ライ島へ運び込まれた謎の荷物
体が吹っ飛んで、背中をしこたま壁にぶつけた。
「っぐふっ!」
「だから必要ねえっつったんだ」
集合場所に着くなりディートを殴り飛ばしたマーセストが、目を眇めてディートを見下ろす。
集合時間ぎりぎりだった。
「モモ・モー。おまえの管理不足だ」
「すみません」
モモ・モーが首をすくめて、頭を下げる。
「モモ・モーは……悪く、な……」
モモ・モーはディートのわがままにつき合ってくれただけだ。
衝撃と痛みに耐えながら声を絞り出すと、ぐい、と襟を掴み、吊り上げられた。
「悪いんだよ。直接指導を任されたモモ・モーの責任で、おまえのことを一任してあるロザニーの責任だ。そうだな、ロザニー」
「申し訳ありません」
ロザニーが、硬い声で詫びる。
「でもっ……」
遅刻したわけじゃないしなによりこちらにだって理由があったんだ、と言おうとしたが、マーセストはそれを待たずディートを床に投げ捨てた。
受け身を取り損ねて、床で頭を打つ。
「言い訳はきかん。今すぐ除隊しろ」
「隊長」
すかさずロザニーが口を挟む。
「なんだ」
「時間がありません。ディートのことはひとまず置いておいて、出動を」
ついさっき謝罪したその口でしれっとそんなことを提案するロザニーを一瞥して、マーセストはため息を吐いた。
「そいつは残して行く」
「人手が足りません。ただでさえ今回は第三分隊だけの任務ということで人数が少ないんですから。島の調査には時間がかかりますし、普段からライ島をうろついていたディートが一緒であれば、なんらかの役には立つはずです」
「時間も守れん新人に期待するほど俺は阿呆じゃない」
「ディートを連れて行けというのは上からの指示です。おそらくウィルボ大尉あたりがなにか言ったんだと思いますけど」
ディートは昨夜のウィルボ大尉の様子を思い出す。
現実感が湧かないというディートの言葉に対してなにかを考えているようだった。
その結果がこの任務だという可能性は、確かにあると思った。
「ウィルボめ、また余計なことを。……わかった。レギはそいつと一緒に荷を運べ。ライ島まで持って行く」
「はっ!」
レギが敬礼して応える。ディートはようやく床に身を起こしたところだった。
「返事っ」
「……はい」
小さく擦れたディートの返事に、マーセストは不機嫌そうに舌を打った。
ライ島までは、動力を積んでいない小舟でも三十分あれば着く。
軍の小型艦ならあっという間だ。
そういえばアーイエシルを見上げるのは久しぶりだな、とディートは甲板に立ち、天を仰ぎながら思う。
軍での生活にいっぱいいっぱいで、空を見上げる余裕すらなかったのだ。
ライ島を覆い隠すほどの、巨大な灰色の岩の塊。
その上にはイエシルたちが住んでいるのだという。
艦はアーイエシルの影に入り、甲板上からディートの影が消える。
顔の下半分を覆う防塵面のせいか、アーイエシルの圧迫感からか、ディートは息苦しさを感じ眉根を寄せる。
今日は風が強い。
上空はもっと風が強いだろう。
だが、最近は天から灰雪粉が降ってくることが減ったような気がする。
現状、アーイエシルの様子をうかがい知る術はないが、もしかしたらアーイエシルに異常が発生していて、灰雪粉が減っているのかもしれないな、とディートは思った。
本来、アーイエシルはオルイガにあるはずのない存在なのだから。
もしそうであれば、戦う必要はなくなるかもしれない。
勝手に滅びてくれたら。
そんな風に考えてしまってから、はっとする。
エミナが首にはめていた金環。
あれはイエシル人のための装置だ。
それをなぜ、エミナが身につけているのか。
イエシル人はヴェリスティア語を解しないが、エミナは出会った時からヴェリスティア語をしゃべっていた。
それに、エミナが灰雪粉を散らせているところを見たことなどない。
暗い白髪は確かにイエシル人の灰色の髪に近いけれど、瞳の色はイエシル人の金眼とは比べようもない、澄んだ碧眼だ。
ディートがひとりで考えても答えは出ない。
帰ってから、話を聞かせてもらうのが一番いいことはわかっている。
それでも、これまでの考え方を根本的にひっくり返すくらいに大変なことを自分がまだ知らないでいるかもしれないという不安を拭い去ることはできなかった。
「もうすぐ到着だっよーん」
ぴょーん、とモモ・モーがディートに飛びついてきた。
「うわっ」
驚いたディートはモモ・モーをくっつけたまま、その場で少し飛び上がる。
「ライ島に着いたらなにが起こるかわかんないんだかんね。集中集中、だよ!」
モモ・モーがぴっと人差し指を立ててディートの鼻先に突き付けた。
「わかったよ」
出発前のことがあるので、ディートは素直に頷いた。
自分がきちんとできなければ、モモ・モーが責められるのだ。
そっと服の上からホルスターの拳銃に触れる。
船が速度を落とし、ゆっくりと岸につけられた。
「上陸」
マーセストの指示が甲板に響く。
ディートは慌ててレギのところまで戻ると、積み込んだ荷をふたりがかりで抱える。
ずしりと重いそれをふたりで運ぶのはなかなか大変だった。
「これ、どうするんですか?」
どさりと地面に荷を下ろし、マーセストに尋ねる。
「ひとまず放っておけ。ロザニーはここに残って見張ってろ。近づく者がいたら威嚇しつつ俺たちに知らせるんだ。すぐに戻る」
「はっ」
仕事用の声で、ロザニーが応える。
「レギは俺と来い。モモ・モーはそいつの面倒を見てやれ俺たちは右方面、おまえたちは左を調べろ」
三人の返事が重なった。
「一応訊いておくが、ディート、ライ・ルルシェムの入り口は無事だったか?」
「あ、たぶん。一時は崩れ落ちた瓦礫が積み重なって出入りできなくなってたけど、軍の人が取り除いて以来は大丈夫みたいです。そっち側にはあまり近寄らないようにしてたんではっきりとはわからないけど……。でも、イエシル人はあの塔を使ってライ島に下りてきてるんですよね?」
「上陸した際、イエシル人に遭遇したのか?」
「一度だけ。俺が一般人だってわかったのか、見逃してくれました」
ふん、とマーセストが面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「俺たちの行動は間違いなく監視されている。油断するな。以上」
マーセストはいつものように軍服のボタンを留めない恰好のままだ。
唯一普段と異なるのは、片手に自分の身長ほどもありそうな長い柄の大鎌を持っていること。
鎌の部分には丈夫な布が巻きつけてあり、そちらを地面についている。
人の胴をも軽く切り離せそうな代物だが、こんな重い武器で満足に戦えるのかとディートは訝る。
一方のレギは一見すると手ぶらに見えるが、仕込み武器を多く用意している。
マーセストが大鎌をひょいと肩にかつぎ、ふたりがこちらに背を向け歩き出したところで、モモ・モーがディートを見上げた。
「んじゃ、行こっか」
「ああ」
「充分に気をつけてね」
ロザニーに見送られ、ディートとモモ・モーは並んで歩き出した。




