血と鉄と叡知によってのみ、我々は平穏を赦される-5
ちょっと残酷な描写が入ります。
閲覧注意?
俺は、ユーリ。
嘗ては、日本人だった。
俺は死後、神を名乗る何かしらに転生を言い渡された。
どうやら、彼らの理で行くと俺は記憶保持のまま転生することになった。
それ意外の事は何も解らない。
あの神様の態度は、さながら旅行シーズン中の入国管理官みたいだった。
名前は?あなたは記憶保持のまま転生です良いですね?次!
………訂正しよう。
転生によって、神様がそれなりに激務をこなしているってのが分かった。
だから何?って話だが。
前世の記憶………人、一人分の経験を持ったまま生きると言うのは、苦痛が多い。
何せ、それまで出来ていたことが全く出来ない。
赤ん坊なのだから、当たり前だが歩くことが出来ない、それだけでも充分ストレスになるのだ。
衣食住を誰かに委ねないと、生きることが難しい。
両親に何か話しかけるにも、ギャーギャー泣くことしか出来ない。
………と、まぁ、不満だけなら幾らでも出てくる。
俺を産んだ母親は、銀に近い金髪のスレンダーな女性。
どことなく、スラブ系の顔立ちだった。
そして、父親は………でかかった。
自分が子供の体だから、より強くそう感じたのかもしれないが、兎に角でかくてマッチョで固かった。
後、その見た目だがほりの深い顔に浅黒い肌………何だかアラブ系っぽかった。
まぁ、兎に角両親はそれぞれの人種が違うようだった。
両親の人種やらを鑑みた結果、ここはロシアの辺境なのではと疑ったりもしたがそんなことは全く無かった。
家は、木ではなく土で作られており、お世辞にも頑丈だとは言えない造り。
現代文明の匂いが全くしない、生活環境。
俺の顔を見に来た、ご近所さんとおぼしきモンゴロイド系と、ネグロイド系のおっさん二人。
うむ、未知の世界だな。これ。
こんなに国際色豊かな田舎があってたまるか!
自然に還ろうとか言って、ド田舎に住んじゃう奴らだってもうちょっと文明的な生活しとるわ!
………とまぁ、そんな感じで驚かされるだけの授乳期を終えて、鳴き声以外の言葉を発し、立つことを覚え、オムツが外れる。
基本的には、家のなかで過ごすが、時々親に外に連れていって貰えるようになった。
母と手を繋いで、近所のお宅に料理のお裾分けを持っていったり、庭で薪割りをする父を眺めてみたり。
ある程度、自分の目で住んでいる村を見て、俺はこの世界が少し好きになった。
日々の時間が穏やかに流れ、農作業や狩りなど肉体労働で疲れた体を自宅の温かい食事で癒す。
前世で温かい家のゴハンを食べたのがいつだったか………スーパーで割り引きされた惣菜を買って、それを手に電気のついていない部屋に戻ってくる。
確かに、便利な家電などは一切ないが、ここでの暮らしの方が、俺にとっては余程人間的だ。
うん、悪くない。
ここでの暮らしは、きっと悪いものではない。
幸いにも、俺にはここではない世界の記憶もある。
それを使えば、ここに住む人達にちょっとした便利さを提供しつつ、ゆったりと暮らしていく事が出来るだろう。
だが、そんな望みは突然消えて無くなった。
ある日の朝、父と母がただならぬ様子で話し合っていた。
「オリガ、心して聞いてくれ。826号村が攻め落とされたと、昨夜遅くに行商人から情報が入った。ボルストの奴らがすぐそこまで迫っているそうだ。」
「そんな!じゃあユーリを王都に避難させないと!」
「………馬も、馬車もない。子供の足では、奴等に追い付かれる。」
「なら、森に逃がしましょう!この村に居るよりはずっと安全よ!」
「あぁ、今、村長のところで子供たちを集めている。ロボスの所の倅が、子供たちを森に避難させてくれるそうだ。」
いつになく慌てた様子の両親。
攻め落とされたとか、避難とか、穏やかでない単語に不安を掻き立てられる。
「と、父さん、母さん。何の話をしてるの?」
似合わない………こんな平和な村に、そんな言葉は似合わない。
とても頼れる父さんに、いつも優しい母さんに、そんな言葉は似合わない!
