不器用には辛い訓練の日々
「ほらほらディートくん、全然届いてないよー」
モモ・モーが身軽にぴょんぴょん跳ねながらディートの渾身の攻撃をかわす。
かれこれ半刻近く短剣を振り回しているディートは息も絶え絶えなのに、それをかわし続けているモモ・モーのほうは余裕綽々だ。
今日の訓練は、モモ・モーに剣を抜かせるまで終わらないことになっているが、この調子ではたとえ何刻経っても無理だと思えた。
ディートが入隊してから一か月が経過していた。
怪我はすっかり治り、毎日厳しい訓練をこなしている。
モモ・モーにヴァリアナ脱出を阻まれたあの日、ディートは再び第三分隊事務室を訪れた。
そこではロザニーがひとり、書類の山を処理しながら待っていた。
隊長の執務室である奥の部屋へと続く扉は閉ざされたままだったので、隊長の顔を拝まずに済んだのは助かった。
エミナを巻き込まないでほしい、とロザニーに頼んだが、その頼みはあっさり却下された。
やはり三年前の情報が伝わっていたらしく、エミナも監視対象と判断されたらしい。
そしてロザニーはエミナを連れて隊長の執務室へ、ディートはモモ・モーに敷地内を案内してもらうことになった。
ディートがモモ・モーのいまいちわかり辛い案内に従って軍本部をぐるりと回り部屋へ戻った時には、エミナは『第二種特殊隊員』として入隊することに決定していたのだ。
もちろん抗議したけれど、ロザニーは受け容れてはくれなかった。
どんな話をしたのかと問えば、ロザニーはエミナを隊長の執務室に連れて行ったあとすぐに退室したからわかりかねると言われた。
けれど本人が了承したというのは間違いないらしく、ディートにはどうすることもできなかった。
第二種というのは前線には出ない後方支援業務を主な仕事としている点が、せめてもの救いだった。
そして入隊後のディートを待っていたのは、毎日午前中は軍の仕組みや戦争についての勉強、午後からは実技、という生活だった。
本を前に勉強をするのは、ディートとしては一向に構わなかった。
けれど問題は午後の実技だった。
一応、運動神経は人並みらしいのだけれど、それ以外がどうにもならないレベルだった。
つまり武器を扱う感覚とか、間合いの取り方とかが全くわかっていないのだ。
不器用だというのは、昔から自覚していた。
最初は経験がないのだからそれも仕方がないと自分を慰めていたが、さすがに一か月訓練をしてきたのに、いまだモモ・モーに一撃も与えられていないというのは情けない。
モモ・モーはといえば、ディートの相手はどうやらゲーム感覚に近いらしく、攻撃をかわすのを単純に楽しんでいるようで、ディートの心境に気づく様子もないけれど。
モモ・モーに気づかれないように、小さく息を吐く。
「はいはい動き止まってるよー」
気づかれないと思ったのに、意外と目ざといモモ・モーにすぐさま指摘され、ディートは慌てて短剣を握りなおした。
今頃、エミナはなにをしているんだろう、とぼんやり思う。
幸い、入隊後もエミナは元気そうに暮らしているように見える。
ディートが心配していたようなひどい目にはあっていないようなので、ほっとしている。
宿舎は男女別で、しかも入隊後のスケジュールがディートとエミナとでは全く異なることから、エミナとは落ち着いて会話をすることもできないでいるけれど。
それに、ここに来てからエミナがなんとなくディートに対してよそよそしくなったような気がするのだ。
巻き込んでしまったことを、怒っているのかもしれない。
「あいたっ」
「こらぁ! 真剣にやんないと怒るかんね!」
エミナとゆっくり話がしたいな、などと考えていると、モモ・モーに額を人差し指でぴんと弾かれた。




