あまりの態度に腹が立つ
「素人を押しつけられたって迷惑なんだよ。どうせすぐ死ぬ。そんな奴のために裂く時間はない」
一瞬、なにを言われたのかわからなかった。
少しの間を置いた後に湧き上がってきたのは、怒りだった。
理不尽に腹を立てても疲れるだけでなにも変わらない。
無駄だ。
そんなことは理解していた。
だが、普段なら受け流せただろう感情も、ぼろぼろの体と疲弊した精神ではそうはいかなかった。
「隊長」
ロザニーが諌めるが、男は相変わらずディートへ目を向けることすらしない。
関わる気はない、という意思表示のようだ。
その態度にも、腹が立った。
「こっ……こっちだって、ごめんなんだよ! なんなんだよいったい。なんなんだよ、あんたたち。俺を勝手に連れてきたのも、牢から出したのも、こんな服を着せたのも、みんなあんたたちじゃないか!」
あまりにも身勝手だ。
死ぬか入隊するかの二択だというから、仕方なくこうして軍服まで着てやって来たのだ。
「騒がしいな。ロザニー、こいつをとっとと追い出せ」
「たいちょ……」
「自分で帰れる! なんだよ、こんなものっ!」
ディートは軍服の上衣を脱ぎ、床に叩きつけると、部屋を飛び出した。
「ディート!」
ロザニーの声が追ってくるけれど、立ち止まる必要なんてないだろう。
帰れと言ったのは、あっちだ。
「あれぇ? どしたの?」
「さよなら」
きょとんとしているモモ・モーに短く挨拶をして、ディートは第三分隊の部屋をあとにした。
ディートが部屋を出て行ったあと、部屋に残された三人は誰からともなくため息をついた。
「隊長」
「マーセスト」
ロザニーとウィルボの声が重なる。
「なんだ」
煙草を消してのろりと顔を上げたマーセストは、鬱陶しそうに濃紺の目を眇めた。
「なんだ、ではありません。ディートは処分もしくは監視対象です。自由にしたことが知られたら、始末書ではすみませんよ」
ロザニーが呆れたように言い、ウィルボが「こりゃあ軍法会議もんだなぁ」と他人事なのをいいことに気楽な感想をこぼす。
「泳がせているとでも言っておけばいい。アシュパラはもう付着してないんだろう?」
「もちろんです。ここに来る前に水浴びさせましたから」
「健康面も、異状は見られなかったんだろう?」
「はい。健診を受けさせましたが、健康体でした。外傷を除いては」
「健康体!? まったく、これっぽっちも異状がないってことか?」
ロザニーの返答に反応したのはウィルボのほうだった。
「驚くことに。呼吸器も正常でした」
アシュパラを吸入すると、真っ先に変化が現れるのは呼吸器だ。
刺激が強すぎて、それに過剰反応した喉頭が腫脹して窒息する。
例え腫脹が起こらなくとも、体内に取り込んでしまえばアシュパラそのものの毒性により心臓が停止してしまう。
「へぇ。つまり、彼は防塵面なしでアーイエシルへ侵入することが可能だってことか」
「現実的に考えろ。例えアーイエシルに踏み込めたところで、あんな素人、すぐに捕えられておしまいだ。なんの役にも立たん」
マーセストはうんざりしながらウィルボの発言を切り捨てた。
「つまり、鍛えれば使い物になるかもしれないということです」
しかしロザニーは納得せず、食い下がる。
厄介だな、とマーセストは心の中で呟いた。
ロザニーは優秀な副官だけれど、それだけに時々強敵となる。
「とにかく、俺は知らん。以上だ」
こうなったら強引に話を終わらせるしか、マーセストには対抗する手段がない。
ふぅ、とロザニーがわざとらしくため息をついてみせる。
「わかりました。隊長は知らなくても結構ですので、彼のことはわたしに一任してください。どうせいずれ死ぬのだとしても、無駄に殺すよりはそのときまで生かしておいたほうがなにかの役に立つかもしれません」
「……勝手にしろ」
結局それでも勝てず、マーセストはロザニーに粘り負けを喫した。




