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第9話 特殊な魔術より驚く言葉

 そしてランディさんの屋敷の庭で色々試してわかったことがある。

 どうやら、私はかなりの種類の魔術というものが使えそうである、ということを。


「ファイヤ、と言ったら火の玉がだせたけど……ウォータで水とか、ウィンディで風とか……」


 そして声に出したほうが発動が早いだけで、念じても水をあふれさせたり風を巻き起こしたりすることも可能である。


「もしかして、日本語で『水』でも願えば……って、できたし!」


 魔術の概念はわからないままだが、強く願えば具現化するものであるということで間違いではなさそうだ。庭は綺麗に整えられているので試していないが、土壁を作りたいと願えば土も操れるのではないかと思ってしまう。


 ただ、そこで気がついた。


「願うだけでいいなら、もしかしたら――」


 そう考えた私は水の玉を手に浮かべ、それから念じた。凍れ、と。

 すると、浮いていた水の玉は塊となってそのまま私の手に落ちてきた。塊は冷たさをダイレクトに掌に伝えてくれる。


「これってもしかしなくても……氷!!」


 思わず感動で打ち震えそうになるのを、私は必死で押しとどめた。

 こちらに来てから、冷蔵庫というもののありがたさをこれでもかというほど私は意識させられていた。氷も売っていることは売っているが、手が出ない価格であった。


 魔術、素晴らしい……!!


 私はそう思いながら、頭の中では氷を生み出すことができるのならば……と、私は急遽魔術の訓練を取りやめて調理場に走りこんだ。


「イリナさん……!! 牛乳、牛乳をください!!」

「牛乳ですか……?」


 興奮する私に若干頬を引きつらせながらも、イリナさんは毎朝届いてるそれを譲ってくれた。


「何を作るんですか?」

「おいしーい、おいしーい、冷たいお菓子です」

「冷たいお菓子ですか?」


 疑問符を浮かべるイリナさんだけど、私もなかなかアイスクリームという概念をイリナさんに伝えることは難しい。だから、ここは実食までは見守っていただこうと思う。

 ただ、アイスを作ると言っても生クリームはさすがに置いていないので、今回は牛乳アイスだ。どちらかといえば、プリンアイスという表現が近いかもしれない。


 手順はまず牛乳、砂糖、溶き卵を沸騰しないように小鍋でコトコトと煮込んで、とろみがついたら火から降ろす。それから冷やしていくんだけど……これ、あんまり一気に凍らせすぎたらまずいのかな? 大丈夫なのかな? そんなことを途中で考えながらも、とりあえず完成。


「……って、完成させたけどソースを作ってなかった!!」


 うっかりしていたと思いつつ、小鍋で砂糖と水でカラメルソースを急いで作る。プリンに近いから、やっぱりカラメルソースを合わせるのが私の一番の好みなんだ。アイスは溶けないように、時々冷気を与えるのを忘れない。作る順番を間違えたら大変な目に遭うのだと、改めて思い知ってしまった。今度から気を付けないと。

 そしてカラメルソースができたところで、牛乳アイスをスプーンで器から掘り起こす。牛乳で作っているせいで生クリームとは違って硬いというか、シャーベットみたいなしゃりしゃりとした感じではあるんだけど、久々の冷たいお菓子に私の心が躍る。盛り付けた上からカラメルソースをかければ、完成だ。

 どきどきしながら試食をしてみれば、思わず顔がとろけてしまう。


「どうぞ、イリナさんも!」

「は、はい……なんだか、不思議な食べ物だねぇ……」


 恐る恐るという雰囲気で、イリナさんはスプーンで牛乳アイスをすくって口元に運んだ。得体がしれないからかカラメルも避けていたけど、口の中に入れたあとは、みるみる表情を変えていた。


「これは……美味しいお菓子ですね……!」

「お口に合ったならなによりです。マークさんも屋敷の中にいらっしゃいますよね」

「ええ。呼んできます。ですが……それ、旦那様にも持って行かれてはどうでしょう? きっと、驚かれますよ」

「もちろんです。でも、食べてもらえるか、ちょっとドキドキしています」


 食事を面倒臭がるランディさんなので、菓子になればさらに面倒になるかもしれない。

 けれど、逆に甘味なら食事をとるより楽しんでとってくれるかもしれない。ご飯はおなかいっぱいだっていうのにデザートはぺろりと平らげる人もいるし。……いや、あれは別腹が発動しているだけなのかな。


