カモミールティーを食後に 後編
お待たせして申し訳ありませんでした。
やっと夕食会は解散です。
いつかメインの料理も書きたいな〜。
「わぁ、可愛い!」
ミランダは目の前に置かれたデザートプレートに、目を輝かせる。
色とりどりのプチケーキを、黄金色の飴細工が川のように煌めいて結ぶ様子は空の宝石が皿の上にこぼれ落ちてきたかのようだ。
食べられる芸術。
この国の菓子を、人々はそう呼ぶ。
果実、ハーブ、スパイス、小麦、砂糖、乳製品、海産物に至るまであらゆる食材を使って作り出される菓子は、彩り、味、香り、食感、その効能に至るまで研究され尽くされている。
料理もさることながら、精霊は殊の外甘味を好む。それも、天然の滋味を損なわず、尚且つ華やかで目新しいものを好む。だからなのか、術師たちも例外なく皆甘党だ。
皮はパリッと身はジューシーな白身魚のグリルも素晴らしかったが、その後の子羊のパイ包み焼も絶品だった。それでも、この圧巻のデザートプレートの前にはおまけ感が否めない。
この国には精霊の国に相応しい豊かな自然と、その自然がもたらす豊かな実りがある。
長い太平の世と、人々と精霊の食欲がこの国の食文化を作り上げた。
「皿の左上の方に立ててある黄緑色の丸いものがピスタチオとラズベリーのマカロンキャラメルクリーム添え、その隣の丸い黄色のはマンゴーとココナッツのムース、その隣の茶色っぽい四角いのが、アーモンドとペカンナッツのココアケーキ、ブルーベリーのプチタルト、右端のチョコレートは、中に蜜煮のドライベリーが入っているそうです」
「それを全て繋ぐように掛かっているのが飴細工の川だな。今回のデザートのお題は天上の川だそうだ。お気に召されたかな?」
ラリクスの説明もソスランの問い掛けも耳に入らない様子でひたすら目を輝かせてデザートに見入っているミランダに、ふ、と誰からともなく笑みを漏らす。
どれから食べようか、でも食べるのも勿体無いようなと、明らかに目移りして悩んでいる様子のミランダに、エオルが自分の皿の上のマカロンを摘み上げると、その口に軽く押し当てる。
「んっ」
反射的に口を開けたミランダの口の中にすかさずマカロンを押し込んで、エオルは幸せそうに微笑んだ。
「美味しい?」
口いっぱいにマカロンを頬張って、その味わいに喜びと幸福感を全力で表現しながら一生懸命食べているミランダに、エオルの行動に固まりかけた空気が弛む。
可愛い。餌付けされてるミランダ、最高。
その場にいた誰もが、エオルの行動を称賛した瞬間だった。
「ココアケーキ、もらってもいい?」
「どうぞ」
「ありがとう」
「「えっ」」
当然のようにサラッとミランダの皿からココアケーキを持ち去るエオルの早業に、ソスランとラリクスの声がハモる。
『作法は気にしなくてもいいんですよね?』
「いや、疑問点はそこじゃない」
「そうです。エオル殿はなぜ愛し子殿の好みを把握しているんですか? 以前からのお知り合いとは伺っていないのですが」
ナッツがたっぷり入ったココアケーキをパクッと食べて、不思議そうに首を傾げるエオルに2人が息の合った様子で疑問をぶつける。
2人の言葉に、エオルはああ、と納得した様子で頷いた。
「彼女の目線と表情ですよ」
「まさか」
「愛し子殿が迷っていた、あの間か!」
何でもないことのようにさらっとエオルが口にした内容に、ソスランとラリクスは内心舌を巻く。
「いや、確かに分かりやすい子だと思うよ? 色々と表情に出やすいしね 」
『ええ。私は彼女のことは何でも知りたいし、私のことも何でも知ってほしい。そう思っていますから』
ニコニコと無邪気な笑みを浮かべるエオルに、王子とその側近は戦慄した。
笑顔に似つかわしくない圧力が、ミランダだけを避けてというか、ソスランとラリクスにピンポイントでビシバシ飛んで来る。
しかも、丁寧にラリクスには若干痺れるぐらいの絶妙な力加減で圧が掛かって来る。
「エオル様」
そこで、小首を傾げて2人の様子を見ていたミランダが制止の声を上げる。
呼ばれて顔を向けたエオルの口に、ミランダは摘んだチョコレートを押し込む。
「んむっ」
「やり過ぎです。これでも食べて大人しくしていてください」
近所の悪童に飴玉を与えるような感覚で押し込まれたらしいチョコレートに、エオルは目を丸くしてミランダの顔を見つめる。
「はっ、ははっ」
自分の表情を誤魔化すように前髪をクシャクシャと乱して、エオルは込み上げてきた笑いをチョコレートと一緒に噛み締めた。
掛けられていた圧が消えて息を吐くソスランとラリクスも、肩をすくめてどちらからともなく笑い出す。
「これ以上俺たちが邪魔をするのも無粋というものだろう。デザートと飲み物は改めて居室に運ばせよう」
「ひとまず顔合わせも出来ましたし、また改めてこういう機会は設けた方がよろしいようですね」
年長組はこれ以上の対話をスッパリと諦めて、エオルとミランダに退出を促す。
「殿下。恐れながら、ひとつだけわがままを申し上げてもよろしいですか?」
「何かな、愛し子殿」
エオルに促されて立ち上がったミランダは、ソスランを見上げて微笑む。
「食後のお茶は、カモミールティーをいただけますでしょうか」
「そんなことで良いのか? 手配しよう」
ソスランの視線を受けた給仕が、静かに一礼して退出していく。
それを見送るともなしに見送るミランダの手を、エオルが焦れたように引く。
年齢相応の子どもらしいその仕草に、周囲の者たちに温かな笑みが浮かぶ。
「もてなし感謝する。話しは、またいずれ」
「ああ。時間はたっぷりある。気長に待つさ」
振り向いたエオルが早口で告げると、ソスランは鷹揚に頷く。
その様子に、エオルがホッと肩の力を抜く。
「居室の周りは人払いがしてある。ゆるりと語らわれるが良いだろう。夜の庭園も美しい。今宵は月が殊の外美しいそうだ」
楽しそうに散策を勧めてくるソスランに、エオルはひとつ頷いて踵を返す。
「殿下、お心遣い痛み入ります」
「いや、構わん。良い夜を」
「良い夜を」
そっと声を掛けてきたラリクスにも目礼をして、ミランダもエオルに手を引かれるままに退出する。
一歩扉を外に出ると、宵の口だった外はすっかり夜の帳が降り、チラチラと星が瞬いていた。
その美しい星空に、ミランダはそっと手を伸ばした。




