序章 第参話 特殊部隊と医務室
お久しぶりです。そして待っててくれた方は申し訳ございません。今後も超ゆったり進んでいくと思って下さい。
「そんな事無いですよ。用事も済んだんで、帰らせていただきますね。」
狐月君はそう言って立ち上がったが、グラリと重心が傾き、そのまま倒れ込んでしまった。
「あっ、ちょっと狐月君⁉︎」
思わず声を上げる。他の皆も驚いた様で立ち上がる者もいる。それもそうだろう、呼吸は荒く、顔も赤い。明らかに重症だ。
「お、おい!大丈夫なんか⁉︎」
「ど、どうするん⁉︎」
「医務室とか連れてった方がええ?」
アルトやシェルヴィオ、ゼンが慌ててそう言う。かく言う僕もパニックになってる事に変わりないのだが。どうしたもんかなぁ。ゼンが言った通り、医務室に連れて行くのが一番ええんかな?
「先輩ら煩いっすよ。病人の前です。」
「そうだぞ、落ち着け。」
ベルちゃんとグレゲルトがそう言うのが聞こえた。そうやな、まず落ち着かんと。それに続けてイリアが言う。
「まず、医務室はダメです。一般兵もいるので説明する必要が出てきて、時間がかかります。」
「そうだな。アルト、シェルビオ、二人で此処にある簡易ベッドを出してくれ。ベル、医務室から必要な物を持って来てくれ。そして、ジルには看病を頼む。その他の者は各自持ち場に戻るように。」
グレゲルトはテキパキと指示を出していく。「…え?僕なん?」
思わず声を上げてしまった。
「何か文句でもあるのか?」
「いや、えーと…僕、非番なんですけど…。」
「何か、文句でも、あるのか?」
「ナンデモナイデス。」
グレゲルトからの威圧に耐えられず、僕は泣く泣く承諾した。怖すぎるわ。あれはあかんて。そうしている間に、アルトとシェルビオが簡易ベッドを用意し終えていて、ゼンが狐月君を運んでいた。そして、他の皆は各自の持ち場に戻っていた。
「じゃあ、頼んだぞ?」
最後にグレゲルトはそう言い残して扉の向こうに去って行ってしまった。引き受けてしまったものは仕方がない。それに、流石にこんな状態の子を放っておく訳にもいかんしな。そう思い、簡易ベッドの側に椅子を用意して彼の様子を見る。呼吸は荒く、肩で息をしており、その上時折、苦しそうに咳をしている。顔も赤く、額に触れてみると焼ける様に熱かった。これはあかん奴やな、と確信が持てた。とは言え、ベルちゃんが来るまではどうしようもない。何故なら此処には、医療品の類は一切なく、隣に簡易的なキッチンがあるだけだからだ。
「…これ、普通に看病するだけで良いんかなぁ。フレート呼なあかんくない?」
思わず口にした疑問。当たり前だが、返答はない。いつも通り、煙草を吸おうとポケットに手を当てた所で止める。
流石にあかんよなぁ。
コンコン
扉をノックする音。おそらくベルちゃんやろう、と予想して入ってええよ〜、と言う。すると、扉の向こうからは予想通りベルちゃんの声が聞こえて来た。
「じゃ、失礼しますね。」
そう言って現れたベルちゃんの隣には予想外にも、白衣姿でゆるく手を振るフレートがいた。
「え?なんでフレートがおるん?」
「ん?今はそんな事は良いんじゃないかな。彼、結構まずいんでしょ?」
「え、まぁそうやけど…」
疑問には答えてくれなかったが、優先順位は間違っていないだろう。フレートは即座に狐月君の容体を見始めた。
「ベルちゃん?結局なんでフレートがおるん?」
「えーと、それがですね…。」
グレゲルトさんから頼まれた通り、医務室へと足を運ぶと女性の怒鳴り声が聞こえて来た。
「お前等何回言われたら分かると!?」
驚いて一瞬足を止めたが、この声はよく聞く。いつもの事だと思い直して一応ノックをしてみる。
・・・
全く返事が無い。
(きっと誰も聞こえていないんだろうなぁ…)
待っても仕方ないので扉を開けると殆ど予想通りの光景が広がっていた。
床に正座させられている2人の青年、その2人の前で仁王立ちをして怒鳴る20代程の白衣の女性、それを宥める黒いキャスケットを被った20代程の女性。
(あれ、もう一人は?)
