中隊長命令につき
ディートは二発ほを連射してから、瓦礫の陰に転がり込んだ。
弾倉を交換しながら、戦況を確認する。
ライ・ルルシェムの上階へ向けて帝国軍が進んでいるからか、塔の上から地上へ飛び下りるアーイエシル兵が減った。
塔内部での戦闘に兵をまわしているのかもしれない。
ライ・ルルシェムの周辺はいまや帝国軍が占拠していた。
だが地上のアーイエシル兵は一階を取り戻し、ライ・ルルシェム内部の帝国軍兵を挟み撃ちにしようしている。
ディートたちはそれを阻止するべく動いていた。
既にレギから受け取った爆弾は使ってしまっており、あとは拳銃でどうにかするしかない。
残弾にはまだ余裕があるが、弾がなくなれば短剣で戦うことになるだろう。
得て不得手など贅沢を言っている場合ではないが、無駄弾をできるだけ減らして、できれば近接戦闘は避けたい。
ライ・ルルシェムに入った帝国軍と後続の援軍とに挟み撃ちされるのを避けるように、今、アーイエシル兵はライ・ルルシェムの裏、帝国軍が攻め込んでいる方角とは反対の側に集結しつつあり、そちらから攻撃を仕掛けてきている。
裏側は瓦礫が多く放置されたままで、自分の身を隠す場所も多いが、敵の動きもわかりにくい。
けれど今、地上のアーイエシル兵は孤立している。
こちらはまだ兵にも武器にも余裕がある。この調子なら地上の制圧も時間の問題だろう。
そんなことを考えていると、ふいにディートの上に影が差しかかった。
はっと顔を上げると、金の瞳と目が合った。
相手は血に濡れて赤く光る長剣の切っ先がすぐそこに迫っていた。
「っっっ!」
反射的に銃を構えようとしながら、間に合わないと気づいていた。
ぎりっと奥歯が鳴る。
エミナっっ……。
消えてしまう直前の、エミナの顔が思い浮かぶ。
探しに行けなくて、ごめん。
観念して目を閉じたその時、肉を貫く音がして、頬に生ぬるい血がかかった。
どさ、と人の倒れる音がする。
「え……?」
なにが起きたのかと目を開けると、そこには緑眼の下に泣きぼくろのある帝国軍人が立っていた。
「ウィルボ大尉⁉」
「戦闘中に気をぬくな!」
剣についた血を払いながら、ウィルボが怒鳴る。
「すみませんっ」
「そもそも、おまえこんなところでなにしてんだ。第三分隊は第五連隊と一緒にライ・ルルシェムに突入したんじゃなかったのか?」
「いえ、隊長の指示で俺とロザニーさんは一階の守りについています。隊長はモモ・モーとレギを連れて、第五連隊と一緒に上へ」
「あいつっ……」
ちっ、とウィルボが舌打ちする。
「大尉?」
「ついて来い。ライ・ルルシェムへ戻る。おまえはマーセストを追うんだ」
「でもっ」
「おまえ以外に、誰がマーセストを止められるんだ。ライ・ルルシェムの途中までなら他の連中も一緒に行けるだろう。だが、アーイエシルに入るのは、モモ・モーにもレギにも無理なんだよ。マーセストはそれがわかってておまえを置いて行ったんだ。おまえさえいなきゃ、邪魔するやつはいないからな」
「でも、隊長命令で……」
「そうか残念だったな。こっちは中隊長命令だ。マーセストの企み通りになんか誰がさせるかってんだよ。行くぞ!」
言うなり、ウィルボは駆け出した。
「えっ、あっ、はいっ!」
ディートは頬にかかった血を軍服の袖でぬぐうと、拳銃を握ったまま瓦礫の陰を飛び出した。
敵に背中を見せる格好になる。
殺気を感じて振り向くと同時に、弾を撃つ。
ディートの背中に斬りかかろうとしていたアーイエシル兵を一撃で倒すと、ウィルボをあとを追いかける。
途中ですれ違った味方兵にあとは頼む、と伝えると、力強く頷き返してくれた。
ライ・ルルシェムの入り口が近づくと、そこで警戒に当たっているロザニーが目に入った。
「どうしたんですか」
ディートを引き連れてやってきたウィルボを見て、ロザニーが目を丸くしている。
「なんでディートを行かせなかった」
「隊長命令でしたので」
そう答えるロザニーはすっかりいつもの彼女だった。
さっきの滴のあとは見間違いだったのかもしれない。
「隊長命令なんぞ普段散々無視してるくせに、こんな時に殊勝になってどうすんだよ。ディート、行け。あとのことは俺に任せろ」
ウィルボがどん、とディートの背中を押した。
その強さにふらりとよろめきながらロザニーを見ると、困ったようにロザニーが頷いた。
「ロザニーさんは……」
「わたしは、ここを任されたから」
ウィルボが近くにいてくれるのなら、ロザニーは大丈夫だろう。
「わかりました。隊長を追います」
「任せたぞ」
「はいっ!」
敬礼を返してから、ディートは上階を振り仰いだ。
必ず追いつく。
覚悟を決めて、階段に足をかけた。




