#43
“They Cease To Be Mind”
*
「――――あぁ、そうかよ。そりゃあ、テメーも災難だったな」
部屋にあった切り株の椅子に座ったまま背筋を伸ばしながら、ハカナの話を聞いたセレンは事もなげに言った。それに対し、ハカナは訝しげにセレンを見る。
「……それだけ?」
「あん?」
「いや……怒らないのか? というか、さっきはそれで怒ってたんじゃなかったのか?」
「…………」
「僕は逃げた。どんな理由であれ、セレンたちから逃げた事実は変わらないだろ。その理由だって半分は勘違いみたいなものじゃないか。…………なんだよ。なんか、言ってくれよ」
怯みつつもハカナは沈黙するセレンに答えを迫る。観念したと言わんばかりに両手を上げ、セレンは大袈裟にため息を吐いた。
「ま、なんだ。そりゃあ、最初はムカついてたが……」
「なら、なんで……?」
「今はそれどころじゃないってのが一つ。テメーに当たり散らしてもオレに得はない。それどころか不利になるだけだろ。それと……まぁ、なんだ。なんか、どうでもよくなっちまった」
「はぁ?」
どうでもいいわけがないと、ハカナは納得しかねない様子だ。やれやれとセレンは肩を竦める。
「テメーのコナトゥスだ」
「僕の、コナトゥス……」
セレンの答えにハカナの心臓が締め付けられる。ハカナはそれがなんであるかを理解した。しかし、知ったからと言っても、やはり不安は拭えない。それどころか知ったからこそ、彼に不安が重くのしかかる。
「その様子だと、テメー自身もなんなのか分かってるんじゃねーのか?」
「あぁ……。でも、気付いたのはついさっきだ。セレンたちに嘘はついてない。本当だ」
悪夢から聞かされた言葉がハカナの内に蘇った。確かに、夢だったはずだが、彼にはそれが真実だと言うことがわかる。しかし、それはセレンの知る由もない事だ。無事なハカナの左手に汗が滲む。
「そこは、気にしなくていい。『視』りゃわかる
。シンゴから聞いてるだろ? コナトゥスは基本的にはローリスク、ローリターンの力だ。オレの『視認』もそうだ」
「あぁ」
「だが、お前のコナトゥスは違う。基本の外、例外に属する代物だ。レキナたちの神性ほどではないにしろハイリスク、ハイリターン。いや、リスクを考えればローリターンだ。全く、割に合わねえ」
「それは……」
酷い言われようだが、今のハカナにはそれを否定することが出来ない。セレンの言っていることが正しいと彼も理解しているからだ。何か、嫌なものを思い出したかのようにセレンは身震いをした。
「その系統のコナトゥスを持った連中は、確かに今まで何人かは居た。オレも直接、『視』たことがある。……だが、その全員がもれなく、完全にイカレた連中だった。この世界も大概だが、その中でも飛びっきりだ。思い出したくもねえ」
「……そんなに、やばいの?」
「オレはなんでテメーがそんな『普通』みてえな面でいられるか、不思議でならねえよ。それとも既に、イカレちまってるか?」
冗談めかしたセレンの質問に、ハカナは息を飲む。そして少ししてから、ゆっくりと答えた。
「僕は正気だよ。……多分」
「そいつは結構。自分が絶対に正気だって断言するやつよりは、よっぽど信用が出来る。それで、十分だ」
再びハカナとセレンの目が合い、互いに気が抜けたかのように笑った。
初めて会った時のような剣吞なものでも、先程の狂気に染まったものとは違うセレンの表情はまるで、憑きものが落ちたかのようだ。
「……あー、クソ。なんかこっから出れて、尚且つここの連中に一泡吹かせるような手はねーものかなぁ」
そんなハカナの視線に何か居心地の悪さでも感じたのだろうか、セレンはそんな益体も無い事を言いながら顔を逸らす。
「外にいる他の人たちは? このまま何もしないって訳じゃないだろうし。そのうち、またここに来たりは……」
「可能性はゼロじゃないが、限りなく低いだろうな。……言いたくはないが、準備して、不意打ちして、数もこっちが上でも結果がこれだ。それに……」
「それに?」
「本人は否定するだろうが、レキナの神性はこれ以上使えばどうなるかがわからない。無理をしたとしても、やつらも最初より一層、警戒してるのは確実だ。同じことしても通用するとは到底、思えない」
「そう……だよなぁ……」
「それでもシンゴなら何かしら手段を凝らしそうだが……期待はしない方がいい。時間も有限だ。のんびりしてても、オレたちはどちらにしても終わりだ」
「うーん……」
ハカナとセレンは思案に暮れる。しかし、一向に良いアイディアが浮かぶわけでもなく、無為に時間だけが過ぎていく。セレンは次第に苛立ち始め、手癖で“それ”をカチカチと手の内で鳴らせた。
「それ……」
ハカナはセレンの手にある“それ”を指さす。
「あ? あぁ、火は点かねえぞ。オイルもとっくの昔に切れたままだ。連中もそれで見逃してくれたようだしな」
「――――ッ」
「……ん? どうした?」
ハカナの内にあるものが囁いた。同時に彼は困惑する。本当に自分の考えかと首を傾げるほどだ。
それほどまでに、その発想は。
あまりにも突拍子も無く。
あまりにも非合理的で。
……あまりにも、正気の沙汰ではなかった。
「なぁ、セレン」
「なんだ? 良い考えでも浮かんだか?」
「良い考えは、浮かんでない。でも、悪い考えなら浮かんだ」
「何を言って……」
ハカナは口元を歪ませて、困惑するセレンに問い掛ける。
「――――何もしないでこのまま死ぬのと、死ぬかもしれないことをして生きようとするの、どっちがいい?」
「………………ハァ?」
そして、そんな提案を投げかけるハカナは自分が本当に正気なのだろうか、と少し前の自身に自問自答したくなるのだった。




