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膨張する抑えきれない想い

 マーセストはゆっくりと、階段の手前まで進んだ。


 一方のオーシャはマーセストまであと数段、というところまでゆっくりと下りてきて、そこで足を止めた。


 ふわりと、甘い香りがマーセストに届いた。


 あ、とマーセストは一瞬で甦る匂いの記憶に息を詰める。


 それは、オーシャが好きだったスミレの花の匂いだった。


 ふたりは黙ったまま、薄布越しに見つめ合う。


 灰雪粉の舞う中で。


 手を伸ばせば届くほど近い場所で。


 八年。


 そのあいだに積もり積もった彼女への想いが胸の中で膨張し、抑えきれない。


 息苦しさに、彼女の名を呼ぶことすらできない。


 オーシャ、オーシャ、オーシャ、オーシャ、オーシャ……。


 胸の内で彼女の名前を繰り返す。


 それしかできない。

 それだけが溢れてくる。


 オーシャが、ゆっくりと被っている薄布に手をかける。


 その手が微かに震えているのがわかる。


 そっと上げられた薄布の下、現れたのは、懐かしい面影を残した、美しい女性だった。


 その瞳は澄んだ湖面のように美しい水を湛えている。


 こらえきれないように、その淵からはらりと雫が落ちた。


 咄嗟に、その涙を左の手のひらで受け止める。


 落ちてしまうのはもったいないと、そう思った。


 そしてその涙をそっと握りしめる。


 もう、充分だった。


 オーシャの金色の瞳をまっすぐに見つめる。


 オーシャも、マーセストのその視線をまっすぐに受け止める。


 今、ふたりを遮るものはなにもなかった。


 マーセストは懐から隠し持っていた短剣を取り出し鞘を抜くと、大きく振り上げた。


 磨きこまれた刀身を周囲に見せつけるように、マーセストはゆっくりと短剣を振りかざす。


 オーシャが覚悟していた、というようにゆっくりと瞼を閉じる。


 ――ばかだな。


 マーセストは心の中でひとりごちる。


 取り囲んでいる兵たちが持つ弓のしなる音が聞こえた。

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