#60
“It’s Raining Is To Let It Rain”
*
場所は移り変わり病院の四階、そのとある一室。
締め切られた窓にカーテン。頼りなげに室内を照らす蝋燭の光。揺らめく光は影を映し、荒廃した室内を優しげに撫でていく。
そこそこの広さの室内にはいくつもの折り畳み式の机や椅子が無造作に転がっており、以前は集会場として使われていたことを暗に示していた。
窓の外からはザァザァと間断なく雨音が響いている。その陰鬱な調べは窓や外壁を執拗に叩き続け、ただでさえ鬱屈とした室内の空気を悪化させることに拍車をかけていた。
そんなどんよりとした空気から目を逸らすかのように、ハカナはカーテンの隙間から外を覗き見る。
(……そういえば、雨が降ってるのを見るのはこれが初めてだ)
この世界の雨は彼の知るそれとは似ても似つかないものだった。
窓ガラスに叩き付けられ幾筋も伸びる黒い軌跡。黒い流動体は外界を遮断するかのように光を一切通していない。いや、これは通さないというよりは光を飲み込んでいるようにすら思える。まるで空から乾留液が降り注いでいるようだ。どす黒いそれらはこの世界の穢れを濯ぐどころか、更に汚して見えた。
この汚泥があの不可思議な色彩を持つ水溜まりになるのかと考えると、やはり飲まなくて済んだのは幸いだろう。
「ん……?」
……最初こそ物珍しさに見入っていたものの、何か名状し難い感覚が湧いてくる。それは次第に胸を締め付けるような、抑えがたい焦燥へとなっていく。背筋に冷たいものが這った。
――――視線だ。
誰かに見られている。部屋の中ではない。真っ黒な外から視線を感じる。一つではない。不意にレキナの体に顕れた複数の眼が浮かぶ。しかし、窓の外を見回せど目など何処にも見当たらない。暗黒に染まる世界が外に存在しているだけだ。
だが、何かが自分を見ていると、本能がそう告げている。
慌ててハカナはカーテンを閉め、額に浮かんだ冷や汗を拭う。そして溜息を一つ吐くと、振り返って他の面々の様子を窺った。
……この会議室には現在この病院にいる全ての人間が揃っていた。即ち、ハカナを含むアウトサイダーとファルファレルロの面々だ。ハカナはそれぞれの顔を覗き見る。
セレンは何故か不機嫌そうにしており、ラタネがそれを困ったようになだめている。
レキナは相も変わらず無表情で宙を見ていて、何を考えているか窺い知れない。
そして、シンゴは相対するファルファレルロのリーダー、レイバルと何事か会話をしていた。
対するマレブランケ『ファルファレルロ』。
彼らは男三人、女二人と構成はアウトサイダーと同じだ。ハカナがこの部屋に入り顔を合わせた際、それぞれの名を告げられた。
まずはリーダーであるレイバル。彼はハカナが病院前で目撃した騎士だ。蒼白の鎧を纏い、精悍な顔立ちはどこかシンゴにも似ている。彼はハカナに簡素に礼を言い、それ以降はシンゴと会話を続けていた。
その横にはレイバルに似た鎧を着た、小柄な少年と体格がしっかりとした青年の二人。レイバルより簡素な白い鎧を着た少年がトーヤで、黒い重厚な鎧を着た痩せぎすの青年がラシュヌ。彼らは静かに椅子に座り待機していた。
更に視線を動かす。すると、少女と視線が合った。
シエルと名乗った修道女然とした姿の少女だ。しかし、馴染みのある頭巾はしておらず、打垂れの黒髪をさらけ出している。そして彼女の着る修道着はハカナの知る黒色のものと違い、真紅の色をしていた。その彼女がこちらの方を睨むように見据えている。
自分が何を彼女にしたのかと考えたものの、ハカナとシエルはほぼ初対面のはずだ。何も思い浮かばない。敵意すら感じるその視線に耐えられず、ハカナは目を逸らし、誤魔化すように最後の一人に目を移した。
最後の一人はとりわけ目を引く白い髪の少女だ。
品のある黄色を基調としたローブ、それに映える美しい白い長髪。整った顔立ちからは何処となく清澄な気配を感じさせる。控えめな立ち居振る舞いもまたその雰囲気を助長させていた。
――――ファルファレルロの神仔、アン。
……ハカナは彼女に何処か既視感を感じ、思い起こす。
穢れのない白。無垢なる白妙。何人たりとも踏み入ることの出来ない、冒し得ざる純白。
そう、その姿は……いつか見た、絵画の中に居た聖女を彷彿とさせた。
ファルファレルロのメンバーは、全員がハカナから見ればひどく古めかしく、演劇や映画の中でしか見たことのないような集団だった。
『この世界に居る兵隊は全員、何処かから連れて来られた連中なんだよ』
セレンの言葉の意味に確かな実感を得た。ファルファレルロの面々が持つ空気はアウトサイダーたちとは根本的に違う。生きる世界が違うと言うか。
アンはハカナの視線に気づき、微笑んだ。
その表情は優しいもので。……しかし、同時に言い様のない何かを感じた。違和感でいて、何処かで見たような既視感。その正体は何なのか、思い出すことが出来なかった。
ハカナが思案に耽っていると、シンゴとの会話を終わらせたレイバルが席を立つ。思い思いに過ごしていた一同は彼に注目し、室内は静寂に包まれた。
「……集まって貰ったのは他でもない」
レイバルは静かに話を切り出した。彼の声はその姿に違わず低く重々しい。
「休戦期間が明けるまで残り数時間。そして、皆が知るとおり神々の遊戯は最終局面となった。故に現状をまとめ、我々の今後の指針を提示しようと思う――――」




