仲間の過去
ふぅ、と小さく息を吐くと「大丈夫よ」とロザニーの落ち着いた声が聞こえた。
「ありがとうございます。ロザニーさんは、腕、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。足手まといになるくらいなら、こんなところまでついて来ないわ」
ロザニーの言葉からもその表情からも強い意志が感じられて、ディートは頷いた。
実際、ここにくるまでもロザニーは遅れることなく行動していた。
以前と同じように、というのは無理でも、ディートなどよりよほど頼りになる。
ディートがロザニーの心配をするのはおこがましかったかもしれない。
「すみません……」
謝ると、ロザニーがふっと笑った。
「こういう時は、雑談でもしているといいわ。ずっと気を張ってたら疲れてしまうし、終わるまでは顔も出せないんだから。まあ、最低限の警戒はしておくべきでしょうけれど」
「雑談、ですか……」
ロザニーと雑談。
改まってそう言われると、なにを話せばいいのかわからなくなる。
困っていると、そうねぇ、とロザニーがちらりとマーセストに視線を向ける。
「なんだ?」
それに気づいたマーセストが不機嫌そうな顔をディートたちに向けた。
「たとえば、隊長が暗殺されそうになった話とか?」
「暗殺?」
そういえば、いつだったかそんな単語を聞いたような気がする。
あれは……そう、先任兵たちに囲まれた時だったか。
ディートは記憶を遡る。
裏切り者の暗殺者。
確か、そう言っていたのだ。
連中は、第三分隊の仲間のことを貶して言っていた。
その時はかっとなっていて、問いただすことまでは考えなかった。
「その顔は、もしかしてもう知っているのかしら?」
「いえ。ちらっと、そんな話を耳にしただけで。でも、それってレギのことじゃないんですか? レギが任務で誰かを殺さないといけなくなったとかで、相手を騙した、みたいな……」
あの時の連中の言い方からすると、消去法でその言葉はレギに当てはまるはずだ。
「だましたとかそういう話ではないけれど、レギにも関係しているわよ。隊長を殺しに来たのは、レギなんですもの」
「レギが……!?」
「声がでかい」
マーセストが苛立ったように声を荒げる。
「すみませんっ」
声を潜めて詫びてから、どういうことですか? とロザニーへ疑問詞つきの視線を向ける。
「レギが入隊したのが今より三年前っていのは聞いているわよね」
「はい。十歳で入隊したって。その年齢で入隊って、普通はできませんよね?」
「そうね。レギは隊長を殺しに来て、十歳という年で隊長と対等にやりあった。今も隊長がこうして生きているんだから、暗殺は失敗に終わったんだけれど、その実力をかって隊長が入隊させたのよ。監視も兼ねてね。処分するには惜しいし、捕えるには若すぎて不憫だっていう気持ちもあったんでしょう。もちろん、おとがめなしで帰すわけにもいかないでしょう?」
「なにも知らないただのガキだったからだ。それに、帰せば罰をくらうかまた別のヤツでも殺しに行かされてただろうしな」
気分を損ねているわりに、こちらの話はきちんと聞いているらしく、マーセストが口を挟む。
「レギって名前も隊長がつけたのよ。すごく単純で、でも重い名前」
「重い?」
「480年前の世界衝突で滅びたといわれるレギ島に住んでいた一族の末裔だ。突然変異なのか、アシュパラを浴びてなお生き残った者がいたらしいが、レギ島は既に人の住める状態ではなくなっていて、彼らは島を離れた」
マーセストが淡々と語る。
まるで、歴史の講義のように。
「だがあの瞳のせいでどこに行っても気味悪がられたらしいな。結局流れ流れてたどり着いたのはファニティエ大陸の南で、人里離れた山中に集落を作って暮らしていた。しかしレギの代になる頃には人口は激減していた。そこに盗賊が襲来し、まだ幼かったレギは奴隷として売るために連れ去られ、残りの民は殺された……らしいな」
「レギを買ったのは、裏稼業の人だった。最初は見た目のよさとその瞳に興味があっただけだったけれど、そのうちレギの運動能力の高さに目をつけて暗殺者に育て上げたみたいね」
「そんな……」
思わずレギのいるほうに視線を向けると、こちらを見ていたレギと目が合った。
なにか? と目で聞いてくるので、なんでもない、と答えてから視線をロザニーへと戻す。
「隊長はまあ、今はこうしてやる気なさそうにしているけれど、昔はやる気満々だったのよ」
「嘘をつくな。誇張するな。誤解を招く言い方をするな」
「15で入隊して、全くの素人が五年で分隊長になった。今から三年前、世界衝突の少し前のことよ。ウィルボ大尉に指南してもらったことと、もとからの身体能力の高さ、それと……執念?」
「うっとうしい連中をヤっただけだ」
「……ってことらしいけれど。隊長が出動すると、必ず死人が出る。任務の完遂率はおそろしいことに十割近かったっていう噂だけれど、その苛烈さもまた噂になっていた」
「隊長が、真面目に任務とかやってたんですか」
ディートが疑いのまなざしをマーセストに向けると、うっとうしそうにマーセストが舌打ちをした。