だが、父は腰を屈め、俺の顔を見つめてこう言った。
「ユーリ、よく聞きなさいユーリ。これから、ここに悪い奴らがやって来る。父さんと母さんは、そいつらを追い返すために戦わなくちゃいけない。」
ダメだ………ダメだ!
「ユーリ、私の可愛いユーリ。お母さんの言うことをよく聞いて?これから、この村では恐ろしいことが起こるの。だから、あなたは逃げなさい。逃げて、生きなさい。あなたは賢い子だもの、生きてさえいれば、きっと幸せになれるわ。だから、今は何としてでも逃げて。」
母は、俺を抱き締めて涙を流す。
「い、嫌だよ。父さん、母さん!ねぇ、逃げようよ!一緒に逃げようよ!」
俺は、みっともなく泣きわめいていた。
やっと、この世界が好きになったんだ。
家族と言える二人に会えたんだ。
こんな、こんな唐突に無くしてたまるか!
だが、父は俺に優しく拒否を告げる。
「ごめんな、ユーリ。それは出来ないんだ。ここで父さん達が戦わないと、他の皆が苦しむことになるんだ。他の村にも、ユーリぐらいの小さな子供が居るかも知れない。もっと小さな子供だって居るだろう。このベルゲンの大人はな、この国の子供たち皆の親なんだよ。ベルゲン中の子供たちを護るために、俺達はここで戦わないといけないんだ。」
その、父の言葉に俺は絶句する。
だっておかしいだろう?
それはきっと、父の様な普通の村人の仕事じゃない。
それは普通、兵士の仕事の筈だ。
「何、きっとすぐに王さまの軍隊が来てくれる。父さんが強いのは知ってるだろう?きっとまた会えるさ。」
だったら、何でそんなに泣きそうな顔をしながら言うのか………何で、父さんがそんな顔をしなきゃいけないのか………
「さぁ、ユーリ、時間がないわ。お母さんと一緒に、村長さんの所に行きましょう?」
そう言って、母が力強く俺の手を掴む。
その力強さは、どうあっても二人が逃げる気が無いと告げているようで、俺は何も言えなくなってしまった。
母と手を繋ぎ、村長の家へ向かう。
短い距離だが、その道中母は絶えず俺に話しかけ続けた。
若い頃あった楽しいこと、俺を連れて訪れた家の持ち主のはなし、父さんのカッコいい所………
だが、母が話したかったであろうことを、話尽くすには村は狭すぎた。
村長の家の前で、母はこう言った。
「ユーリ、きっといつかこんなことが起きない日が来るわ。王様も、町の人も私達も、皆その日を迎えられるように頑張っているの。あなたは賢い子だから、きっと皆の為になることをするわ。だから今は、その日のためにも必ず生き延びて頂戴ね?」
村長の家。
その居間には、村中の子供たちが集められている。
そこに、大人の姿は無い。
すすり泣く声だけが聞こえる空間。
「ガシーブさんところのユーリか。これで全員だな。」
そう声を出したのは、12歳位の少年。
彼の声はしっかりとしていたが、その目は泣きはらしたように赤くなっている。
「これから、悪い奴らがやって来る。だから俺達は大人たちの邪魔にならないように森に逃げなきゃならない。西の森をまっすぐ行く。王さまの軍隊が近くまで来てくれてる。その人達に会えれば、きっと何とかなる。さぁ、行こう。悪い奴らが来る前に。」
そして、子供たちだけの逃避行が始まる。
しかし、俺の頭の中はぐるぐると同じことばかりが廻っている。
何故、何故、何故、何故………何故、こんな目に合わなくてはならないのか。
何故、父さんと母さんから離れないといけないのか。
村の側の森に入って歩き続ける。
その道程は、子供には厳しすぎるものだった。
絶えず聞こえていた誰かの鳴き声は、疲れからかいつの間にか鳴りを潜める。
餓えと渇きと闘い、夜は獣の影に怯える。
そんな、ゴールが見えない旅を続ける。
自分達が何処に居るのか誰も知らない。
だが、四日目の夕暮れ、俺達は街道に行き当たった。
