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降り注ぐ言の葉の花は束ね得ぬ想いに似て  作者: 深海聡
第2章 光ある場所へ
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花車はくるくると絶え間なく 前編

「お友達を作りましょう」


 開口一言、そう口火を切ったファルファラに、ミランダは言葉を失ってじっと彼女を見つめた。

 我に返ると、何ごとのなかったかのように口をつけようとしていたカップの中のお茶を飲み、首を傾げる。

 お茶を口にする間に考えを巡らせ、動揺を面に出さないように努める。


「どなたとですか?」


「春の館のロザムンド様です」


 ファルファラが告げた名前に、ミランダはカップをソーサーに戻し、にっこりと笑みを浮かべた。


「あのお星さまのような可愛らしいお花をくださった方ね」


 ミランダはテーブルから立ち上がり、窓辺に歩み寄る。

 窓の外には一面の銀世界。

 雪の季節は始まったばかりで、雪解けは遠い。

 その景色を眺めるでもなく眺めて、ミランダはファルファラを振り返る。


「ファルファラ、わたくしから出向きます。ロザムンド様のご予定を伺いに、誰か遣いをやってください」


「今後数日間は特にご予定はありませんので、ロザムンド様のご都合に合わせる形で整えさせていただきます」


「ええ、お願いね。わたくしは少し、私室に下がりますので何かあれば声を掛けてください」


 穏やかで明るい笑みを浮かべるミランダに、ファルファラは何事もないように笑みを浮かべる。


「かしこまりました」


 礼を取るファルファラに軽く頷いて、ミランダは扉の向こうに消えた。

 小さな音を立てて扉が閉まるのを見送り、ファルファラはこっそりと息を吐いた。

 表面には出さないが、ここ数日ミランダはあの調子なのだ。

 どうも貴族の子女に、使用人との距離が近すぎると笑われたのが切っ掛けで、マノリア様に公私の区別をつけることを課題とされているようなのだ。

 いつか、こういう日が来るとは思っていた。

 まだ幼いミランダのために、あえて距離を取らずにここまで来た。

 それでも、ミランダには既に冬の女王という立場がある。

 その立場の重みの前では、彼女の事情などただの些事だ。

 立場にふさわしい振る舞いを主にさせられないのは、仕える者にとって大きな失態だ。

 そのことをファルファラは分かっているつもりだった。

 それでも、それがただの()()()だったことを、この数日でミランダもファルファラも理解させられた。

 だからこそ、同じ立場の友人を用意しなければと、ファルファラは焦っていた。

 ファルファラが“姉”としてミランダを甘やかすことが出来る期間は、もう終わってしまったのだから。

 思わず唇を噛んだファルファラは、遠慮がちに扉がノックされる音で我に返った。


「どなたですか?」


「春の館の愛し子、ロザムンドと申します。突然訪問する非礼をお許しください。恐れ入りますが、ミランダ様にお取次ぎ願います」


 まさに話題に上っていた人物の訪問に、ファルファラは虚を突かれた思いで扉を開ける。

 そこには、外套に雪を積もらせたロザムンドが、可愛らしい花が咲いた鉢植えを大切そうに抱いて立っていた。

 その様子が、今ここにはいないミランダの待ち人――エオルの姿を思い出させてファルファラは瞬きを繰り返す。

 どうにも、皆ミランダに花を贈りたくて仕方がないらしい。


「あの、この子がやっと咲いたので、ええと、わたくしが温室でずっと管理してきたお花なのですが、可愛らしく咲いたので是非見ていただきたくて、その……」


 言い訳のように口ごもりながら言葉を重ねるロザムンドが、小さくくしゃみをする。

 その様子に、ファルファラは心からの笑みを浮かべ、扉を大きく開いてロザムンドを招いた。


「廊下は冷えます。主を呼んで参りますので、どうぞお茶でもお召し上がりになりながらお待ちください」


 近づいて来たシーターに軽く頷いて、ファルファラは部屋の奥に下がる。

