捕虜殺しの疑いをかけられる
第三分隊室に入ると、険しい顔をしたロザニーと、いつものようににへっとしているモモ・モーがディートとレギを待ち構えていた。
エミナの姿はない。隊長が奥の部屋にいるのかいないのかは不明だ。
「おはようございます」
「ふたりとも、ぎりぎりよ」
「すみません」
ふたり並んで頭を下げると、ロザニーはやれやれというようにひとつ大きくため息を吐いた。
「ディートくん、これ、うちゅにかけてくれたのディートくんだよね? ありがと!」
ぴょーん、と軽やかにジャンプしたモモ・モーがディートの目の前に着地すると、軍服の上衣を差し出した。
「あ、ああ。どうも」
「ディートくんの優しさに触れてモモ・モーは感動だよ! だから今日もばしばししごいてあげるかんね!」
「……すごく嬉しいよ、うん」
モモ・モーは小動物のように可愛らしい外見で、なかなか厳しいことを言う。
モモ・モーのしごきを思い出して、ディートはまだなにもしていないのに疲れを覚えて嘆息した。
「で?」
「で?」
ロザニーさんに短く問われて、ディートは疑問詞を投げ返した。
「やったの?」
「は?」
「捕虜殺し」
…………。
頭の中が真っ白になった。
ほりょごろし。
捕虜、殺し。
「……ほっ、捕虜殺しぃっ!? 俺があっ!?」
脳内でその言葉がひとつの意味をもったとき、ディートは驚きのあまり頓狂な声を上げていた。
そんなディートの様子を見て、ロザニーがひとつ頷く。
「わかったわ。あなたはやってない」
「くっ、くくくっ。今の顔! ぷっ。間違いないよ。こんなひどいまぬけ面が演技だとは思えないもんね!」
モモ・モーが片手でディートの顔を指さし、もう片方の手で腹を抱え、目に涙を浮かべて笑っている。
ひどい。
「しっ、仕方ないだろ! 本当に驚いたんだからっ」
「朝、調査官が来た時も、気にしていたのは服装のことばかりで、後ろ暗いところがあるようには、見えなかった」
レギはといえば全く表情を変えることなく、冷静に報告をしている。
「でしょうね。ま、わたしたちも本気であなたを疑ってたわけじゃないのよ。あなたには良くも悪くもそこまでやれるほどの強い意志はないでしょうから」
「調査官たちは、ディートくんがイエシル人に近づいても平気だからってだけの理由で疑ってんだよ。そんなの、防塵面をつければ、誰だって近づけるのにさ」
ロザニーとモモ・モー、それにレギはディートがやっていないと信じてくれるようだ。
その根拠はともかくとしても。
そのことにはひとまず安堵するものの、これまでにわかったことから判断すると、昨夜、捕虜が殺されたのは間違いないらしい。
捕虜。
今いるのは彼女だけだと言っていた。
灰髪金眼の、彼女が殺された――。
昨日の収容所でのことが思い出される。
けれど『捕虜殺し』と言うのだから発作が原因で死んだのではなく、はっきりと犯人がいると思われる形で殺されていたのだろう。
「遺体は夜明け前、宿直が見回りの際に、見つけたらしい。僕が部屋に戻る時、周囲に怪しい人は見かけなかった。ディートは?」
「俺だって、誰も……」
見かけていないと言いかけて、走り去るエミナの姿を思い出す。
エミナが駆けてきたのは、収容所のある方向からだった。
けれどエミナは、きっと隊長に会いに行っていただけだ。
いや、そもそもあれがエミナだったかどうかすらまだわかっていないのだ。
「……まあいいわ。捕虜殺しのほうは担当官に任せておきましょう。それよりも大事な連絡があります。本日、我々第三分隊はライ・ルルシェムの偵察と現状確認のため出動することになったわ。時刻は一○一五。ディートは初めての出動になるから、レギ、モモ・モー、悪いけど出動前に支度の確認だけしてやって頂戴。ひととおり教えてはあるから」
「はっ!」
レギとモモ・モーが敬礼と同時に返事をする。
「は、はいっ!」
ディートは少し遅れて、まだ慣れない敬礼をしたのだった。




