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カモミールティーを食後に 中編

「品数が多過ぎると食べきれないだろうから、前菜は省かせてもらった。スラーイイの方はあっさりしたスープの方がお好みかとコンソメスープを用意させたんだが、どうやら愛し子殿のお気に召したようだな」


 ソスランの言葉に、スープの金色の輝きに釘付けになっていたミランダがハッと我に返る。

 席に着いた途端に犯した失態に、ミランダは頭のてっぺんまで真っ赤になった。

 その正直過ぎる反応に、エオルとソスランは同時に微笑ましいものを見るような眼差しになり、柔らかな笑みを浮かべる。


「リラが好むものであれば、私もそちらが好ましい」


「仲睦まじいようで何よりだ。そう言っていただければ俺も嬉しい。……では、いただこうか。大地と、精霊の恵みに感謝」


 ソスランの言葉に続いて、エオルが母国語で祈りを唱える。


『地に祝福を、陽に喜びを、我が糧となる命に感謝を』


 エオルの言葉によって生み出された大地から立ち上る力の気配が、それぞれの皿に盛られた料理に溶け込んでその輝きを増す。


「光の祝福を、闇の安らぎを、今日の安息と明日の活力を与え給え」


 ミランダの言葉に従って、部屋を彩る光と闇が存在感を増す。

 その様子に、表情を取り繕うことも忘れ呆気にとられた様子で、ソスランがポカンと口を開ける。ラリクスも、少しばかり青ざめた顔でゴクリと唾を飲み込んだ。


「おい、何か凄まじいな」


「自分がいかに無謀なのか思い知った気がしますよ」


「感謝しとけよ」


「今回ばかりは大きな借りのようです。……殿下はよく平気ですね」


 あまりに大きな力の気配に、冷や汗が止まらないらしいラリクスにソスランはしかつめらしい表情を作って頷く。


「仮にも王族だからな。大地の祝福がある分耐性があるんだろう。ただな……このうっかり祝福されてしまったキラキラしいスープを飲んだらどうなるのか未知数で、俺はさっきから好奇心と恐怖心にグラグラしている」


「よくグラグラ出来ますね。ある意味僕もグラグラしてますけど、それは力に酔ったらしくてさっきから軽く目眩がしているからですけど。おまけにちょっと指先が痺れています」


「お前、筋が良いとか褒められて修練サボるから術力酔いするんだろ、それ」


「あ……今ちょっと反省してたのにわざわざ指摘しますか?」


 額を寄せ合ってエオルとミランダそっちのけでヒソヒソ話しをしていたソスランとラリクスは、視線を感じてふと我に返る。

 絶妙のタイミングで小さく音を立てたミランダのお腹と、お預けを食らった上にお腹まで鳴らしてしまったことで赤くなるミランダの顔、そんなミランダを気遣わしげに見た後、ジットリとした視線を向けるエオルの順番に年長組2人は視線を向け、ソスランがおもむろにスプーンを取るとサッとスープを口に入れた。


「あ。殿下……」


「ん?んんん?」


 スープを口に入れた途端、目を見開いて呻き声らしきものを上げるソスランに、主に習ってスープをすくい、潔く口をつけようとしたラリクスのスプーンからスープが皿へとこぼれ落ちる。


「んまい! 何だこれ、いつものスープが何か美味いぞ、お前も食べてみろよラリー」


 完全に立場を忘れ果てた様子で興奮するソスランに、ラリクスの表情がますます懐疑的になる。


「あ、美味しい」


『うん、優しい味ですね。リラが気に入ったようで良かったです』


「母さまが作ってくれたスープの味に似ていて、何だかホッとします」


 楽しそうに盛り上がる年少組を見て、意を決した様子でひとすくいスープを口にしたラリクスも、その味に目を丸くする。


「何これ。え、何これ。殿下、この前食べた時と料理人変えてませんよね。じゃ、材料? うちも料理には拘っているけど、今まで食べたスープが霞むほど美味しいってどういうことですか?」


「考えられるのは、精霊の祝福だろうな。俺は精霊の祝福を受けた食べ物を食べたことがあるが、あれは美味かった。そういえば風味も滋養も格段に違うと術師長が泣いてたな」


「術師長ってあの爺様ですよね。威厳と渋みと白い毛の滝が服着て歩いてる」


「ああ。偏食と偏屈が服着て歩いてるあの爺だ。あの爺が事もあろうに祝福された野菜食べて、感動のあまり泣いた。今まで野菜が嫌いだったのは野菜の味が悪かったからだと、泣きながら野菜卸してる商人に詰め寄って軽くあらぬ方向に暴走しかけてたから、副師長が無言で拘束して何処かに運んで行ったな」


