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霞草は安らぎの風に揺れる

 エオルは自分の服を用意されていた部屋着にするすると着替えて、設えてあった衝立から顔を出し、アクセサリーを外すのに四苦八苦しているミランダを見つけて目を丸くした。

 少し考え込んでから、諦めた様子でため息をつく。

 どうやら必然的にミランダの着替えを手伝わなければならないらしい。

 子供同士だから、という理由にしては扱いが少々雑なような気がするのは気のせいだろうかと考えて、エオルは明日からの予定を思い出した。

 時間がなくて詳しいことは結局聞けず仕舞いだが、明日からミランダとエオルは離れて暮らすことになるのではないだろうか。それも恐らくは、年単位で。

 だからこその配慮なのだろう。

 実際問題、困ったことは何も起こりようがない状況ではある。

 再度ため息をついて、エオルは意識して笑みを浮かべると意を決してミランダに声を掛ける。


「着替え、終わった?」


「いえ、後ろのボタンが外せなくて。手伝っていただけますか?」


「うん、良いよ」


 ラリクスの口調を真似て、出来るだけ親しみやすそうな話し方を意識しながら、背を向けたミランダのドレスの隠しボタンを外していく。

 妹の着替えを手伝った時の状況を思い浮かべながら、出来るだけ無心になって手を動かす。

 心臓の音が聞こえそうなほど緊張している自分に心の中で気合を入れながら、無事にボタンを外し終わって息を吐く。


「お疲れですか?」


 首を傾げるミランダの汗ばんだ白い肌に青みがかった黒髪がわずかに張り付いているのを外してやりながら、触れた感触に自分だけがドキドキしていることに何となく理不尽を感じて少し難しい表情になったエオルを、不意に振り向いたミランダが目を丸くして見上げて来る。

 その視線に、エオルは頰が熱くなるのを感じた。

 自分の葛藤を知って欲しいのか知って欲しくないのか、感情を持て余してミランダの視線から逃れるように目を逸らす。


「別に。なんで?」


 思った以上にぶっきらぼうになってしまった言葉に、ハッとしてミランダの表情を伺うと、案の定何を思ったのか眉を下げて困ったような悲しいような複雑な表情を浮かべるミランダに、エオルは慌ててミランダの手を取った。


「ええと、誤解しないで。何を、何から話せばいいか、そう、話すことを考えていただけだから。うん、それだけだから、ね?」


 言い繕いながら、意味の分からない言い訳にエオルは内心頭を抱えながらじっとミランダの反応を伺う。

 エオルの視線に、意味を掴みかねているのかきょとんとした様子でパチパチと目を瞬き、ミランダは小さく頷く。

 その様子にホッと息を吐いて、エオルはいつの間にか自分がミランダの手を握っていることに気づき、サッと手を離す。


「あとは、自分で出来るよね? 私はあちらのソファで待っているから」


 誤魔化すように笑みを浮かべ直して、引き留められる前にするりと衝立から出る。


「ありがとうございました、エオル様」


 はにかむような笑みを浮かべているであろうミランダを思って、エオルはその表情を見逃したことを半ば本気で残念に思いながら、想像上の笑顔にさえときめく自分自身を持て余しつつ、ソファへと身を沈める。


「メルカルト……あれは罪だよ、だって無意識なんですよ、あれで欠片も意識されていないとか、本当に罪作りだ」


 全身を覆う表現し難い疲労感に、思わず顔を覆う。

 確かに、疲れているようだ。

 それも、主に浮かれ過ぎで。

 恋というものは、本当に人を馬鹿にするらしい。

 ふと我に返ると、自分自身のやっていることの馬鹿さ加減にいたたまれなくなる。


「貴方の娘は、可憐で純粋で、まるで穢れを知らない。知らないどころか、私だけが意識しているとか……かわいいんだ。どうしよう。かわいいんだよ、ああもう!」


 途中から内容があらぬ方向に逸れた独り言を口の中で転がしていると、軽い足音がしてすぐ隣にミランダが座る。

 ふわりと香るのは微かな花と果実の香り。


「お待たせしました」


 タオル地で作られたふわふわのサンドレスを着たミランダに、エオルは貝のようにぴたりと口をつぐむ。

 何か喋れば、意味を成さない何かを発しそうで、何も言えなくなる。

 ウロウロと視線を彷徨わせ、期待に満ちた眼差しに必死に頭の中で言葉を探す。


「……似合っているよ、とても」


「とっても肌触りがいいんです。エオル様も触ってみてください」


 何気ない仕草で身を寄せて来るミランダに、エオルは心の中で盛大に悲鳴を上げた。

 感想を求めるキラキラした目に、ため息をつきたくなるのをグッと耐える。

 遠慮がちに肩の辺りのフリルをそっと撫でて、その手触りにエオルも感嘆する。


「本当にふわふわだね。紡ぐ前の綿花のよりも柔らかで軽い感触がする」


 楽しそうに笑うエオルに、ミランダが不意に立ち上がってその手を引く。


「一曲お相手願います」


「それは、私が言う台詞だよ」


「わたしが誘ったらだめですか?」


 ミランダの手を取って、エオルはうっとりと目を細める。


「最初から断るなんて有り得ないから、どちらでも一緒だよね」


 夜風のそよぐ流れに乗り、適当なステップを踏み、くるくると回る。

 それは不思議な踊り。

 足の運びが力を集め、振り撒き、舞う髪が、服の裾が、精霊を踊りへと誘う。

 色とりどりの光の粒が舞い上がり、ミランダとエオルを取り巻いて舞い踊る。

 夢のような光景の中で、手に手を取り合って心のままに踊る。

 ミランダは安らいだ風に包まれて、儚い花のように揺れて揺らめいて、くるくると舞う。

 光の粒がキラキラと生れて渦巻いて眩しいほど零れ落ちる。

 それが不意に、泡が弾けるように弾けて消える。

 ハッと我に返ったエオルは、ミランダに微笑み掛けて口を開く。


「この先何年経っても、私はこの夢のような夜を忘れないよ」


「2人でいれば、何度だって出来ますよ」


 ミランダの背に手を回して、エオルはミランダの額に自分の額をつけ、笑う。


「本当だね。一緒にいれば、きっと何だって出来るね」


 ふわふわの部屋着を着たミランダは霞草の花を纏っているようで。

 エオルはそっと、その柔らかな花を腕の中に抱きしめて顔を埋めた。

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