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降り注ぐ言の葉の花は束ね得ぬ想いに似て  作者: 深海聡
第2章 光ある場所へ

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サンビタリアをあなたに

 エオルは部屋の前をうろうろと忙しなく歩き回り、珍しく落ち着かない様子で手にした鉢植えをしきりに覗き込んでいた。

 バスケットのように平たい鉢に植えられた小ぶりな花の持つ意味を、心の中で繰り返す。

 ミランダの身辺を整え終えたというメルカルトの言葉を受けて、スラーイイにとうとう旅立つことになったエオルが、ミランダの手元に何かしら残していきたいと慌てて手配した花。

 その花を抱えて来たものの、先触れを出し忘れたお陰で部屋の主は不在だと侍女に言われ、勝手に部屋に入ることを躊躇して待ちぼうけている。

 何とも間抜けな状況に、益々焦る。

 二重にも三重にも後悔しながらソワソワとミランダを待ち続けるエオルの様子を、通りがかった愛し子たちが微笑ましそうに見守る。

 この半月ほどの間に、ミランダとエオルの噂はすっかり冬の館に行き渡り、周囲は幼い恋人たち、というよりも、半ば無自覚なミランダと、彼女の気を引こうと甲斐甲斐しく尽くすエオルの姿はすっかり風物詩となってしまっていた。

 ほぼ公認で温かく見守られている状態だということを、当人たちだけが知らない。


「エオル様、ミランダは先ほどファルファラを連れて雪花を摘んでいるのを見掛けたわ。ほどなく戻るはずですわ」


「ええ。ファルファラと、新しく入ったシーターだったかしら。2人を連れて、籠にひと抱えぐらい摘んでいたわね。気合が入っているというよりは、物思いに沈んでいるように見えたわ」