そこで、ようやく大人達に出会う。
「ベルゲンだ………王様の旗だ!皆!王様の旗だ!」
街道に留まる、人の群れ。
皆手に武器を持っている。
群れの中の大人の一人が俺たちに気付き、何やら大声をあげる。
その大人はこちらに来て、引率していた少年と言葉をかわす。
そして、あれよあれよと言う間に人の群の中に引き込まれ、四日ぶりの温かい食事を与えられる。
彼らは一様に、「よく頑張った。もう安心だ。」
そう声をかけた。
俺達は皆泣いていた、不安から解放され、安心感から涙が止められなかった。
その日の夜、豪華な出で立ちの男が言った。
「明日の朝一番で、空きの荷馬車に乗せて君たちを王都に送る。それからの生活は、国が面倒を見るから安心しなさい。」
夜、子供達は皆、兵士の使う毛布にくるまって寝ていた。
野宿では絶対に得られない暖かさのなか、皆寝息をたてている。
きっと、今夜は夢も見ないのだろう。
俺は、そっとそこから抜け出した。
寝床を抜け出した俺は走った。
森の中へ、村がある方へ、道無き道を、何度も何度も転びながら、記憶だけを頼りに………
どれ程走っただろうか、森の中は霧が立ち込め、陽の光が遮られて薄暗くなっている。
風にのって、かすかに人の話し声がした。
俺は足を止める。
ひょっとしたら、村の人間かも知れないと思ったが、慌ててその甘い想像を頭から追い出す。
父も母も、ここで戦うと言って村に残ったのだ。
こんな森の中にいる筈がない。
だとしたら………
俺は、急いで身を隠す場所を探した。
幸いにも、近くの巨木の根に隠れられそうな空間があった。
物音を立てないよう気を付けながら、俺は木と地面に出来た小さな空間に身を潜り込ませた。
人の声は、段々と近づいてくる。
………風に乗りやって来たその声は、やがて歌だと分かった。
森の中を、男たちの歌声が駆け抜ける。
俺達が話すものとは、別の言葉の様で、その意味は解らない。
歌声がいっそう強くなり、やがて声の主達の姿が霧の中から姿を現した。
これは………兵士なのか?
それとも、物乞いだろうか?
全員が手に武器を持っている、だが、身を包む衣服汚れ擦りきれボロボロだった。
そして、それよりも印象的なのは、彼らの表情だった。
皆、晴れやかな顔をしている。
自分がここに居ることに何も間違いはない、そんな自信を持った表情。選ばれた自分は、正しいことに身を委ねているのだ。そんな表情。
纏う衣服のみすぼらしさと絶望的なまでに噛み合わない表情。
………狂ってる。
そうとしか思えない一団だった。
一体、どれ程隠れていただろうか、狂人の群れをやり過ごし、再び夜の闇が戻ってきた。
俺は穴から這い出て、再び走る。
村へ………自分の家へ。
時間の感覚など既に無い。
朝露で渇きを少しだけ癒し、飢えで意識が朦朧とする中、俺は、漸く目的の場所にたどり着いた。
俺の村は、変わり果てた姿で俺を出迎えた。
村を囲む柵には、みすぼらしい服の男の死体が引っ掛かっていた。
そのどれにも、矢が突き刺さっている。
村の中心からは、細く黒い煙が立ち上っている。
聞こえてくるのは、背後の森の木々のざわめきだけ。
人の気配はまるでしない。
村の中へと足を進める。
そこで、俺は知った顔を見つけた。
以前、俺を見に家に来たネグロイド系の男である。
ボールタと呼ばれていたその男は、片腕を失っていた。
それでもなお、戦ったのだろう。
残った腕には、血に濡れた槍が握られている。
憤怒の表情で虚空を睨んだまま死んでいる。
更に足を進める。
母とお裾分けを持っていった家の奥さんが居た。
名前は、確かナタリー。
もう、動かない。
ぼろを着た男の首に包丁を突き立てたまま動かない。
死んでいる。
村長、オストマン。
脚が不自由だった彼は、武器を持たずに、磔にされて焼かれていた。
その顔は、嘲笑うような歪んだ笑顔。
