憎しみと世界の行方
「もう、お別れはしましたから」
頑なに言い張るエミナの辛そうな表情を見て、オーシャのほうが折れた。
「ごめんなさい。あなたを苦しめるつもりじゃなかったの。会議の結果、だったわね?」
「はい。でも……よく考えたら、もういいんです。わたしとオルイガは、もう関係ないんだから」
関係ない、という言葉とはうらはらなエミナの気持ちが、痛いほど伝わってくる。
「そう言わないで。わたしはね、早く世界が離れてくれないかなってずっと思ってた。離れてしまいさえすれば、こんな戦争、終わるわ。終わるというか、相手がいなくなるんだから続けられないわよね」
「それは、そうですけど……」
「ええ、そう。そんなの、ただの逃避よ。自分ではなにもしないで、誰かがなんとかしてくれないかなって思ってるのと同じ。甘えてたの。実際には世界はくっついたまま。戦争も終わらない」
互いに積もり積もった憎しみが、どんどん膨張してゆくばかりで。
「でも、ねえ、エミナ。どうなったらこの戦争は終わると思う? 向こうはこちらを排除することしか考えてないわ。わたしたちの存在が害悪だからって。確かにアシュパラは彼らを殺してしまう。でも、わたしたちがなにか悪いことをした? わたしたちはここにいるだけなのに。世界の衝突だって、わたしたちの意思ではどうしようもない現象だというのに、わたしたちはどうすればいいと思う?」
オルイガで暮らしてきたこの少女がいったいなんと答えるのか、知りたかった。
「わたし……わたしは、停戦状態がずっと続けばいいって思ってました。そのまま、みんな戦うことなんか忘れてしまえばいいって。わたしたちの仮初めの生活は貧乏で、おなかが減ったまま寝ることもあったけど、それでも小さな家を借りて暮らしたあの時間はとても幸せでした」
「終わらせなくてもいい、ってこと?」
「終わらせるために戦うのであれば、また大勢が亡くなりますから」
「停戦状態が、ずっと……ね」
それは無理だと、わかっている。
膨張した思いは、やがて限界をむかえて爆発する。
でも、オーシャにはエミナの気持ちがよくわかった。
オーシャだって、仲間を失うのは……仲間だけでなくそれが敵であっても、誰かが死ぬのは嫌だ。
「オーシャさまは、随分と手をつくされていると思います。オルイガではアーイエシルをひたすら危険視していますが、実はアーイエシルの大気中にあるアシュパラは、世界衝突の時以外はほとんど地上に降っていません」
そう、でもそのときの悲劇を、オルイガ人は忘れることができない。
当然のことだけれど。
「あとはイエシル人がオルイガの人たちと接触した際のアシュパラの問題ですが、オーシャさまはイエシル人のオルイガへの干渉を禁止されていますよね。そもそもアーイエシル下部に接触しているライ・ルルシェムはオーシャさまの命により王国軍が何重にも監視していて近づくことができません」
「無駄に血を流したくはないのです」
憎しみを、これ以上増やしたくはない。
接触すれば、どうしても被害がでてしまうだろうだから。
「この戦争だって、もとはアーイエシルを危険視したオルイガ側から仕掛けられており、アーイエシルは応戦しただけです。そして今回の停戦。帝国軍の撤退に伴い停戦協定が結ばれたと聞きましたが、アーイエシルが帝国軍に追い打ちをかけていれば勝敗はそこで決していたかもしれません」
エミナが告げる可能性を、オーシャも考えなかったわけではなかった。
けれど、オーシャはそれを選べなかったのだ。




