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降り注ぐ言の葉の花は束ね得ぬ想いに似て  作者: 深海聡
第2章 光ある場所へ

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閑話 道化師はリリオペの庭で息を潜める 前編

 笑顔は、仮面だ。

 わたしを守る鎧で、盾で、存在を許されるための免罪符で。

 何も感じないように、無知そのもののように、無価値なもののように振る舞う。

 誰かに期待をかけられる恐ろしさを、いや、期待されるという名目で成される無理無体に、わたしは無意識に自分自身を守ろうとしていたのだろうと思う。

 もっと頑張れ、成果を出せ、役に立て。

 並べ立てられる言葉に窒息しそうだと思った。

 否定だらけの言葉にすり潰されていく兄弟たちを、要領が悪いと心のどこかで馬鹿にして生きてきた。

 応えても応えても、決して評価なんかされない。

 満足なんてないし、終わりもない。

 だったら応える必要なんかないのだ。

 むしろ変に期待されないように、目を付けられないように無難に振舞っておくのが賢いやり方だ。

 そうじゃなければ、逃げ出せなくなる。

 どこにも行けなくなる。

 わたしはずっと、窒息しそうなあの家が嫌いだった。


「今、なんて……?」


「お前は冬の館に入るのだ。もう、長のマノリア様には話しを通してある」


 ある日、家に帰ったら荷物がまとめられていて、たったそれだけを言い渡された。

 20も30も年上のおじさんに嫁ぐ話を蹴って、引き留める家族を振り切りながら連日逃げ回っていたら、突然将来を決められていた。

 条件反射で驚き、絶句した体を装いながら、父の表情をわたしはじっと伺った。

 くすんだ金の髪に、灰色の瞳。取り立てた特徴のない、平凡な容姿の父親はこれでも中規模の商店の経営者で、姉たちはそれぞれ家の将来に役立つ人脈を作るために嫁いでいった。

 大人しく、聞き分けが良く、従順な駒として家のために尽くす。

 そう繰り返し教育された姉たちも、表面上はともかくとして、それほど従順にしているかは疑問だ。

 だからわたしは、この時心の中で予想した以上の展開に喜びの雄たけびを上げていた。

 恥も外聞もなく逃げ回った甲斐があった。


「冬の館、ですか?」


「噂が出回っていて、これ以上家に置いておけん! 大道芸人に混じって見世物をやって小遣い稼ぎなど、仮にも愛し子が何という真似を!!」


 丈夫なオーク材の机を、父の分厚い手のひらが力任せに叩く。

 最大限苛立っている様子に顔が笑み崩れそうになるのをこらえて、わたしは神妙な振りで体を縮こまらせた。


「でも、わたしはちょっと雪っぽいなにかを降らせられるかな、ぐらいの力しかない術士ですよ?」


 分かり切ったことをあえて言う。


「しかも、この力の弊害で子どもを成せないとか言われましたし」


 ケロッと答えたこれが、むしろわたしが売り物にならない最大の理由だったりする。

 子どもが出来なければ、恋愛結婚で夫に溺愛でもされ、他に跡取りの算段がある訳でもなければ十二分に離縁の理由になる。

 そんな世の中で、元々瑕疵があるのを分かった上で政略結婚の具にする家など、そうそうない。

 それを覆すメリットなど、我が家では提供できない。

 もちろん、不出来だということが広く知れ渡っているわたしでは、わたし自身にそんな価値はないことも明らかな訳で。

 だけど、それもこれも、願ったり叶ったりだ。

 売り飛ばされるように悲惨な婚姻を強いられるぐらいなら、一生買い手がつかないような瑕疵有の烙印を押される方がずっとましだ。

 そのために、体調の変化に気付いてすぐ、癒し手を呼んで診断してもらったのだから。

 そして、このタイミングで愛し子として迎え入れられるというのは、大道芸人たちにこれ見よがしに愚痴を言って回ったのも功を奏したのかもしれない。

 政略結婚で子を成せない女の扱いなど、いつの世でも変わらない。

 それを見越して、わたしを保護してくれたのだとしたら冬の館の長は、噂以上の人物かもしれない。

 一度愛し子として迎えられてしまえば、わたしの身は国によって保障される。わたしの自発的な意思以外での婚姻は、基本的に不可能となるのだ。

 強要すれば、たとえ親兄弟であろうと罰せられる法が、この国にはある。

 わたしは心の中でほくそ笑んだ。


「冬の館の術師が、お前の力を目にして館に迎え入れるよう手はずを整えてくださったのだから、この申し出を断ることは、断じて許さん!」


 青筋を立てる勢いで怒る父に、首をすくめる。

 わたしはこの手の、恫喝すれば相手が引くと思っている人間が昔から嫌いだ。

 感情的で、短絡的。こういう人間を手玉に取る方法を、わたしや姉妹たちは幼いうちから母に教わった。

 今の商会があるのは母のお陰だということを、この父だけが理解していない。

 そして、わたしがどういう人間かということも、だ。


「はい、分かりました。……わたし、冬の館へ行かせていただきます」


 深々と頭を下げたのは、表情を隠すため。

 その日、わたしは最悪な実家に別れを告げた。




「へぇ、2人部屋か~」


 愛し子のための部屋と言っても、別に出世して豪華な部屋を与えられる訳でなし。

 清潔で掃除が行き届いているが、簡素で質素ですらある。

 素朴な木組みのベッドに、洗いざらした木綿のシーツ、木製の使い古した机に、支給されたお仕着せ一式と多少の私服が入る程度の吊り下げ式の箪笥。

 厄介払いされて帰る家のない身としては、十分に住み心地の良い部屋だ。

 わたしが使うように言われたのとは別の方の机の上には、ペンとインクと本が、書きものの途中で呼ばれた様子で取り急ぎ、という風に片付けられている。

 急いで片付けられた様子なのに、きちんと紙の端をそろえ、中身を見られないように気を配られているところから、どうやらもうひとりのこの部屋の主は几帳面で多少神経質な人物らしい。

 ふと、不安が足元から這い上がって来る。

 上手くやっていけるか、相手と打ち解けられるのか。

 騒がしいと、嫌われてしまったらどうしよう。

 不安で泣きたくなる自分を叱咤する。


「ヴィオレッタ、笑いなさい」


 笑顔は、自分自身を守るための仮面だ。

 道化の仮面をつけて生きて来たのだから、道化師が観客の前で泣くことなど許されない。

 愚か者だとさげすむ人間たちを笑顔の仮面の奥で、値踏みする。

 それぐらいの強かさがなければ、この世を渡り切ることなど出来ないのだと繰り返し心に刻んできた。

 扉が開いて、舞台の幕が上がる。

 そこにいたのは、冬の愛し子のお仕着せを身に着けた同じ年頃の少女。

 豊かに波打つ黒髪と、走って来たのか、ほんのりと上気した白い頬。そして、吸い込まれそうな深い青の瞳が印象的な美少女。


「あなたが、ヴィオレッタ? わたくしは、ファルファラ。ファルファラ・イーレクスよ。よろしくね」


 にこりと微笑んだその人の醸し出す空気に、わたしは圧倒された。

 同じ年頃の少女とは思えない、強い意志を宿した瞳の輝きに、飲まれそうになった。

 その人を前にして、わたしはわたしが全てだと思ってきた世界が本当にちっぽけなものなのかもしれないと、ザワザワとした胸騒ぎのような高揚感のような、そんな感覚を必死に抑え込んでいた。

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