その目は濁っている。
動かない。
死んでいる。
足を進める。
チャンおじさん。
俺を見るために、ボールタと一緒に家に来たおじさん。
動かない。
死んでる。
足を進める。
俺が生まれ育った家。
玄関の扉はうち壊されて空きっぱなしだ。
玄関からすぐの、俺の家の食堂。
………僕の父さん、ガシーブが居た。
体には、五本の槍がつきたっている。
みすぼらしい服を来た少年をくみしいて、少年の喉にはいつも薪割りで使っていた斧がのめり込んでいる。
動かない。
死んでる………
………ぼくのしんしつ。
ぼくがないたときに、おかあさんがぼくをだいて
、あやしてくれたのをおぼえている。
おりが。
ぼくのおかあさんのなまえ。
おかあさんは、ぼくがねていたべっどにかぶさるようにしんでいた。
うごかない。
ゆすっても、うごかない。
はなしかけてもわらわない。
しんでる。
しんでた。
………俺は暫くその場で呆然としたまま動かなかったんだと思う。
どのくらいそうして居たのかは解らない。
けど、少しだけでも、俺が知っている村の姿に戻そうとしなければと思ったらしい。
血で汚れた母の死体を浄め、居間に運んだ。
父の亡骸から槍を抜き、母の隣に運んだ。
チャンおじさん。
その亡骸を、彼の自宅へと運ぶ。
途中で、若かった彼の息子を見つけた。
一緒に、横たえる。
オストマン村長。
落ちていた斧で、彼が貼り付けられていた木の十字架を斬り倒し、彼を降ろす。
村長の、年老いた奥さんの隣に寝かせる。
ナタリー。
料理が好きだった近くの奥さん。
料理道具を彼女の近くに置く。
ボールタ。
村一番の狩人。
誰のものかは分からなくなってしまったけど、弓と矢を一緒に置く。
両親の亡骸を、井戸の水で浄めて、居間に寝かせる。
今、この家にいるのは家族だけ。
父さん、母さん、息子の俺。
一家団欒。
静かだけど、家族だけの時間。
誰も喋らない。
俺以外は喋れない。
きぃと、来客を告げる音が、玄関から聞こえた。
振り向けば、豪奢な衣装を身に纏った大男が立っていた。
「坊主………この村の産まれか?」
「………うん。」
「その者たちは、お前の親か?」
「………うん。」
「この村で、生きているのはお前だけか?」
「………うん。皆死んでる。」
「………なぁ、坊主。俺が誰だか知ってるか?」
「………………ううん、お前が誰だか解らない。偉い人だろうけど、僕たちを助けてくれなかった人だ。」
「………余は、ベルゲン王国国王。坊主達を救えなかった、無力な男だ。」
「………ねぇ、王様も泣くの?」
「いや、王は泣かぬ。」
「ねぇ、父さん達死んだとき、お前は何をしてたの?」
「走っていた。この場に一刻も早くたどり着けるように。走っていた。」
「………………何で、僕のお父さんは死んだの?僕は、お母さんと一緒に居られないの?」
「………。」
「王様でしょ?何でもできるんでしょ?ねぇ、どうして!?教えてよ!何で、何で僕の母さんは死んだんだよ!答えてよ!」
「………すまぬ。」
「違うよ!そうじゃないよ!僕は返してほしいんだよ!お願いだから、父さんを返してよ!母さんを返してよ!」
かえしてよ。
もう一度、二人の笑顔を僕に見せてよ。
何で………何で僕たちはこんな目に合わなきゃいけないのか、教えてよ………
「坊主………名は何と言う。」
「ユーリ。名前は、ユーリ。」
「ユーリ。お前を、俺の息子にする。何故、お前がこんな目にあっているのか、俺が父親として教えてやる。」
記憶の海から浮上する意識。
俺と先代国王との、最初の記憶。
………人は、明確な目標を持ったときに、漸く確かな道を歩める。
俺が、ベルゲン王国国王をやっている理由は、ここにある。
俺の目標は、ベルゲン人に怯えなくてすむ人生を過ごしてもらうこと。
その為に必要ならば、悪魔にだって、魂を売ってやる。




