マッチョ売りの少女
「マッチョは、マッチョはいりませんか?」
聞き間違いだろうか。
山道を彷徨っていたら、変な声が聞こえた。
声のする方へ歩いていくと、マッチョに囲まれた少女が、か細い声を出しているのが見えた。
あれは無視したほうがいい。
見なかったことにして、歩きだそうとすると、右肩をがっしり掴まれた。
ゆっくりと右肩を見ると、ごつい指が見えた。
指の先を追って、振り返るとマッチョが俺にサムズアップしている。
左肩にも圧力を感じ、そっちも見てみると、双子か思うほどにそっくりなマッチョがいた。こいつもサムズアップしている。
「ああ、すみません。マッチョが逃げちゃって」
前から声が聞こえた。
前を向くと、マッチョに囲まれた少女がいた。
音もなく少女(とマッチョたち10人くらい)が回り込んでいたようだ。
「ところでいかがですか、マッチョ」
「いや、間に合ってるんで」
マッチョが間に合うって何だろう。自分の言葉に突っ込みながら、首を全力で横にふる。
「そんな、マッチョが売れないと家に帰れないんです。
どうか買ってくれませんか」
どんな家だよ。
その言葉は飲み込んだ。
「いや、ちょっと使い道がわからないし」
「なんでもできますよ。お手からお座りまで。よく仕込みましたから」
仕込むってなに。その言葉も飲み込む。
「いや、お金ないし」
「お安くします」
「いや、そもそも遭難中だし」
そうだ、俺、遭難してた。
大混乱してて忘れていたが。
ああそうだ。この少女は家に帰れるみたいだし、助かるかもしれない。
「それは、大変ですね。
わかりました。そんなお兄さんにいいものありますよ。
マッチョは人命救助も得意です。
いかがですか?」
「買います。買いますから助けて」
なんでもいいから家に帰りたい。
この際マッチョ売りでもなんでもいい。
とにかく助けてもらわないと、死んでしまう。
ニンマリと少女が笑った。
「お買い上げですね。
ありがとうございます。
マッチョは何人必要ですか?」
「1人で」
すると少女が目を見開いた。
「えっ、お兄さん。マッチョは初めてですか?
マッチョって寂しいと死んじゃうんですよ。
ですから、バラ売りはしてないんです。
2人以上買ってもらってます」
「わかった、2人もらう」
その図体でうさぎみたいなこと言うなよ。そう思いながらも頷く。
「あざっす。
5億になります」
「高っ」
チッチッチと、少女と周りのマッチョが、指を振った。
「よく考えてください。
マッチョが2人いれば、確実にあなたは助かります。
あなたの命は5億より安いんですか?」
「でも、そんなお金ないし」
足元見やがって。
「分割払いもありです」
「わかった。なんとかする。だから助けてくれ」
「まいどありです」
少女が笑った。
「助けてくれるんだよな?」
「はい、もちろんですよ。
しっかりと払うもの、払ってもらわないといけないですし。
それでは」
俺を掴んでいたマッチョ2人が、俺を担ぎ上げた。
マッチョが一気に岩山を駆け下りていく。
怖っ。そう思ったが、全然揺れずに凄く安定している。
だんだん眠くなってきた。
「おい、大丈夫か? しっかりしろ。
遭難者がいたぞ‼︎」
ペシペシも優しく頰を叩かれた。
目を開けると、ヘルメットを被った男性が見える。
「ここがどこかわかるか?」
「山?」
「いや、君は自力で下山したんだろう。
山の麓だよ。
よく、よく頑張った」
そうして、俺の初めての登山は終わった。
何か凄く変な夢を見た気がしたが、どうでもいい。
衰弱していたため、3日ほど入院したが、ようやく家に帰れる。
1人暮らしの部屋のドアを、なんとなく「ただいま」と言って開けた。
すると、
2人のマッチョがサムズアップしている。
黙ってドアを閉める。
一度目をつぶって心を落ち着けた。
もう一度ドアを開けると、マッチョの1人が、封筒を差し出していた。
とりあえず受け取って、封を破る。
中には、『マッチョの取り扱い方』と『請求書』の2枚が入っていた。
『マッチョは大変シャイです。
人がいると逃げます。
人と会わないように、家で飼いましょう』
『請求書 ¥500,000,000¥請求いたします』
マッチョがいる生活なんて落ち着かない。
どっかに捨ててくるかな。
あれ、もう一枚、ベラっとメモサイズの紙が落ちてきた。
『取り立てはしっかりするんで、よろしくお願いします。
P.S.マッチョはハウスもできるように躾ました。
遠くに捨てても帰ってきますよ』
ガシッと肩が掴まれた。
マッチョたちが、やはりサムズアップしていた。
この小説を読んでいただき、ありがとうございました。
もしよろしければ、評価や感想をしていただけるとと幸いです。
また、もし少しでも、
この小説を気に入って頂けたなら、他の小説も是非読んでくださいませ。
短編と長編の両方書いています。