「ベルさん?怪我でもしちゃいましたか?」
背後から声を掛けられて、バッと振り返ると件のもう一人がいた。
男性にしては背が低く幼げな顔立ちに、長い前髪で右目を隠した青年が、不思議そうに首を傾げて立っていた。
彼は医務室の4人と私も見た事の無いもう一人の合計6人で構成された『特殊部隊SEEL』のリーダー、天野叶夢さんだ。
「いえ、私じゃないんすけど、ちょっと拝借したい物があって。一応、伝えておきたいんでフレートさんも居れば良いなと思ったんすけど…。」
チラリと後ろに目線をやると、叶夢さんも中の状況を察したのか、眉をしかめ、
「あー…入りずらいですよね。すみません、ちょっとだけ待ってて下さい。」
と言い中に入って行った。
(こういう所を見るとしっかりしたリーダーなんだけどな…)
そう考えていると…
「うわあっ!!」
ガッシャーン
(あぁ、やっぱり……。大分派手に転んだけど大丈夫かな、あれ。)
開きっぱなしの扉から見えたのはパタパタと走り寄って行く叶夢さん。そして、彼が何かに足を引っ掛けて転んだ。それも盛大に。幸い割れ物は近くに無かった様だが、凄い音が鳴った。その音にSEELの人達は一斉に振り返る。私も流石に心配になって駆け寄るが、その必要は無かった。
「も〜、ホントよくやるね、叶夢。大丈夫?」
と、黒いキャスケットの女性、歌葉晴咲さんが手を貸し、
「はぁ、ったくお前は、他の被害は無かったけん良かと。…怪我は?」
白衣の女性、口縄采夕さんが聞く。
「あっはは、うん、大丈夫だいじょ…」
「凄い音したけど大丈夫!?」
奥から慌てた様子の白衣を着た30代程の男性が現れた。軍医長のフレート・ヘンドリクスさんだ。
その言葉に対して、叶夢さんが
「はい、大丈夫です!いつもの事なので…えへへ。」
と笑って応える。そして、一度私の方を見て続ける。
「それよりベルさんが用事あるみたいですよ。」
「そうなの?まぁ何かあったら言ってね?」
「はい、それに采夕も居るので大丈夫ですよ!」
「うーん、それなら良いんだけど…。それで、ベルちゃんはどうしたの?見た所怪我はしてなさそうだけど。」
「えぇ、まぁお借りしたい物があるってだけなんすけど。」
事情を話すと、氷枕や体温計、タオル、薬等を用意して着いてきてくれる事になった。
「まぁそういう事で、付いてきてくれました。」
「あー、フレートもそこに居るの嫌だったんやろうなぁ。」
誰だって居づらいやろ、そんな状況。
「じゃ、私は持ち場戻るんで。」
「そか。じゃあな〜。」
ベルちゃんは立ち去っていく。さて、フレートに容体でも聞こか。そう思ってベッドの方を見ると、濡らしたタオルや薬、水などが並んでおり、フレートは少し困った様な表情をしていた。
「どうしたん?フレート。」
「あ、話終わった?ちょっとねぇ、困ったなぁ。」
そう言うと、フレートは狐月君に視線を向けた。彼はまだ目を覚ましていなかったようだ。フレートの手に体温計があった事からなんとなく予想がついた。
「熱、計って欲しいんだけどねぇ…。」
「起きへんの?」
「うん、まぁ診た感じだと普通の風邪だと思うけど…体温計、ここに置いておくから目、覚ましたらよろしくね。そろそろ戻らないとだし。」
普通の風邪…なんか。そうは見えんけど…まぁフレートが診断間違える事なんそうそう無いしな。
「そか、まぁなんかあったら呼ぶわ。有難うな。」
じゃあね、と緩く手を振ってフレートは部屋を出て行った。