ヴェシェー諸島に隠された秘密
抵抗することはせず、マーセストは眼前の男の顔をまじまじと見た。
女にもてる優男風の外見に反して、剣の腕前は部隊で一、二を争う。
八年前のマーセストは剣など握ったこともない、十五歳のただの少年だった。
それを、ウィルボは拾った縁で面倒を見てくれた。
孤立無援となったマーセストのために戦闘の基礎を教え、軍に入っても困らないように鍛えてくれた。
恩など、充分に感じている。
ロザニーが片腕を失ったことに関する責任も、もちろん感じている。
だが、ほっとしてもいるのだ。
ロザニーが隊を離れることになれば、彼女の命を危険にさらすことはなくなるだろう。
本当は、マーセストは部下などほしくなかった。
実績を考慮したんだかなんだか知らないが、分隊長になど任命されても困るのだ。
他人の命の責任を負うことは、自分にはできない。
部下の命を守るような立ち回りは、自分には無理だ。
マーセストはただ突き進むだけだ。
邪魔するものの一切を排除して。
「知ってどうする? そこにはなにもない。ただ静かに暮らす住民がいるだけだ」
「ああ、そうかもな。たとえオルイガがアシュパラだらけになったとしても生きてゆける。そういう人種がな」
「なにが言いたい?」
マーセストは小さく嘆息した。
「もうすぐアーイエシルとの戦闘が再開される。最終決戦になるだろう。総力戦だ。上は、使えるものはなんでも使いたいだろうな。おまえだけなら見逃せただろう。だがディートが現れた。エミナという少女は世界衝突直後のライ島からディートを連れて脱出したらしい。アシュパラを浴びても平気な者が身近にこれだけ存在している。となれば探せばもっと多く見つかるはずだと考えるのが妥当じゃないか? 彼らを戦力に組み込めれば、どうなるだろうな?」
「ディートの時にも言ったはずだ。素人を何人連れてきても役には立たん」
「確かに、おまえはディートを追い返そうとした。そして今回エミナを逃がしたのもおまえだな? いったいなにを考えてる?」
「何度も言わせるな。素人は必要ない。ロザニーだってディートがいなければ負傷しなかったかもしれん。そうじゃないか?」
「だが、ロザニーはディートを必要だと判断した」
「判断ミスだ。馬鹿な女だ」
「おまえっ!」
ぐい、とウィルボの拳がマーセストの顎を削るように押し付けられる。
それでもマーセストは微かに眉をひそめるだけに留めた。
「この戦いが終わったら、ロザニーを幸せにしてやれ。おまえならできるだろ、ウィルボ」
「ふざけるな! おまえ、ロザニーの想いを知っていながらっ……」
「おまえのロザニーに対する気持ちも知っているから言っているんだ。俺がロザニーの気持ちを受け入れることは有り得ん。絶対にだ」
断言してから、ようやくマーセストはウィルボの手首をつかみ、押しのけた。
「マーセスト……」
「おまえがなにを企んでいるのかは知らんが、おれは脅しには屈しん」
つかんだ手首を手放すと、マーセストはウィルボを残して歩き出す。
ウィルボはヴェシェー諸島に隠された秘密に気づいている。
ヴェシェー諸島が、ライ島とレギ島をつなぐアーイエシル出現予測線上にあることは、地図を見れば一目瞭然だ。
エミナの出身地まではまだ知られていないだろうし、マーセストが暮らしていた島は八年前に全滅している。
すぐにどうこうできるとは思えないし、たとえ軍が動き始めるとしても、その頃には住人の避難は終わっているだろう。
エミナを無事送り届けたという連絡が、既にグワンから入っている。
グワンは金を受け取った以上、どんな仕事でも完璧にこなす。
そしてどれだけ金を積まれても、自分が過去に請け負った仕事に関する情報だけは売らない。
ロザニーがディートを追う際にグワンを使ったのは、マーセストの指示ではもちろんなかったけれど、いい判断だったと言わざるを得ないだろう。
「俺はっ……」
後ろから、ウィルボの声が追ってきた。
「俺は、おまえのことが心配なんだよ、マーセスト」
「俺の心配をする余裕があるのなら、ロザニーの心配をしていろ」
振り返らずに応えて、マーセストは足早にその場を離れた。




