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降り注ぐ言の葉の花は束ね得ぬ想いに似て  作者: 深海聡
第1章 光の芽吹き

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閑話 羽衣草を供に加えて

 涙は女の武器とよく言われるけれど、それで何かが解決したことなど、今までの私の人生で一度だってなかった。




 10歳の時、一番上の姉が死んだ。

 元々体が弱い人だったから、冬の間は外出などしない人だったのに、酷い吹雪の中山深くにある祈りの洞窟で冷たくなっていたのを食糧を求めて禁足地に分け入った村人が見つけたと、ようやく覗いた晴れ間の光に照らされながら聞いた。

 父の腕に抱えられた姉は、白蠟のように白かった。

 我が家の家系の象徴のような黒髪は霜が降りたような白になっており、汚れが目立たないようにくすんだ色ばかり着ていた姉の衣は、降ったばかりの雪の白をしていた。

 そして、雪に押しつぶされそうな降り具合は、姉の死を境に穏やかな晴天に変わった。


「泣くな。お前たちの姉は己の務めを果たし、大いなる輪の中に還ったのだ」


 冷たくなった姉を抱く父の腕が小刻みに震えていたのを、鮮明に覚えている。

 冬の空気の冷たい、刺すような匂いも。

 父の言葉に、スカートを握り締めていた2番目の姉がスッと顔を上げた。


「お役目の無事の成就、お祝い申し上げます。これで、村人たちも救われますでしょう」


 微笑んだ姉の頬を伝うひと筋の涙と、浮かべられた微笑み。スカートの黒。


「時が来れば、私もお役目を果たしましょう。この身に流れる、血に賭けて」


 2年後、ある酷い飢饉の冬に、私は姉の言葉の意味を知った。

 2番目の姉は、1番上の姉と同じように父に抱えられていた。

 その姿は、白蠟のように白かった。

 3番目の姉は、喪服に身を包み震えていた。

 私は、父が言葉を発する前に口を開いた。


「父上、来年の冬、寒波が来たなら私とユリア姉上様の2人で、祈りの洞窟に上がろうと思います」


「そなた」


「ユリア姉上様は、再来春には嫁がれるのですから」


 私は微笑んで、自分の髪に触れた。


「相応しくあるように、この髪は伸ばさなければなりませんね」


 涙は流さなかった。


「すまぬ」


「いいえ、この身は領主の娘なれば、私の全ては、この地のために」


 私は、辺境を生きる騎士として育てられた。

 だから、誇り高く、そして泥臭く生き抜くことしか、知らない。

 そして私は、私たちは、春を迎えた。

 春を迎えて、ユリア姉様は美しい花嫁になった。

 私たち姉妹の中で、唯一人、愛する人の子をその腕に抱いた。

 私たちの生きる大地のために、姉は希望を繋いだ。

 私たちは、死ぬために生きるのではなく、ただ明日のために生きていく。

 私は、愛する人たちが誰も理不尽に命を奪われないよう、ずっと祈り続けることを誓った。





「で、あなたがなぜいるのかしら?」


「えー。そういう反応ですか?」


「遊びに行くんじゃないのよ?なんで来てしまったの?」


 焚火の前に座った私の前に、のほほんとした笑顔でちょこんと座る()に思わずカッとなる。


「わかっています。だから来たんです。ファル姉様には、ずっと笑っていて欲しいから」


 強い口調で問いただした私に、ミランダは、儚げに微笑んだ。

 息を吸い込んだ私は、言葉を継げなくなってため息をつく。

 この子は、こちらの想定を軽々と越えて来る。


「もう、家族を失うのは嫌なんです。……わたしは、ファル姉様の妹ですから」


 スン、と小さく鼻をすすって、ミランダは歯を見せて笑った。

 誰に似たのかしらと、頭痛を感じる。人のことを言えたものでもないけれど。


「みんな、心配してますよ。だから、一緒にちゃんと帰りましょう。全部、終わらせて」


 ああ、帰ろうと言わないのかと、肩から少しだけ力が抜ける。

 そして初めて、自分が何を一番恐れていたのかを知る。

 やっぱり私は未熟だ。未熟で、本当はとても臆病だ。

 だから、泣いたりしない。

 しっかりと背筋を伸ばし、自分の弱ささえも笑ってやろう。

 この背中を押してくれる、大切な家族のために。

 さぁ、と差し出される小さな手を取る。

 これじゃあどちらがお供かわからないけれど。


「それも悪くないかもしれないわね」


 そう呟いて、私は笑った。


「待つだけなんて、性に合わないの。道はこの手で、切り拓いてみせると誓ったから」


 たとえこの身が、風に弄ばれる儚い蝶にすぎないとしても。

 私は、冬を越えて春に舞うことを夢見る。


「わたしは、ファル姉様を運ぶ翼。そして、騎士様のための薬箱」


「真っ白な小さなお花さん。私に力を」


 純白の衣を纏って、両手を広げてくるくると回るミランダの足元で、小さな白い花が揺れる。


「ねぇ、ファル姉様。花嫁装束のファル姉様もそれはそれは綺麗でしたけど、今の騎士姿のファル姉様も凛々しくて、わたしの目には眩しいぐらい輝いてます」


 そう言うけれど。

 ミランダはいつだって、泣きたくなるくらい透明で綺麗な輝きを纏っているのだ。

 そこにいるだけで、希望そのもののような。

 その力を背にしたら、きっと私だって戦い抜けると信じられるような。


「守り抜いてみせる」


 私が騎士だと言うのなら。

 皆が託してくれた希望を、今度も、必ず。

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