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庭花火をペーパーウェイトにして

 溜息をついたエオルが、顔を上げてうんざりした表情を浮かべる。


『次から次と、今日は一体どういう日なんだ』


 エオルの視線を辿れば、そこには所在無げに騎士らしき男が立っている。

 明らかに、高位の人間の遣いとしてエオルとミランダに用事があるようだ。

 騒ぎになっていないということは、イレーネはギリギリ見つからなかったということだろう。つくづく器用な女性だ。


「冬の館の長のお客人がたを、ソスラン王子殿下が晩餐にお招きしたいとの仰せです」


「謹んでお受け致します」


 少し腰を落として礼を取るミランダと僅かに頷いたエオルに、騎士は満足そうに頭を垂れると、さっと踵を返して去って行った。

 エオルの無礼を咎めなかったということは、彼が何者なのかある程度正しく伝わっているらしい。

 いくらリュフェスタが大国とはいえ、この国では国としての力を振りかざすのは恥だという風潮が強い。

 その姿が完全に見えなくなるのを待って、エオルは傍に跪いたままの地の精霊に目を向ける。

 途端に忠犬のごとくスラーイイの目が輝いて、高速で振られる尻尾の幻影が見えたのは気のせいだけではない気がする。

 何というか、地の精霊ってこんな感じだっけとミランダは遠い目になる。

 何だか威厳とか、神聖で侵し難い雰囲気とか、そういうものがもう少しあっても良いと思う。


『お前はもう帰れ。お前が離れれば、それだけ大地の力が失われる。今お前が欲するだけの力を揮えるだけ私はまだ成熟していないと、お前も分かっているだろう。兄上と義姉上、メルカルトの力を受ければ、しばらく持ち堪えられるだろう?』


『是。主様の仰せのままに』


 エオルが心底鬱陶しそうに手を振るのを悲しそうに見つめ、スラーイイは頭を垂れる。

 その姿は、ミランダには既に大きな忠犬にしか見えない。

 無類の犬好きであるミランダは思わず、手を伸ばして触れたくなってフラフラとスラーイイに近づいて手を伸ばした。


『いけません!』


 その手を慌てた様子で、エオルに掴まれる。

 パシッと乾いた音がして、ミランダはエオルを見つめて瞬きをする。


『その者は、呪いを受けている。いくらリラの浄化力が高くとも、触れば呪いを引き寄せかねません。それに、だからこそ私も、今のスラーイイとは仮契約以上は結べないのですから』


 エオルはそう言って、苦しそうに顔をしかめる。


『この地に呪いを撒き散らす前に、疾く去れ』


 事情がわかっているのか、スラーイイは後ろ髪引かれるような様子を見せながらも静かに大地に溶けるように消えた。

 それを見届けて、エオルはようやく緊張を解く。

 ひとつ息を吐いて、ミランダに微笑み掛ける。


『部屋に、戻りましょうか』


 一歩踏み出しかけて、エオルがよろめく。

 とっさに体を寄せてエオルを支えたミランダは、何気なくエオルの胸元から黒い靄を纏う糸のようなものを摘み上げて、それに息を吹き掛ける。

 すぅっと融けるように、闇が消える。エオルの目には、ミランダの息に乗せられた浄化の力が闇を払うのが良く見えた。

 その様子に、エオルは明らかな驚愕の表情を浮かべてミランダの手元を凝視した。

 引き結ばれていた口が、パカッと開く。


『呪糸を見つけ出すのも凄いけど、消せるって、えええ。何それ。そうやって消せるものなんだ。そんなに簡単に消しているの初めて見たよ。ははは』


 ブツブツ小さい声で、口元を覆い隠すようにして呟くエオルに、ミランダは首を傾げる。

 ミランダの不思議なものを見るような視線にも気づかず、顔を覆ってエオルは乾いた笑いを漏らす。

 いつもよりも砕けた口調は年相応の少年らしい印象で、ミランダは大人びた人物だというエオルの印象をほんの少し変えた。

 やがて興奮と笑いの発作が治まったのか、小さく咳払いをしてエオルはミランダに向き直った。


『リラ、あなたの力は素晴らしいよ。だからどうか、守らせて欲しいんだ。私に、あなたの全てを』


 静かに跪いて真摯に言葉を紡ぐエオルに、ミランダは首を傾げる。


「もちろんです、エオル様。先程も剣を捧げていただきましたもの、わたしの守り手はエオル様です」


 一瞬目を輝かせたエオルが、それを苦笑に変える。

 そんなエオルの表情に、ミランダはますます不思議になる。何か間違っただろうかと自問自答しても、よく分からない。


『私が急ぎ過ぎたようです。この話しは、また改めてしましょう』


 立ち上がったエオルはミランダの手を取り、何事もなかったかのように歩き出す。

 暖かなその手が、少しだけ汗ばんでいるのに気づいて、ミランダは微笑みを浮かべた。




 後日、ミランダの私室を訪れたエオルからスターチスの花を小さな輪の形にあしらったものを閉じ込めた可愛らしいペーパーウェイトをもらったミランダは、そのペーパーウェイトに目を留めたマノリアに微笑ましい贈り物だと言われて、首を傾げた。

 その贈り物に込められた本当の意味をミランダが知るまで、まだ数年。

 エオルが正式にスラーイイと契約するまで、まだ数年の時を要する。

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