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降り注ぐ言の葉の花は束ね得ぬ想いに似て  作者: 深海聡
第1章 光の芽吹き

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閑話 東雲草の蔓に思う

「あーあ。やっぱりね〜」


 何もなければその日に引き払うはずだった相部屋の、簡素な机の上の几帳面な文字が優美に流れている紙に、ヴィオレッタは息を吐いた。

 長い期間相部屋の片割れとして、家族よりも気心の知れた相棒として生活してきたから、十分予想していた。

 一見おっとりして見える相棒の、隠した本質。


「知ってたよ。悲しんでいたんじゃないって」


 じっと待っていられる性格じゃないと、知っていた。

 安全な場所で静かに待つぐらいなら、真っ先に死地に駆けつける。

 初めて相部屋に入る相手として紹介された日の、穏やかで静かな雰囲気に辺境の騎士爵とはいえ平民の田舎娘とは違うものだと、雲の上のお嬢様だと感じたことがひどく懐かしい。

 実際に話してみると、そんな印象はあっという間に消えてしまったけれど。

 大切なものを守るために、時に自分自身にさえ嘘をつくのは大事なことだと笑った顔の、何の感情も映さない闇のような瞳にゾクリと背筋が震えた。

 大切な人の背中を守れるなら本望だよと、何でもないことのように笑った笑顔があまりにも晴れやかで、いつかこういう日が来たら止めることなど出来ないのだろうと、何の覚悟もないヴィオレッタはただ立ち尽くすしかなかった。

 あまりにも無力で、何も出来ない自分はいつだって置いていかれないように必死だった。

 どれほど言葉を重ねても説得を出来る気などしなかったから、もしもファルファラが飛び出していってしまったなら、その時は何を置いてもその背中を支えようと心に決めた。

 どうせ見送ることしかできないのだ。

 どう頑張っても、その背を追い掛けてすぐ側で役立つような存在になど、なれないとヴィオレッタには分かっている。

 並外れた武力もなく、知力もなく、術者としての腕もごく平凡でしかない。

 他の人と違うのは、ファルファラの思いの強さをすぐ側で見、その背を支えたいという思いの強さだけだ。


「私に出来ることは、あなたが望みを遂げた上で、ちゃんと帰って来られるようにちょっぴり後押しするぐらいね」


 あまりにも細く、力のない頼りない手をじっと見つめる。

 この手で掴めるものが限られていることなど、今に始まったことじゃない。

 それでも、掴めるだけのものを掴みたいと望むことの、何が悪いというのだろう。

 そんな遠慮なんて、ヴィオレッタは知らない。


「ヴィオレッタ姉様、ミランダです。入ってもよろしいですか?」


 軽いノックの後に、可愛い妹の気遣わしげな声がする。

 願ってもない来訪者に、ヴィオレッタは笑みを浮かべた。

 きっと、ファルファラの翼となれるのはこの妹だけだから。


「どうぞ入ってー」


「失礼します。あの、ファル姉様は……?」


 おずおずと入って来たミランダが、部屋の中をきょろきょろと見回して首を傾げる。

 見上げて来る汚れのない瞳に、ほんの少しの罪悪感が胸を刺す。

 力のない自分の代わりに、年端も行かない子どもを戦場に行かせようとしている私は、誰にも言い訳のしようがない悪人かもしれない。

 それでも、私はそれが罪だとしても、構わない。


「うん。行っちゃったわ」


「え、どこへ?」


「運命の下へ、かな?」


 私は、笑えているだろうか。

 不自然じゃなく、いつもと変わらないように笑えているだろうか。

 笑え笑えと、ヴィオレッタは心の中で自分自身を叱咤した。


「……そう。行ってしまったのね」


 不意に香ったふわりとした花の香と共に、柔らかな声が吐息のようにこぼれ落ちて空気を揺らす。

 ほんのささやきほどの声が、圧倒的な存在感で場に波紋をもたらす。

 マノリア様の顔からいつも浮かべられている柔らかな笑みが消され、感情をうかがわせない無表情の中で、目が問い掛けて来る。

 押し込めたはずの罪悪感が、あふれる。

 思い掛けない方の来訪に、必死に模った笑顔の仮面が剥がれ落ちる。


「……マノリア様。私は、私はっ!」


 罪を暴かれた罪人のような気分で、思わず唾を飲んだ。

 全てを見透かされたと思った。

 常にない厳しい視線に、足が震える。

 それでも、気合だけで踏み留まる。

 引けない。

 浄化と祝福を重ね掛け出来るだけの力がある術者が派遣出来なければ、この戦いは恐ろしい程生存率が下がると皆分かっている。


「マノリア様。わたし、エオル様のところへ行きたいのです」


 ポツリと落ちた呟きのような言葉に、マノリア様がわずかに視線を揺らす。

 視線の先で、スカートを握り締めながら懸命に言葉を重ねるミランダの手元に、スカートに、靴に、大粒の涙が弾けて落ちる。


「どんどん離れていくのに、分かるんです。呼ばれているって。……だけど同じぐらい強く、来るなっていうのも伝わって来るんです。わたし、行かなければいけないって思うのです。きっと、すごく、後悔すると思うんです」


 ああ、そうか。

 追い掛けずにはいられないってこういうことなんだって、私は全てがストンと腑に落ちた気がした。

 引き離されても手を伸ばして、闇雲でも、手探りでも、必死に探して、求めて。

 青空に向かって、伸びる蔓草のように。

 いつだっただろう。手掛かりを探して伸びる蔓は、まるで大切なものを必死に掴み取ろうとしているようだと思ったのは。

 支柱にしっかりと蔓が絡んだ様子に思わず安堵してしまって、いつの間にか手を握り締めて力一杯応援していた自分自身に気付いて人知れず悶絶したこともあった。

 だけど、それの何が悪いのだろう。

 引き離され、切り離されていくことを諦めて受け入れなければならないと、誰が決めたのか。

 しっかりと顔を上げ、求める光に向かって手を伸ばすその背を、ほんの一押しだけ後押し出来たら良い。


「マノリア様。どうか……どうか、私からもお願い申し上げます」


 じっと見定める静かな目を、逸らすことなく見つめ返す。


「誓約を交わした者同士を、無理に引き離してはならないでしょうね。……あなたの身の安全を最優先すると約束出来るのならば、むしろ請願しなければならないのは、わたくしの方でしょう」


 ひたむきな幼い瞳を覗き込むマノリア様の目にはただ、その身を案じる温かな光が揺れていて、胸が熱くなる。


「行ってくれますか? ファルファラの翼となりに。そして、厳しい戦いに身を投じる者たちの光となるために」


「はい。必ずファル姉さまと一緒に、無事に帰って参ります」


 許可が下りたことに、目を輝かせて満面の笑みを浮かべるミランダに私は思わず目を細める。

 その輝くような姿に、朝露を抱いて咲く、真っ青な花の面影が重なって見えた。

ヴィオレッタ視点です。

時系列的に、直前のファルファラの話の直前ぐらいです。

なんでミランダが来ちゃったのかっていう説明回です。本編が進まなくて申し訳ありません。


ちなみにヴィオレッタの性格が本編の中と違って見えるのは、私の間違いではありません。。。

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