きみ、魔術に慣れてないから魔力を移せないんだよ」

「え……じゃあ、分けることも無理ですよ、ね」

「だからやっぱり口付けかな。魔力を吹きこむイメージがつきやすいし、魔力単体でイメージできなくてもやっぱり普通に体内から呼吸と一緒に出すイメージでなんとかなると思うよ」


 思う、というのは実はとても曲者ではないかと思ったけれど、ランディさんが倒れている状況だってもとはといえば私が原因だ。


「別に口にしなくてもいいんだよ。要は直接身体から身体に吹きこめばいいんだから、額でも頬でも手でも、どこでも」

「そ、そうなんですね」

「本当は口にしてるのを見たいけど」

「謹んで辞退させていただきます」


 ならばと私は手の甲を持ちあげた。

 手なら怒られてもあとで洗えばいいというような気持ちになれる。

 そして、意を決して……そこに口を寄せた。


「あぁ、いい感じだよ。そのままね」


 いい感じだと言われても、これは非常に落ち着かない……!

 あとでダリウス殿下にもギルバードさんにも口止めしないとと頭の中でぐるぐる思っていると、殿下から「集中」と注意が入る。


 そして私にとって相当長い時間が経過したころ、ダリウス殿下から「もういいよ」との声がかかった。倦怠感があるのは、魔力を失ったということなのだろうか。

 ランディさんの手を服の裾で拭いてから立ち上がった私は、その顔を覗きこんだ。心なしか顔色がよくなった気もするし、瞼がぴくりと動いた。


「おはよう、ランディ。よく寝たかい?」

「殿下……?」

「私だけじゃなくてギルバードとマヒルもいるよ」


 やや寝ぼけた様子のランディさんだったが、すぐに頭は切り替わったようだった。


「失礼しました」

「いや、何も失礼はされていないよ。それより、君が倒れる程の魔力を一気に使うなんて何事かと思ってね。だいぶ繊細な術でも使ったのかい?」


 ダリウス殿下の問いかけに、ランディさんは私とギルバードさんに目配せしたので、二人そろって首を横に振った。まだ、何も申し上げておりません。

 そしてそれを確認したランディさんは溜息をついた。


「ドイル殿が召喚に関わっています」

「ドイルが?」

「あの……ドイルさんっていうのは、昼間の男性ですか……?」


 ダリウス殿下のお知り合いという可能性から『あの失礼な男』という言葉は飲みこんだが、ランディさんは舌打ちしそうな表情をしている。


「ドイルは私の従弟だね。王弟の子だ」

「へぇ……全然似てないんですね」

「ありがとう。似てると言われたら暴れずにはいられないかな」


 ダリウス殿下のご様子から、殿下自身もよい感情を抱いていないことがよくわかった。

 うん、私だってあんなのと同じにされたらいやだと思うよ。同じ考えでよかった、よかった。


「けれど『おそらく』とつかないくらい断定なんだね」

「こいつの背にドイル殿の紋である赤百合が刻まれていました。そして、それがドイル殿と接触した折に反応しました。ドイル殿も『異界の聖女』を探すためにわざわざ街を歩いていました」

「ああ、それだと間違いなさそうだね。ところでマヒルはドイルに何か話したかい?」

「いえ、名前すら聞いていないくらい薄い接触です。できるだけおだてさせていただき、穏便にお帰りいただきました」

「ああ、それはあいつへの対策としては有効そうだね」


 今の会話で私は自分の背に赤百合の文様があることを初めて知った。

 けっこう目立ちそうなものだと思うけれど、どうしてそれで人が識別できるのか私にはわからない。その事に気付いてくれたのはダリウス殿下だった。


「王族に近しいものはそれぞれ生まれながらの文様があるんだ。私ならシクラメン。たとえば召喚が自分の支配下におくためのものであるなら、所有物として文様が移ったりすることも考えられるかな。実際、昔は奴隷に紋を刻んだという話もあるからね」

「じゃあ、ランディさんが封印したというのは……」

「ドイルに気づかれないようにするためだ。今は気付かれていなかったが、後々気づく可能性がある。ただ、ドイルも魔力量は多いが魔術は使いこなせない。あの場で気付かなかったことを考えればドイル殿は単なる燃料で、『聖女』の召喚を実行した術者が別に存在する可能性も高い」

「燃料……」


 それは、さきほど私がランディさんに魔力を移したのと同じようなものだろうか。

 そう思うと、顔が熱くなった。ダメダメ、いまはそんな話を考えてるときじゃない。殿下がこちらを見ていたり、ギルバードさんもこちらを見ているのも気のせいだ。きっと、そう。ランディさんも不審そうにしているけれど、確信が持てないのか突っ込むことはなかった。


「でも、ドイル自身が行っているとなるだけならすぐにでも動けるけど……背後に誰かがいるとすれば、少し様子見も必要だね」

「はい。おそらく問い詰めたところで逃げられます。今までドイル殿が召喚したはずの者を見つけられていないのであれば、その者は自身では見つけられないのでしょう。そうでなければ、本人が街を歩いて探すこともない」

「あのドイルだからね。靴が汚れただけでも大変な騒ぎになりかねない」


 めちゃくちゃ言われてるなぁと思うけど、ドイルさんというのは本当にどうしようもない人らしい。


「でも、殿下の従弟様なら、一体どうして私を召喚する必要が……?」

「それは私にもわからないね。ただ、ドイルは馬鹿だが度胸が据わった人間ではない。仮に召喚の代償に人間の命が必要である可能性を知れば足がすくむことだろう」


 ダリウス殿下のその言葉で、各々の唸り声を残して言葉が部屋から消えた。


「まあ、ここで考えてもらちがあきませんし、まず俺はドイル様の周辺を探り、ランディは静養、マヒルはその看病ってことで今日は解散しましょうか」


 パンパンと部屋の空気を変えるかのようにギルバードさんが言い、殿下が「そうだね」と仰い、ランディさんが心底嫌な顔をしてギルバードさんを見ていた。殿下が納得なさったので反論はしていないが納得もしていない、そんな感情が手に取るように分かった。

 そしてそれはもちろんお二人にも伝わっていたけど、綺麗にスルーなさっているように感じた。

 その後私は部屋を出て行かれる二人をドアのところまでお送りしようとしたけど、ダリウス殿下が部屋の外に出るよう視線で命じられたので、一歩外にでてドアを閉める。

 するとダリウス殿下はギルバードさんに先に行くように仕草で示され、私のほうに向き直られた。


「マヒル、ランディを頼んだよ。最低限の魔力は戻っているけど、肉体的な疲れもいまのうちに一度休めたほうがいい。二日はそこで寝ていなさいと言っておいてくれるかな」

「はい」

「食事も任せたよ」

「はい、それはもちろん」


 さすがに倒れたのだから、できるだけ消化のいいものを作るつもりだ。

 おかゆだと味が薄すぎてランディさんには食べにくいかもしれない。ならば、同じ煮込んだお米でもリゾットにしてみようか。病人食としておかゆを作る文化って世界では少ないみたいだけど、消化もいいし、飲みこみやすいし。

 話しながらもそう献立について考えていた私に、殿下はふっと優しく笑みを浮かべられた。


「よかったよ。また、ランディが食べる気になってくれて」

「気に入ってもらえてよかったです。わたし、めんどくさがりが行き過ぎた人は初めてみました」

「うん。そういうことにしていたもんね」

「え?」


 しかし殿下はそれだけ仰ると満足そうに踵を返された。


「『そういうこと』?」


 ダリウス殿下の言葉を思わず繰り返してしまったけど、殿下が振り返られることはなかった。




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