「もし旦那様がいらないっておっしゃったなら、すぐに帰ってきてくださいな。私がお代わりさせていただきます」

「それを聞いて安心しました」


 そして苦笑しつつ、私は移転陣に乗った。

 単にドアを開ける程度の感覚でランディさんの執務室にお邪魔したんだけど……目の前には上半身裸のランディさんがいらっしゃいました。はい。


「って、何してるんですか!」

「何がだ」


 何事もないかのように手にしていた服を適当に放り投げ、そして新しい服を手に取るランディさんはお着換えの真っ最中だったらしい。この移転陣、便利だけど到着する場所の状態を確認する機能がほしいと切に思った。

 それでも目が離せなかったのは、その背中に大きな傷があったからだ。

 すでに塞がっている傷は古傷そのものだけど、大きく二つついていた。


「何を見てる。痴女か」

「違います、すみません!! でも、背中、痛くないのかと思って……」


 聞いていいのか悪いのか、自分では判断がつかなかったけれど慌てて言い訳をしたときにはつい口からでてしまっていた。けれど、ランディさんはそっけなかった。


「昔のものだ」

「そ、そうですか」


 でも古傷はうずくという話もきいたことがあるし、やっぱり痛かったりするのかな。痛くはないとも言ってないもの。

 どう返せばいいのかわからないでいれば、ランディさんは振り返ってため息をついた。


「確かに死にかけたが、ダリウス殿下に救っていただいた。まだ魔術も知らない子供だった頃のことだ」

「え」

「なんだ」

「あの、いえ、ランディさんって移転陣を作るくらいだから、てっきり子供のころから大魔導師かと思ってました」

「そんな職、どこにもないぞ」


 明らかに呆れられてる……と思うけど、一瞬その頬から力が抜けている――笑うとまではいかないものの、尖った様子が少しだけ薄れた気もした。ただ、それはほんの一瞬のことだった。ランディさんは手にしていた上着を被ってしまったため、その表情は見えなくなってしまった。

 ただ、その話を聞いてランディさんが防御結界を強固なものにしようとしている理由について、もしかしてそれが関係しているのかなと思ってしまった。

 ダリウス殿下に助けていただいたということもあるけれど、何らかの状況で命の危機に立ったことがあるからこそ、そういう可能性を少しでも排除しようとしているのかもしれない。

 ただ、私がそう考えている間も、ランディさんは余計なことを言ってしまったというような空気を醸し出しているため、これ以上はまだ聞けないことなんだなと思った。

 ただ、一つ言いたいことはある。


「でも、働きすぎちゃだめですよ。ご飯を抜いてまで働くとか、絶対だめです」


 そう、何が理由であれ身体は資本。

 助けてもらったなら、それに恩義を感じているならなおさらのことだと思う。


「脈絡もなく、なんだ」

「脈絡があろうがなかろうがです。ダリウス殿下も、ギルバードさんも心配なさいますよ。もちろん私もです」


 私のなかの考えは繋がってるけど、ランディさんにそんなことがわかるわけもない。

 だからランディさんに言いたいことが本当に伝わるとは思いにくかったけど、想像部分が間違っていたとしても働きすぎというところには変わりがない。

 ランディさんはわかったともわからなかったとも言わず、ただ、ひとつため息をこぼした。


「それで、何の用事だ。街に出る用事でも思い出したのか」

「あ、いえ、そうじゃないんです。ただ、魔術を試していたら思いのほか素晴らしいものができてしまって……」

「素晴らしいもの?」

「そうです。牛乳アイスです!!」


 勢いよくランディさんに差し出すと、ランディさんは『何を言っているのかわからない』と表情で語ってくれた。それはイリナさんよりも遠慮がない、明らかにミルクアイスを訝しんでいるものだった。


「なんだこれは」

「お菓子です。冷たーいお菓子です」

「冷たい菓子……?」


 やはり意味がわからないと言いたげだけど、まだ食べないとは言われていない。

 いらないと言われないうちにと、私は急いで器を押し付けた。


「ささ、どうぞどうぞ」

「……これは誰が作ったんだ」

「もちろん私ですよ。そんな風にお皿を持ったら手の熱でアイスが溶けちゃうんで、早く食べてください」


 あ、しまった。今の言い方若干厚かましかったかも……とは思っても、いまさら修正もできはしない。ただ、その言葉自体にランディさんは気を悪くした様子もなく、そのままスプーンを手に取ってくれた。

