第10話 エンカウント
多属性の魔術適性を持つことを伏せること。
それをランディさんから言われて、十日ほど経過した。
その間も特に私に怪しい人が近づくということもなく、私はお弁当を作り、常連さんやたまにくるご新規さんにお弁当を売って、平和に毎日を過ごしていた。
多属性の希少さについては未だ理解し切れない部分があるけど、もともと使っていないものなんだから使わないで過ごすというのは難しくもない。だから最初の二日は少し緊張していたけど、結局何か大きく行動を変えたということは、魔術に関してはなにもなかった。本当はちょっと使いたいなって思うことも多いんだけど、危険を冒してまで挑戦することじゃないから、ぐっと堪える。お菓子作りには使ってるけど、ランディさんから注意は受けないのでこれはセーフの範囲なんだろう。
ただ、平和な日常の中でも変化はある。
なんと、ランディさんが夕食を食べてくれることも増えました。
ギルバードさんには絶対にランディさんをからかっちゃダメという念押しのもとに言ったんだけど、はじめは信じてもらえないレベルだった。
なにがランディさんの心を動かしたのかとギルバードさんは言っていたけど、私は絶対に言えやしない。
夕食を食べてくださったら明日おやつにミルクアイスを作りますよ、なんて冗談を言ったら久々に屋敷に帰ってきた挙句、夕食が届いてないとクレームを言ってたなんて絶対に言えない。私の多属性もそうだし、ランディさんのイメージを損なわないためにも言っちゃだめだと思う。今の気難しそうなイメージも問題だけどギルバードさんに子供みたいって思われたら絶対にランディさんの機嫌がものすごい勢いで降下して、怒られちゃうからね!!
ランディさんは屋敷に帰ってきた理由を私が食えといったから待っていたというのに持ってこなかったからだと言っていたけど、いままでそれで食べてくれる様子なんてなかったから、絶対にアイスの効果だと思うんだよね。だって、前にギルバードさんがお弁当を一時的に届けなくなった時はイライラしてたけど、自分で取りに行くなんて手段どころか、その話題だって口にしなかったって聞いてるんだから。
でも、そんなランディさんの様子を見るのは私にとってとても楽しいことだったりする。ギルバードさんも知りたければお菓子を作ればいいんだ。そのヒントも内緒にしてるけど!
ただ、毎日同じミルクアイスばっかりっていうのもどうかと思って、昨日のおやつはフローズンヨーグルトにベリーのジャムをかけてみた。ヨーグルトとはちみつにちょっとだけ牛乳を混ぜて、凍らせるだけで完成だ。結構食べるスピードがはやかったから、たぶんランディさんも気に入ってくれている。
でも、まだ問題点も残っている。ランディさん、夕飯はしっかり食べるっていうほどじゃないんだよね。確かに食べているから約束を守ってることは守っているんだけど、最初に夕飯が届かないとクレームを入れた日も、昼のみたいなやつというリクエストをくれたおかげで急いで作ったよ! リクエストをするだけして執務室に戻っていったランディさんを見届けたあと、イリナさんとマークさんが『愛のこもったマヒルさんのご飯が食べたくてしょうがないんですね!』って口を揃えていたけど、それ、誤解です。食べやすさ重視なだけです。
フォークとナイフを同時に使ってくれるくらい食事に興味を持ってくれたら、レパートリーもひろがるのにと思いつつ、私がその日につくったのは焼きおにぎりと卵焼き。焼きおにぎりは表面にマヨネーズとケチャップを混ぜたオーロラソースをたっぷり塗った。マヨケチャおにぎりは日本にいる両親の好物でもある。
でも、その作っていたことを思い出して、私もちょっと両親のことを思い返した。
たぶん送り出してくれたときのことを思うと、心配はされていない。されていないと思うんだけど――もしかすると、しているかもしれないともほんの少しだけ思ってしまう。いや、本当にほんの少しだけなんだけど。
それに、送り出してくれたときは心配していなくても、長く帰らなければ心配されることもあるよ……ね?