「そうね。元々可愛らしいミランダが雪花を手に憂いに沈む様子は、あと数年もすれば一幅の絵画にする価値のある光景だったわね」


 愛し子たちは口々に、小鳥の囀りのように知っていることを口にすると、意味ありげに微笑む。

 そこに宮廷の大人たちのような悪意や厭らしさはないが、隠しきれない好奇心が多分に含まれていて、エオルは何とか笑顔を保ったまま、思わず半歩ほど退いた。

 こういう時の、女性の圧力と熱意というものは半端ないと相場が決まっているのだ。

 恐らく期待されているということは、エオルにも分かった。

 しかし、何を求められているのかが良く分からない。


「おっと」


 トン、と背後から歩み寄ってきた人にぶつかり、エオルは眉を下げて振り向く。


「時間を見計らって来たつもりだったのですが、どうやら想定外が起きたようですね。出直しましょうか?」


「師父~」


 柔らかな笑みを保ったまま、状況を見極めて穏便に去ろうと――好物(コイバナ)を前にした女子たちから逃亡を図ろうとしたメルカルトの袖を、エオルはハッシと掴む。

 せっかく到来した救いの光明を、手放すまいと袖を握り込むエオルを、メルカルトは笑みを消した真顔で凝視した。

 その顔には、「こういうのは苦手だ」と、書いてあるようで、傍から見ている人物がいれば、無言の攻防は間違いなく笑いを禁じ得ないちょっとした寸劇だった。


「アハサ、サフィラに代わって入室を許可する」


 結果的に、鹿爪らしい表情で、メルカルトは室内に入るという逃亡手段を選んだ。

 エオルについでのように入室の許可を出したのは、照れ隠しなのか共犯者を求めてなのか、どうにも判断に困るあたりだ。


「あの、ありがとうございました」


 おずおずと、若干逃げ腰で礼を言うエオルに、愛し子たちはおっとりと微笑む。

 慣れない状況に困惑しつつ、礼儀正しいエオルにどうやら好感度は高いようだ。


「「うふふ、頑張ってね」」


 綺麗にそろった激励をもらい、何とか這う這うの体でミランダの私室内に入る。

 応接用の長椅子にすでにくつろいだ様子で座っているメルカルトに、エオルは思わず半眼になった。


「師父、わざとですよね?」


「さて。何のことだろう?……ああ、ありがとう」


 エオルの追及をサラッと空とぼけて躱し、軽く礼を言って出されたお茶に悠然と口をつけるメルカルトに、エオルも小さく息を吐いて追及をあきらめる。

 手近にいた侍女――ジュノーに持ってきた鉢植えを預け、メルカルトよりも扉に近い位置にあるスツールに腰掛ける。

 ジュノーは受け取った鉢植えの手入れをするために、控えていたもうひとりの侍女、ヴァネッサに後を託して奥に下がっていった。

 それを見送るともなしに見送り、エオルは部屋全体を見渡しながら物思いに沈む。

 さしずめメルカルトは、少しばかり挙動不審で、最愛の娘に不本意ながら引っ付いていることを認めざるを得なかった虫であるエオルの様子を監視にでも来たのだろう。

 良識ある大人として、無事に花を渡せる時間ぐらいは計算して来たのだろうが、ミランダの想定外の行動のお陰で完全に予定が狂ったといったところだろうか。

 保護者同伴の逢瀬というのは、有りなのだろうか。

 無しだと言ってほしいし、メルカルト自身、無しだと思うからこそ、時間をずらしてきたのだろうと思う。

 それでも、相当大人げない行動だと思う。

 暫くの間、下手をすると年単位で会うことが困難になるのだ。

 ゆっくり語らう時間ぐらいくれても良いのではないかと、少し不満に思う。

 エオルは自身も手早く出されたお茶に礼を言って口をつけながら、ため息を飲み込んで考えを巡らせる。

 うろうろと視線を彷徨わせながら考え込むエオルを眺めながら、お茶の香りを楽しんでいたメルカルトが口を開こうとした瞬間、静かに、控えめに扉が開く。

 大人の拳ぐらいの隙間から、遠慮がちにミランダが中を覗き込む。

 ぴょこんと、小動物のような動きに室内の全員が息を飲んだ。

 ウルウルと、うるんだ瞳が上目遣いにひとりひとりを見回す。


「ええと…その……お待たせしてしまって、ごめんなさい」


 そのまま、そろそろと入って来るミランダに、扉が開いた瞬間に腰を浮かせたエオルが、そのまま自然な動きでミランダの手を取る。


「気が急いて、約束もせずに来てしまった私が悪いのだから気にしないで」


 常よりも早口に、勢い込んで言うエオルに、思わず腰を浮かせかけたメルカルトが深々と座り直して空のはずのカップを意味もなく傾ける。

 カップがソーサーに戻されたのを見計らって、素早くヴァネッサがお茶を注ぐ。

 そのカップを手にしたメルカルトが、グッとお茶を飲み干したのに、お茶を注いだヴァネッサが顔色を変えた。

 一気に飲み干すには少々熱いはずのお茶を飲み干したメルカルトの動揺を、さりげなく視線を逸らして、ヴァネッサは見なかったことにした。

 奥から主たちを出迎えるために寄ってきて一部始終を目撃したジュノーにも視線を送り、かすかに頷き交わす。

 ミランダの後ろからちょうど室内に足を踏み入れたファルファラとシーターも、一瞬目を見張り、すぐに何もなかったかのような表情を取り繕う。

 時には、見て見ぬふりをする方が、気遣うよりも親切だということがあると、彼女たちは良く分かっていた。


「では、私はそろそろ失礼するよ。また改めて出直してくるから」


「あ、はい。父さま」


 何事もなかったかのような笑みを浮かべて、ミランダに歩み寄りその頭を軽く撫でるメルカルトを、エオルがじっと見上げる。

 その視線を涼しげな表情で受け止めて、メルカルトは軽く唇の端を引き上げて笑みを浮かべた。

 少しばかり底意地の悪そうな表情に、エオルは頬を引きつらせる。


「アハサ、きちんとするんだよ。後で訊かせてもらうからね」


 しっかりと刺された釘は、ミランダを不安にさせぬように説明をしておけという意味なのか、応援してやるのだから心を捉えておけという意味なのか、それとも牽制なのか、判断に迷う。

 何にせよ、時間をもらったのは確かなのだから、エオルが取る行動はひとつだけだけれど。

 小さな音を立てて扉が閉まったのを見遣って、エオルは改めてミランダに視線を戻すと、取ったままの手を握り、目を細めた。


「リラ、あなたに花を贈るよ。切り花ではなく、鉢植えの花を、あなたに贈るよ。花言葉は、私が帰った後で訊いてみて」


 ごく近い距離で、エオルはじっとミランダを見つめる。

 その視線と距離感に、ミランダの頬にもほんのりと赤みが差した。

 その様子を満足げに見て、エオルはメルカルトが座っていたのとは別の長椅子にミランダを座らせて、その横に自分自身も腰を下ろす。


「ねぇ、リラ。離れていても、私は朝に夕に、あなたを想うよ。こうして、触れたいと思うよ」


 握ったままの手のひらに、唇を押し当てたエオルが上目遣いにミランダの様子を窺う。

 鈍いミランダにも、流石にその意味は伝わり。

 真っ赤になったミランダが抱き着いて来たのを、悠然と受け止めて、エオルは満足げな笑みを浮かべた。


「夢に、見そう、です」


 小さな声で消え入りそうに呟くのを、エオルは笑みを深めて聞き入る。


「うん。そうしたら、私を、見つめて」


 深い深い暗赤色の瞳を、ミランダは覗き込む。

 満足そうに細められた瞳は温かな色をしていて、その色をミランダは忘れないようにじっと見入る。


「私も、あなたを見ているから」


 背をさすっていた手が、名残惜し気にするりと背をひと撫でして、離れていく。

 その手を目で追って、ミランダは、立ち上がったエオルを見上げた。


「帰って来るから。あなたの所へ、出来るだけ早く、迎えに来るから。だから、私のリラ。待っていて」


 温かな色の瞳を、その手の温もりと、声を、忘れないように。

 ミランダは、もう一度その背に、ギュッと抱き着いた。




 エオルが帰った後、託された鉢植えの花を見たミランダは、その鉢植えの花に思わず言葉を失い。

 その花言葉を聞いて、声にならない叫びを上げながら布団に包まっていたという。

 その全く淑女らしさの欠片もない様子に、侍女たちはそっと寝室の扉を閉めたという。

 贈られた花は、オレンジと黄色の可憐な花で、中心の茶色の丸い部分は、まるで見る者をじっと見上げて来る瞳のようだった。


「エオル様」


 じっと見つめる瞳の記憶は、そうしてしばらくの間ミランダから離れず、その様子に侍女たちはひそかにエオルを称賛したという。

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