アーイエシルの女王
第三次会戦の始まりから一か月が経過していた。
喧々囂々とした閣議を終え自室に戻ったオーシャは、頭から被った薄布の下で小さく息を吐いた。
「お疲れのようですね、オーシャさま。のちほど温かい飲み物をお持ちいたします」
「ありがとう。でも、このくらいなんでもないのよ。今戦っている民たちのことを思えば、わたしなんて……」
「みな、オーシャさまがおられるからこそ戦えるのです。無理はなされませんよう」
筆頭女官のローイがオーシャを直視しないように僅かに視線を落としながら言うのを見て、オーシャは目を伏せた。
身近な世話をする者であれば、オーシャの素顔を見ても咎められることはない。
今は薄布を被っているのだから、薄布越しに目が合ってもそれはオーシャの顔を直接見たことにはならない。
それでも、彼女たちは、オーシャの目を見ることはない。
両親はオーシャがアーイエシルを離れているあいだに亡くなっていた。
弑されたのだ。
宰相の企みによって。
最後にオーシャをまっすぐに見てくれたのは彼だった。
吸い込まれてしまいそうに深い紺色の瞳にオーシャだけを映して、オーシャの名を叫んでくれたマーセスト。
大人しい彼が叫ぶのを、オーシャは初めて見た。
一緒に行くと言ってくれて、嬉しかった。
もしそうできたならどれだけいいだろうと思った。
けれどそんな期待は、無残にも砕け散った。
オルイガにオーシャを迎えに来た者たちは必死だった。
オーシャがオルイガに落ちたのは偶然だったが、王家の血が滅ぼされたアーイエシルにとって、オーシャはいまや唯一の王だった。
アーイエシルを王家の手に取り戻すための、最後の砦だった。
アーイエシルとオルイガの接触時期は全く予知できない。
一度の接触がどのくらいのあいだ続くのかも。
小さな衝突であれば一瞬のことも多い。大きなものであれば、今回のようにもう三年にもなるのに接触したまま一向に離れる気配のないこともある。
オーシャがオルイガに落ちたことは両親が信用するごくわずかな者たちにしか知らされていなかった。
そして彼らは、その時をただひたすらに待った。
オーシャがオルイガに落ちても生きていられたのは、マーセストの両親のおかげだ。
アシュパラが足りなくなる前に、生命維持装置をつけてくれた。
彼らの住む島は、イエシル人たちがひっそりとより集まり暮らす島だった。
マーセストの両親はイエシル人がオルイガへ落ちた時必要となる生命維持装置の研究のため、自らの意思でその命をかけてオルイガへ降り立った人たちだった。
彼らはまるで自分たちの娘のように、マーセストと分け隔てなく育ててくれた。
オーシャが自分の身分を彼らに明かさなかったからか、王女と気づいていたがオルイガにまでアーイエシルのしきたりを持ち込むつもりがなかったのかはついにわからなかったけれど、そういう面でもオーシャを特別扱いをしたりはしなかった。
マーセストの外見を見ればふたりのうち少なくともどちらかはマーセストと血のつながりがないのだろうと推測されたけれど、どちらもそんな態度は微塵も見せなかった。
そういう人たちだった。
けれどオーシャを迎えに来た者たちにとってそんなことはなんの意味もなさなかった。
全てを無残に切り刻み、焼き尽くした。
あの日、オーシャのオーシャとしての全てが終わった。
それ以来、オーシャはアーイエシルの王家の生き残りとして、そして王権を取り戻してからは女王として、あり続けているのだ。