 ソスランの披露した謎のエピソードに、場に沈黙が落ちる。

 気まずい沈黙も意に介さない徹底した仕事っぷりで、流れるような動きで空になっていた皿を従僕が下げ、代わりに香ばしい匂いを漂わせる焼きたてのプチパンをサッと配った小皿の上に盛り、黄みの強いバターの入ったココットを添えていく。


「わぁ、美味しそう」


 程よい焦げ色のついたふわふわのパンを手際良くちぎり、バターをサッと塗って口に入れると、バターの芳醇な香りとパンの香ばしさとふわふわの食感にミランダは目を細める。

 バターの塩気によって強調されたパンのほのかな甘みが、食べる手を進ませる。


「気に入っていただけたようで嬉しいが、あまり食べるとデザートまでたどり着かなくなってしまうので要注意なんだ」


 優雅な動きで3つ目のパンをちぎりながら、微笑むソスランに、ラリクスが頷く。


「我が国自慢の小麦とバターをたっぷり使ったこのパンは、僕も好物だからいつも何個でやめようか迷うんだよね」


「好きなのは分かっているが、ひと抱えもあるバスケットに山盛り持ち帰るのはやめろ。度重なるなら材料費と人件費を徴収しろと父上が仰っていたが、俺も同意見だ」


「えー。僕も好きだけど、主に母上と妹たちが楽しみにしてるんだよね。いっそのこと、レシピと指南役の派遣をしてくれればうちの屋敷でも作れるから解決するんだけどね」


 ラリクスの言葉に、ソスランは何か感じるところがあったらしく顎に手を当てるとパンを手に取ったまましばらく考え込む。


「一般普及しやすいようにレシピをアレンジして、夜会で名物として売り込んでくれるなら父上に掛け合ってみよう」


「帰ったら出来そうか聞いてみるよ。母上がどうしても普段に食べたいとかで研究させているらしいから」


 ミランダは食べ物に夢中だった視線をふと隣に向けて、ソスランとラリクスの会話を身じろぎひとつせずに聴いているエオルに目を丸くする。

 そんなミランダの動きに、ソスランとラリクスの視線もエオルに向けられる。


「ああ、失礼。習い性で、こいつと居るとつい執務に関わる会話になってしまうんだ」


「殿下は仕事の虫の堅物だからねぇ。殿下にも早く春が来れば良いのに」


 そう言って笑ったラリクスの視線が、意味ありげにミランダに流れる。


「そういうお前こそ、この前山ほど持ってた釣書はどうした」


 その意味するところを汲み取ったらしいソスランが、サラッとかわして話題を変える。

 ミランダだけが話題の裏にある意味を汲みきれずに、硬い表情になったエオルと、含みある笑みを浮かべるラリクスと、渋い顔をしたソスランを順番に見比べて、首を傾げる。


「私は、譲る気はない」


 憮然とした表情のまま呟いたエオルに、すかさずソスランが頷く。


「勿論だ。……愛し子殿の持つ力が欲しくないといえば嘘になる。だが俺はこの国と民のために愛し子殿の振るう力を乞うことはあっても、それ以外のものを求めることはないと誓おう。互いの間に友情を育むことが出来れば、それに勝るものはないとは思うがな」


 言葉を選びつつ、揺るぎない口調で告げたソスランをじっと見つめた後、エオルはふと視線を外す。


「ならば良い」


 視線を外したエオルの横顔が、どことなく拗ねたような表情になる。

 それを面白そうに見遣って、ソスランは言葉を重ねる。


「我が名に誓って、俺は愛し子殿を未来永劫我が妻として求めることをしない」


 静かな、揺らがない口調で言い切ったソスランに、エオルは虚を突かれたような表情になる。


「実際に目にしてみて分かった。その人は、俺が求める相手ではない。だから周囲が何と言おうと、俺は求めないし、その人を守り切るのは貴方の役目だろう?」


「ああ、誰にも譲るつもりはない」


 不敵な笑みを浮かべたエオルに、ソスランも笑みを浮かべる。

 そんな2人を見比べて、ラリクスは肩をすくめ、ミランダは思い掛けない展開に言葉を失って目を見開く。


「あーあ、条件は良かったんだけどね。術者同士は相性が大事だから、名に誓ってまで約束しちゃったらしょうがないかな」


 冗談めかして笑うラリクスに、ソスランとエオルがそれぞれ苦笑を浮かべる。


「王族は楽じゃないな」


「ああ、違いない。結婚は国益に直結する外交問題でもあるからな」


 何処か遠い目になって意気投合する王族男子に、ミランダは何だかおかしくなって笑いを漏らした。

 軽やかな笑い声に、ぎこちない空気が漂っていた場が、一気に和む。

 次々に皆が笑い出して、程なく出された白身魚のグリルは和気藹々と笑い合いながら舌鼓を打った。

まだ続く。

次で夕食は終わるはず。

空気のはずのラリクスの存在感が半端ない。。。

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