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降り注ぐ言の葉の花は束ね得ぬ想いに似て  作者: 深海聡
第2章 光ある場所へ

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浮釣木の花を灯して

 真っ暗な道を歩いていた。

 誰もいない、真っ暗な道は複雑にうねり、でこぼことしていて歩きにくく、時折足を取られる。

 それでも、この道を歩かなければいけないという焦燥感に突き動かされて、ミランダはひたすら足を動かしていた。

 時折分かれ道があっても、まるで歩き慣れた道のように自然と足が向いて道を選んでいく。

 それを不思議とも感じない、どこかぼんやりとした心地でひたすらに先を急いでいた。

 理由も意味も分からず、それでも早く早くと焦燥が募る。

 急いでいかなければならない、という気持ち以外は何もかもが曖昧で。

 それでもただひたすらに、ミランダは歩いた。

 知っているはずの気配が、何度も近寄っては離れ、入れ替わってはまた消える。

 真っ暗な中で何もわからず、それでも歩き続けなければいけないことに、ミランダは段々泣きたくなってきた。

 一度気づいてしまえば、道はひどく狭く、平坦とは言い難く、石や草だらけでとても歩きづらい。

 そんな中を光のひとつもなく歩くのは、とても心細かった。

 叫び出したいのに声さえ出せず、走り出すことも出来ずに延々トボトボと歩き続ける。

 長い長い道を、ずっとずっと。

 果ても分からず、終わりもない。

 苦しくて苦しくて、息も出来ないのに歩くのをやめられない。

 もう嫌だ。

 そう思った時、不意に目の前に誰かが立ったのを感じた。

 少しひんやりとした感触の、でも実態を伴った手が自分の手を握るのを感じて、ミランダは自分自身にも手というものがあったことを思い出した。


「大丈夫。あなたなら、やり遂げられるわ。わたしはそれを知っている」


 女性にしては低めの、落ち着いた声。

 闇の中でその姿だけが不思議とくっきりと見えるようになる。

 女性にしては長身のほっそりとした体格に、顎のあたりで切り揃えられた髪。

 以前見た悪夢に出て来た時よりも少しだけ年齢を重ねて見える彼女は、孤独で暗い瞳をしていた。


「耐えがたいほどの孤独も、課せられた責務も、背負わされた命にさえ押し潰されることなく、歩き続けられることをわたしは知っている」


 その言葉は肯定し、応援するようでありながら、そうしなければならないと相手に重い制約を課そうとしているようにも聞こえて。

 拒否することも出来ない重圧を感じて、相手の抱える凍てつくような孤独にミランダ自身も凍り付きそうな思いがした。

 思わず頭を振ったミランダに、相手は眉を寄せる。


「だって、辿り着かなければ救えない。走って走って、どれほど苦しくて辛くても何も見えなくても、走り続けなければ届かない」


 握られた自分よりも大きな、折れそうに細い手が小刻みに震えているのを感じて、ミランダはハッとして相手を見た。

 ああ、そうか。

 急に全てが分かった。

 この真っ暗で寂しい、辛くて孤独な場所はミランダのものじゃない。

 この人が今、歩いている道なんだと。

 それに気付いたら、急に何も怖くなくなった。

 ミランダは背伸びをして、目一杯手を伸ばして目の前の人を抱きしめる。


「大丈夫よ、きっとたどり着ける。こんなにも暗い孤独だって、きっとあなたが見ようとしていないだけで必ずどこかに光はあるわ。どんなに傷ついても、その痛みに何度泣き叫んでも、あなたはきっとあきらめない。だからきっとたどり着けるわ、エオル様の元に」


 ミランダの言葉に、相手が息を飲むのが分かる。

 やせ細ったその背を、出来るだけ優しく撫でる。


「大丈夫よ、サフィラ。もうひとりのわたし」


 静かに泣いているどこからか来た自分ではない自分に、そっと言い聞かせる。

 あまりにも冷え切って弱り切ったその気配に、傍にいるはずのエオルの不在を感じる。

 本来ならば中和し合い、時に補い合うはずの半身を失ったままのこの人は、どれほどの苦痛を耐えているのだろうか。

 途方もないと、想像もつかないと思った。


「ありがとう、もうひとりのわたし。あなたは、あの人の手を離しては駄目よ」


 するりと離れていこうとしている手を、思わず掴んで引き留めたミランダにその人は目を見開く。

 何か、ほんの少しで良いから何か導になるものを渡したくて、ミランダは自分自身の胸元を探る。

 僅かに残った温かな灯の気配を、掌に包み込んで決して潰さないようにそっと差し出す。

 寂しさに力の均衡を崩したミランダを支えてくれたエオルの力の名残は、ミランダの掌の上でコロンとした小さな提灯のような光を灯す花に変わる。


「小さいけれど、今わたしがあげられる一番大切なものをあげるね」


 笑みを浮かべてそれを差し出すミランダの手から、震える指先がその花を遠慮がちに摘まみ上げる。


「ああ、ああ……」


 言葉にならない感情に唇を震わせて、その人は静かに泣いていた。


「いいの? こんな……」


「わたしにとっても大切なものだけど、わたしはきっと失わずにいられる気がするから。だから、あなたにあげる。たぶんあなたが知っている気配とは、似ているけど違うと思うけれど」