 そして、ひと口。


「お口に合いますか?」

「ああ」

「え?」

「なんだ」

「いえ」


 もちろん、嬉しい言葉だ。

 けれど、あっさり肯定されるとどこか拍子抜けしてしまった。

 性格と照らし合わせれば美味しいと思って……いや、まずくはないとは思って貰えてはいるのだろうと思っているけど、あっさり肯定されるのは予想していなかった。聞いておいてなんだが、想像していなかったとしか言いようがない。だから思わず嬉しくなってしまった。


 けれど、それもすぐにその感情は引いてしまった。

 ランディさんの肯定とは裏腹に、その表情はとても硬くなっている。ランディさんがお世辞を言うような性格ではないと思うから、味については嘘じゃないとは思う。でも、なにか懸念するようなことがあったのだろうか……?


「あの……どうかなさいました?」

「まさかとは思うが魔術で冷気を操ったのか?」

「え? はい、そうです」

「ほかには?」

「ほか?」

「炎、冷気。他になにか魔術が使えたのか」


 その表情に私も思わず気圧された。

 ただ、ランディさんがこちらを害する人ではないことはわかっている。


「水が出せたのと、風を起こすことはできました。でも、それ以外はお庭を荒らしそうだったので試していません」


 私の言葉に、ランディさんは顎に手を当てた。


「それは魔術師として、この世界ではあり得ない。対極の魔術は、たとえ威力が弱くとも行使できない」

「ランディさんでも、ですか」

「使えない。俺が使えるのは風と水と氷、それから魔術師なら誰でも可能な無属性だけだ」


 言いきる言葉に、私も思わず息を飲んだ。


「一口に魔力といっても、その多くは属性がついている。炎の属性と冷気の属性、それは互いに食い合う。出生時に両方持っていたとしても、より力が大きい方が残り、片方は物心つく頃には消えてしまう。そもそも魔力持ちが珍しい現状、多属性持ちですら人に非ずという扱いを受けることがある」


 睨むように告げる姿に、私も何を聞けばいいのかわからない。

 だって、それ、ランディさんも含んでいるよね? さっきたくさんの属性を言っていたよね……?


「対属性はもちろん、多属性が使えるということはしばらく黙っていろ。加えて、あまり大きな魔術を発動させるようなことは避けろ。面倒事になりかねない」

「例えば?」

「奇跡の聖女、もしくは災厄の魔女とでも呼ばれたいか?」

「わかりました、絶対に言いません」

「特に外で冷気は使うな。炎の属性があることは、もう知られている」

「イリナさんにもミルクアイスは召し上がっていただいたんですが……」

「ならば、屋敷では炎の魔術は使うな」


 知られているといっても、ギルバードさんとダリウス殿下だけだ。

 けれど、それほど用心せねばいけないとランディさんは判断したのだろう。話すにしても、魔術をろくに知らない私ではなく、ランディさんが順序立てて話してくれるのかもしれない。なら、私にはそれに異論はない。


「……そう怖い顔をするな」

「え?」

「知られなければどうということもない。それに、気付いたからこそ召喚術に関する何かがわかるかもしれない。それに一見してわかるものではない。使わなければ済む話だ」


 それは、慰めなのだろうか?

 そっけなく言ったランディさんは、ちょっとだけ表面が解けた残りのミルクアイスを食べ切っていた。

 どちらかというと別に落ち込んだわけではなく、状況を把握しようとしていただけだけど……ランディさん、私より私のことを心配してくれているような。


「うまかった」

「……」

「どうした」

「いえ……ランディさんに怖い顔をするなと言われても、普段のランディさんの顔つきのほうが……」


 誤魔化した言葉に、即座にランディさんの目は細められたので、私はすぐに視線を逸らせた。

 ただ、こうなることが分かっていても、私はやっぱりこのことは言わざるを得ないことだと思ってしまった。だって、それで誤魔化さなければ『うまかった』の言葉が嬉しかったけど驚いたと言わなければいけなくなるし、そうなればランディさんがもっと不機嫌になった上に、もう言ってくれなくなるかもしれない。

 そう考えれば、まだ機嫌が悪くなるというだけのほうがいいかなと判断せざるを得なかったのだ。

 お詫びにまたミルクアイスを作るので、こればかりはランディさんに我慢していただこう。


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