だから、そのもしかしての可能性を払拭するためには、やはり帰るしか方法はないのだと思う。
一応私も何かできないかと思いランディさんに許可された範囲で魔術書を読もうとしたけど、まったく読めなかった。ランディさんの詠唱が聞き取れないのと同じ感覚だ。ランディさん曰く言葉が通じたり文字が読めるのはおそらく召喚の際にそういう術が組みこまれたのではないかと言っていたが、どうも古語にまで対応していないということらしい。そのことにがっかりしていたら、適性や才能がないだけだから諦めろと言われてしまった。
たぶん慰めてくれたんだと思うけど、ランディさんは慰めるのがものすごく下手だ。おそらく『人間得手不得手があるから無理する必要はない』と言いたかったんだと思うんだけど……。だって、ランディさんの表情がわずかに苦かったから。言いたいことが言えなかったんじゃないかなって思ったの。
結局その時のランディさんは「飯でも作ってろ」といってそのままこっちを向いてくれることはなくなったけど、言葉選びはびっくりするほどへたくそでも、とてもあったかい心に触れられて嬉しかった。
もちろん、私もただダメだったからと諦めたわけじゃないけどね。
たしかに古語に関しては、がんばる・がんばらない以前の問題として教わらなければ無理なのだと思う。だから今はこれまで通りお弁当を売り、情報収集を行いながら新しい『できること』を探している。まだ目立った成果は上げられていないけど、たまたま怪しげな人が最近うろついているっていう話をギルバードさんに伝えたら、それが闇商人だったので検挙に貢献した――なんてことはあった。周囲への観察力が上がっていたおかげかな。
悪いことはダメ絶対!
話は少しそれてしまったけど、でも、そんな毎日を過ごしている中で、もしかしたら帰れる可能性が見つかりつつあるのではないかと思うことがある。
それは、ランディさんの様子からだ。
最近のランディさんは書き物をよくしていて、前みたいに資料をあさることが減ってきている。内容自体は見せてもらえないけど、その様子を見ていると調べものから何か計算するようなものに状況が変わってきているように感じられる。おそらくだけど、調べものが進んでいるということだと思う。それだと、悪いことをした人もみつかりつつあるということかな……?
ただしランディさんは何も言ってないから、私の勘違いかもしれない。
でも、帰れる可能性が上がってるんだと思うとほっとする反面、帰ることに対して引っかかる思いも感じている。
それは召喚した人が何をしたかったのか、私も手掛かりになる可能性があるかもしれないのだから、それが解決しないままだともやもやするということだ。一方的に助けてもらうのも柄ではない。他にも喜んでもらっているお弁当をどうするかとか、帰ることができてもまたこっちに来れないかな、という気持ちを抱いていることとか。こちらにいる期間が長くなれば長くなるほど、愛着も湧いているし、行き来できるようになればいいのになって思う。
でも、こんなことを相談できる人もいないから、やっぱり一人で悶々と悩むしかないんだろう。考えるより行動をモットーにしてきた私だけど、さすがに異世界との話になると行動よりも考えてしまう。
「……何してるんだ」
「え? すみません、考え事をしていました」
ふと顔を上げれば、ランディさんが呆れた表情で私を見下ろしていた。
今はお弁当の販売にいく直前で、ランディさんのキリがよくなるところまでまっていたのだ。ひょっとしたら何回か呼ばれていたのかもしれないと思いながら、私は急いで立ち上がった。
「今日のお弁当にはミートボールが入ってるんですよ。ランディさんが食べやすいように、串をさしていますからね。お団子みたいな見た目ですよ」
「オダンゴ……?」
「お菓子の一種です。って、やっぱりここにはないのか」
そうなると、どうしたら伝わりやすいのか。
そう思ったけれど、どちらかと言えばランディさんはお団子というものをなにやらいろいろ想像しているようだったので、口を挟むのはやめてみた。どんなものが結論として導かれたか、聞けるといいな。
そんなことを考えながら、今日もお弁当を売り切った。イクスさんとスピアさんが最後にきて完売して、さて片づけていつも通り食材を買いに行こう――そう思ったけど、今日はそうもいかなくなった。
「お前か? 最近、ここで商売を始めた昼食売りというのは」
初めて見るその人は、庶民ではないと一見してわかるような高そうな衣服で、高圧的で、できればお近づきになりたくないなと思ってしまうタイプだった。




