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小さな箱庭の壊れた世界  作者: Ratte
2nd day - 豊穣命宮
43/72

#43

“They Cease To Be Mind”




 *




「――――あぁ、そうかよ。そりゃあ、テメーも災難だったな」


 部屋にあった切り株の椅子に座ったまま背筋を伸ばしながら、ハカナの話を聞いたセレンは事もなげに言った。それに対し、ハカナは(いぶか)しげにセレンを見る。


「……それだけ?」

「あん?」

「いや……怒らないのか? というか、さっきはそれで怒ってたんじゃなかったのか?」

「…………」

「僕は逃げた。どんな理由であれ、セレンたちから逃げた事実は変わらないだろ。その理由だって半分は勘違いみたいなものじゃないか。…………なんだよ。なんか、言ってくれよ」


 怯みつつもハカナは沈黙するセレンに答えを迫る。観念したと言わんばかりに両手を上げ、セレンは大袈裟にため息を吐いた。


「ま、なんだ。そりゃあ、最初はムカついてたが……」

「なら、なんで……?」

「今はそれどころじゃないってのが一つ。テメーに当たり散らしてもオレに得はない。それどころか不利になるだけだろ。それと……まぁ、なんだ。なんか、どうでもよくなっちまった」

「はぁ?」


 どうでもいいわけがないと、ハカナは納得しかねない様子だ。やれやれとセレンは肩を竦める。


「テメーのコナトゥスだ」

「僕の、コナトゥス……」


 セレンの答えにハカナの心臓が締め付けられる。ハカナはそれがなんであるかを理解した。しかし、知ったからと言っても、やはり不安は拭えない。それどころか知ったからこそ、彼に不安が重くのしかかる。


「その様子だと、テメー自身もなんなのか分かってるんじゃねーのか?」

「あぁ……。でも、気付いたのはついさっきだ。セレンたちに嘘はついてない。本当だ」


 悪夢から聞かされた言葉がハカナの内に蘇った。確かに、夢だったはずだが、彼にはそれが真実だと言うことがわかる。しかし、それはセレンの知る由もない事だ。無事なハカナの左手に汗が滲む。


「そこは、気にしなくていい。『視』りゃわかる

。シンゴから聞いてるだろ? コナトゥスは基本的にはローリスク、ローリターンの力だ。オレの『視認』もそうだ」

「あぁ」

「だが、お前のコナトゥスは違う。基本の外、例外に属する代物だ。レキナたちの神性ほどではないにしろハイリスク、ハイリターン。いや、リスクを考えればローリターンだ。全く、割に合わねえ」

「それは……」


 酷い言われようだが、今のハカナにはそれを否定することが出来ない。セレンの言っていることが正しいと彼も理解しているからだ。何か、嫌なものを思い出したかのようにセレンは身震いをした。


「その系統のコナトゥスを持った連中は、確かに今まで何人かは居た。オレも直接、『視』たことがある。……だが、その全員がもれなく、完全にイカレた連中だった。この世界も大概だが、その中でも飛びっきりだ。思い出したくもねえ」

「……そんなに、やばいの?」

「オレはなんでテメーがそんな『普通』みてえな(ツラ)でいられるか、不思議でならねえよ。それとも既に、イカレちまってるか?」


 冗談めかしたセレンの質問に、ハカナは息を飲む。そして少ししてから、ゆっくりと答えた。


「僕は正気だよ。……多分」

「そいつは結構。自分が絶対に正気だって断言するやつよりは、よっぽど信用が出来る。それで、十分だ」


 再びハカナとセレンの目が合い、互いに気が抜けたかのように笑った。

 初めて会った時のような剣吞なものでも、先程の狂気に染まったものとは違うセレンの表情はまるで、憑きものが落ちたかのようだ。


「……あー、クソ。なんかこっから出れて、尚且つここの連中に一泡吹かせるような手はねーものかなぁ」


 そんなハカナの視線に何か居心地の悪さでも感じたのだろうか、セレンはそんな益体も無い事を言いながら顔を逸らす。


「外にいる他の人たちは? このまま何もしないって訳じゃないだろうし。そのうち、またここに来たりは……」

「可能性はゼロじゃないが、限りなく低いだろうな。……言いたくはないが、準備して、不意打ちして、数もこっちが上でも結果がこれだ。それに……」

「それに?」

「本人は否定するだろうが、レキナの神性はこれ以上使えばどうなるかがわからない。無理をしたとしても、やつらも最初より一層、警戒してるのは確実だ。同じことしても通用するとは到底、思えない」

「そう……だよなぁ……」

「それでもシンゴなら何かしら手段を凝らしそうだが……期待はしない方がいい。時間も有限だ。のんびりしてても、オレたちはどちらにしても終わりだ」

「うーん……」


 ハカナとセレンは思案に暮れる。しかし、一向に良いアイディアが浮かぶわけでもなく、無為に時間だけが過ぎていく。セレンは次第に苛立ち始め、手癖で“それ”をカチカチと手の内で鳴らせた。


「それ……」


 ハカナはセレンの手にある“それ”を指さす。


「あ? あぁ、火は点かねえぞ。オイルもとっくの昔に切れたままだ。連中もそれで見逃してくれたようだしな」

「――――ッ」

「……ん? どうした?」


 ハカナの内にあるものが囁いた。同時に彼は困惑する。本当に自分の考えかと首を傾げるほどだ。

 それほどまでに、その発想は。


 あまりにも突拍子も無く。

 あまりにも非合理的で。

 ……あまりにも、正気の沙汰ではなかった。


「なぁ、セレン」

「なんだ? 良い考えでも浮かんだか?」

「良い考えは、浮かんでない。でも、悪い考えなら浮かんだ」

「何を言って……」


 ハカナは口元を歪ませて、困惑するセレンに問い掛ける。


「――――何もしないでこのまま死ぬのと、死ぬかもしれないことをして生きようとするの、どっちがいい?」

「………………ハァ?」


 そして、そんな提案を投げかけるハカナは自分が本当に正気なのだろうか、と少し前の自身に自問自答したくなるのだった。

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