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甘すぎるナナバで泣きそうになる

 ふたりのあいだに、沈黙が落ちる。


「えっ……と、あの……じゃあ、いただきます」

「うん。どぞ」


 ぐい、と自分の体からできるだけ遠ざけるように、モモ・モーが容器を持った手をディートのほうへ伸ばす。


 ディートはあえてなにも考えないようにしながら、レギがやったのと同じように容器の中に指を入れた。


 白くてぬるっとしたものには、砕かれたなにかが混ざっていて、ひと口サイズの柔らかいなにかがいくつも入っているのがわかった。


 すべるそれをつかむのに少し手こずりながらもなんとか摘み上げ、よく見ないまま口へ運ぶ。


「………甘い」


 とにかく甘かった。


 ひと口サイズに切られていたのはナナバだと思う。

 ナナバはニャヒエマ三島で採れる果物で、不定期に行き来する商船が運ぶ分しかヴェリスティア大陸には入ってこず、高価な食べ物だ。


 それだけでも充分に甘い。


 だが、そのナナバが漬かっていた液体が更に甘かった。

 ナナバを飲み込んだあとも口の中に残る味から、その甘さの正体が練乳とはちみつだとわかる。


 そしてまぶされていたのは、おそらく胡桃。


 何故練乳はちみつナナバに胡桃をかけたのかは不明だけれど、これまでに食べたことのない味だった。


 平気そうな顔で食べていたレギは、慣れているのか、味音痴かのどちらかだろう。


「甘いほうが、疲れが取れるって聞いたことがあるかんね」


 この差し入れに関してはいろいろと思うところがあるけれど、小さな胸を張るモモ・モーにそれを告げないだけの判別くらいはディートにはあった。


「う、うん。ありがとう。ごちそうさまでした」

「もっと食べていーよ?」


「あ、うん……。じゃあ、これ、預かってもいいかな? 部屋でレギと一緒に食べるよ」 

「そだね! うん。レギにももっとあげないとね。どぞどぞ」

「どもども」 


 モモ・モーのしゃべり方につられて礼を言いながら容器を受け取ると、またふたりのあいだの会話が途切れる。


 なにか言わなければという気持ちと、なにをどう話せばいいのかという悩みが交錯して、結局なんと切り出せばいいのかすらわからなかった。


 ごくり、と自分が唾を呑む音が大きく聞こえた。


「あー、あのね。あの、ごめんね。うちゅ、いろいろわかんなくて、上手くできないんだよね。だから、その、ディートくんがなにか気にしてるってわかるんだけど、どすればいーのかわかんなくて」


「いや。こっちこそ、ごめん。モモ・モーは悪くないのに」


「悪くなくなんてないんだよ。うちゅ、いつもそうなんだ。昔からそうなんだ。家でも、初等学校でも、周りの人を困らせてばかりで。困らせようとか思ってるわけじゃないんだよ。でも、どうするのが普通なのか、みんなの普通がわかんないんだ」


 モモ・モーが堰を切ったように続ける。


「例えばね、犬とか人とか、殺しちゃダメって言うよね? 戦場じゃ殺してよくても、普段はダメとか。戦場以外でも自分が殺されそうで、それ以外身を守れそうになかったら殺しちゃうのも仕方ないかもしれないとか。相手の息の根を止めるのに、いいとか悪いとか仕方ないとか、よくわかんないよ。それだけじゃなくて、みんな怒ってるのにうちゅだけ笑ってたとか、みんな泣くとこで泣けないとか。うちゅ、わかんないもん。わかんないんだよ。親も手に余ったみたいで。だから初等学校を出てすぐに入隊したんだ。命令してもらえれば、その通りにするよ。それならわかるもん」


 困ったように、モモ・モーが笑う。

 こんな時でも、モモ・モーモは笑っている。


「そうなんだ……」


「うん。そーなんだよ。だからね、もし、なんかあったら言ってね。言われたらわかるから、直すよ? 察するとか、慮るとか、そういうのは、よくわかんないけど。でも、ディートくんを困らせたりしたくないんだ。それはわかってんの。だから……」


 一生懸命説明するモモ・モーを前にして、ディートの心の中に後悔が湧き上がる。

 自分の浅はかな態度が、モモ・モーを悩ませていたのだとわかった。


「うん。ごめん。やっぱり俺が悪かった。本当にごめん。ちょっと、ライ島でモモ・モーの戦う姿を見て、驚いたっていうか、戸惑ったっていうか。それで、自分の中でそれがうまく処理できなかっただけなんだ。そのせいでモモ・モーを困らせて、ごめん。モモ・モーの事情も知らないのに、勝手にいろいろ考えて、それを態度にまで出したりして、ごめん」


「あああああああ、そんなに謝んないで」


 モモ・モーが、いやディートが、という言い合いをしばらく繰り返し、不毛だと覚ったディートがつい吹き出す。


 そんなディートを見て、モモ・モーもへへっ、と笑った。


「この話はここまでにしようか」

「うん。もう、これ以上謝っちゃダメだかんね!」


 びしっとモモ・モーが人差し指をディートの顔に向けて言う。


「わかったよ」


 素直に承諾すると、モモ・モーが満足そうに頷いた。


「じゃ、また明日ね!」

「うん。これ、ありがとう」

「どいたしまして!」


 そう言うと、モモ・モーは跳ねるように駆け出した。

 その背中を見送っていると、モモ・モーが立ち止まりくるりと振り返った。


「なに?」


「ライ島でうちゅが戦うの見て驚いたって言ってたでしょ? あのね、隊長はうちゅに命令してくれる人なんだ。命令されたことは、やってもいんだよ? だからうちゅ、嬉しいんだ。普段は、これやっても大丈夫かな、間違ってないかなって悩むことが多いから。だからやってもいいって言われると、はりきっちゃうんだよね。ディートが気になったのって、そのことかな、と思って……」


 確かに、ディートの見たモモ・モーはとても嬉しそうだった。


「そっか。教えてくれて、ありがとう」

「うん。じゃ。おやすみ!」


 ぶんぶんと手を振ると、今度こそモモ・モーは女子の兵舎へと向かって走り去った。

 モモ・モーの姿が見えなくなってから、ディートは受け取った差し入れのナナバを再びひと切れつまんで、口に入れた。


「甘……」


 相変わらず甘すぎるナナバで、そのあまりの甘さに、何故かディートは泣きそうになるのだった。 

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