 シーターは緊張した様子のロザムンドに視線を合わせると、微笑む。

 ちょうどミランダに休息を促そうとお茶の支度をしていたところに訪れた来客に、追加の茶菓子として用意してあったマカロンを出すことに決めた。


「ロザムンド様は、マカロンはお好きですか?」


 外された外套を受け取りながら問うシーターに、ロザムンドの表情が輝く。

 事前情報が正しくて良かったと、変わらぬ笑みを浮かべながらシーターはヴァネッサの情報力に感謝した。

 薬学と草木学に精通したジュノー、情報収集に長けたヴァネッサ、護衛業務に長けたシーター。全てを統括できる技能と知識を持ち、自身が貴婦人としても動けるファルファラ。

 ミランダという花を守る蝶たちは今日も主が大切で大好きだ。

 だからシーターもまた、ロザムンドに好意的な笑みを浮かべた。

 主を気遣ってくれる有力者は好きだ。

 ロザムンドはその容姿の愛らしさも主と並べればより一層目の保養でもあるが、それ以前に実家は侯爵家で薬草学に精通する名門だ。

 王家の侍医も排出する家系であり、表面上は確たる後ろ盾がないことになっている主を守る盾になりうる人物だ。

 絶対に繋ぎを作り、可能であれば友人となって欲しいと思っている有力候補だった。

 同年代で、同じ場所に立てる同性。

 理想的で、是非とも味方に引き込みたい相手。

 その相手から主に興味を示し、接近してきてくれる僥倖にシーターは心底喜んでいた。


「ちなみにあの有名店“踊る馬車”の名物として扱われているあのマカロンです」


「お姉さま方もなかなか手に入らないと仰っていたあの!」


 ロザムンドの目が、より一層輝く。

 もちろん、好みは調査済みだ。

 ロザムンドを一本釣りするための仕込みも万全。行動調査にも抜かりはない。

 シーターは心の中で、会心の笑みを浮かべた。

 恐らくこれも、侍女としての正しい在り方なのだろう。

 何かちょっと方向性を間違えているような気がしないでもないが、情報戦は基本だ。

 主がおっとりぼんやりしている分、幼いと侮られる分、それを埋めるのもまた侍女としての務めだと、ミランダの“蝶たち”は考えている。

 能力が正しく評価される職場環境、そして可愛らしく仕えがいのある今の主に満足しているシーターは、今日も少しだけずれた過保護っぷりに磨きを掛けながら職務に勤しんでいる。

 今日も辺てこともなし、だ。


「いただいてもよろしいのですか?」


 そう言いながら、ロザムンドの視線は既にマカロンに釘付けだ。

 相当好きなのだろう。全身で喜びを表現する姿に、シーターも色々な打算を少しだけ忘れて、何だか嬉しくなった。


「どうぞお召し上がりください。そちらの分は全てロザムンド様が召し上がられても差し支えございませんので、どうぞお好きなだけ」


 子供の目の前に好物を山盛りにして、好きなだけ食べていいよというのは、もちろん禁じ手だ。

 文字通り、甘い誘惑である。

 それでも、ロザムンドはどれから食べようか品定めをしつつも、マカロンから視線を外してシーターに笑みを向ける。

 ロザムンドもそれなりの教育を受けた家の子女だということだろう。

 目の前に好物が出されたからといって、突然飲み食いし始めるのは礼儀に反する。

 そもそもはロザムンドから、相手の都合も聞かずに突然押し掛けたのだ。


「せっかくのお心遣いですが、ミランダ様がいらしてからいただきます」


 好物に未練を残しつつ、ロザムンドは紅茶色の巻き毛を揺らして小さく頭を振ると、若草色の目を細めて柔らかく微笑んだ。


「それに、美味しいものはどなたかと一緒の方がもっと美味しいですから」


 ロザムンドの言葉に、シーターは自然と笑みを浮かべ、深々と礼を取った。


「かしこまりました。少し、主の様子を見て参ります」


「はい。このお部屋はとても暖かいので、わたくしのことはどうぞお気になさらないでください」


 ふんわりと微笑むロザムンドに、シーターは笑みを浮かべ、もう一度礼を取った。

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