 申し訳なさそうに眉を下げるミランダに、彼女は大きく首を振ってその言葉を否定する。

 その切実な様子に、ミランダは言葉を切る。


「それでも。それでも……これでやっと、この気配を手掛かりにしてあの人の気配を辿れる気がする」


 その言葉に、ミランダの想像以上に彼女の手元に残されたものが少ないことを知って、何も言えなくなる。

 今は離れた場所にいるエオルでも、今もミランダにはその存在が感じられるし、ミランダの身の回りにはいくつも彼がくれたものがある。

 きっとこれからも増えるだろうと思えるぐらいには、折に触れて何かしら贈ってくれるエオル。

 それが、彼女にはないのだろう。

 理由があるのだとしても、手掛かりすら、大した痕跡すら残さずにいなくなってしまった人を探し続けることの寂しさを、悲しみを、言葉にならない苦しさを思う。

 それはどこまでも果てしない闇のようで。


「わたしがあなたの手を取れて良かった」


 微笑めば、彼女も笑うから。

 僅かに光が差し始めた道の向こうに消えていく背を、ミランダは静かに見守った。




「リラ、リラ。私のリラ」


 聴き慣れた愛称で呼ぶ、聴き慣れない少ししわがれたような声。

 声が出しづらそうに空咳を繰り返しながら、それでも呼び掛け続ける声に何とか瞼を持ち上げる。

 酷く体が重くて、冷え切った体に握られた指先から温もりが染み込んで来るような気がした。


「ああ、良かった。気が付いて。……あなたは、無理に力を抑え込んだ反動で倒れたんだよ」


 今ここにはいないはずの人の姿に、理由も分からず涙が出た。

 急速に霞んでいく夢の名残に、今そこにいることを奇跡のように尊いことのように感じる。

 1年ぶりぐらいで会うエオルに、涙が止まらない。


「普通じゃない力の流れに、慌てて駆けつけて何とか安定させられたけれど、あまり無理をしては駄目だよ」


 噛んで含めるような、状況を説明する言葉はたぶん、ミランダには基本的にこの上もなく甘いエオルの、精一杯のお小言なのだろう。

 心配そうに揺れている瞳に、申し訳ないという思い以上に、心配されていることが心地良くて。

 ミランダは、握られた自分の手ごと、エオルの手に頬を摺り寄せる。

 夢でも想像でもなく、確かにそこにいる存在を感じて、ミランダは満足して再びまどろみに身をゆだねる。

 その様子に笑ったのか、フッと息を吐く気配がする。

 きっと、一緒なのだろう。

 求め続けた存在が傍にあるだけで、他の全てがどうでもよくなってしまう。

 不安も、怒りも、恐怖も、負の感情の全てが、あやふやに融けて消えてしまうのだ。


「目が覚めるまで、ここにいるよ」


 何よりも、誰よりも、どんな時でも、ただただ傍にいてほしいと思う。

 ささやかな願い。

 きっと目覚める頃には夢の名残と共に忘れてしまうようなそんな感情が、きっとたったひとつの真実なのだろう。

 あの真っ暗な闇を彷徨い、失った人を捜し求めるあの人とミランダがエオルに対して抱く想いはきっと違う形をしているのだろうけれど。


「エオル様、次はアブチロンの髪飾りがいいです。力を籠めると闇の中で光るの」


 半分ぐらい寝言のようなミランダの言葉に、エオルはつないでいない方の手でミランダの髪をすく。

 珍しいおねだりに、堪えきれない笑みがエオルの唇を歪ませる。

 願われ、それを叶えることの喜びが、抑えきれない衝動になってエオルを突き動かす。

 これはもう、どうしようもない本能なのだ。

 それに抗う必要がないことが、どれほどの幸福なのか。

 エオルはじっと、ミランダを見つめる。


「それをつけていたら、暗闇でもきっと見つけられるね」


 そっと呟いたエオルに、ミランダの寝息が応える。

 その様子に笑みをこぼして、エオルはそっと椅子に座り直して眠るミランダを見守った。

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