我が国の内情を鑑みるに、その提案は受け入れられない-18
今、俺の隣に居るフェールデン帝国皇帝陛下。
彼は何やら面食らった様子で、一瞬顔ごとこっちを見る。
俺が喋った事にビックリしとるんじゃあるまいな?
「………。」
とは言え、それは一瞬の事。
彼は警戒心バリバリの表情で、会議を続ける面々の方を向く。
明らかに拒絶されてますねぇ、だが俺は追撃をやめない!
「………あの者はまだ一言も喋っておらんが………口を開いたら、ヒヒーンとか言うまいな?」
「………。」
彼の様子は変わらない。
無視を決め込んでますなぁ。
すると、突然バン!と大きな音がする。
どうやらヒートアップしすぎた軍務卿首席副官どのが机を思いっきり叩いたようだ。
や、止めろよ!ビックリするやろ!
とは言え、ここは取り敢えず仕事かな?
「カリーム、抑えよ。ここは話し合いの場であるぞ?」
「………申し訳ありません陛下。」
「うむ。」
………言葉はそうなってるけど、表情に申し訳無さが欠片もないぜ!
まだ、心中では怒りの炎が燃え盛っとるですな?
チラリと、再び皇帝の様子を伺うと………涙目&青い顔であった。
そらな、今の軍務卿首席副官殿ってでかいし迫力ある。
そんな大男のぶちギレる様を間近で見れば、普通ビビるし、子供なら怯えるよ。
「はぁ。戦場では頼りになるのだが、困ったものよ。」
会議の方は、まだお互いの主張を言い合った所から内容が全く進んでいない。
「ヴィルヘルムどの、何やら喉が渇かんか?」
「………。」
「ふむ、返事もしてくれぬか。つまらんのう。………そこな者、余は何か甘いものを所望する。そうじゃな………サイダーとか言う奴はあるか?一昨日初めて口にしたのだが、あれは美味であった。二人分頼むぞ。」
会議室の隅に座っている日本人の何だか秘書っぽい人に声をかける。
偉そうな言葉な上、顎で使って申し訳ないが、目の前には外交的に隙を見せられないフェールデンの面々が居るからね。
許してほしい。
「少々お待ちください。」
そう言って、秘書っぽい男性は部屋を後にしてその直後にまた戻ってくる。
多分外の誰かにお願いしたんだろう。
「ヴィルヘルム殿は、もう日本の料理などは口にしたか?」
しつこく話しかけてみる俺。
だって、会議が全く進む様子を見せないんだもの。
「………僕は、ベルゲンの者とは話さぬ。」
お、言葉が帰ってきた。
非常にすげない返答ですがね!
まぁ、周りの大人にそう言われりゃ、そらそうするだろうて。
そう言うことは、この場に居る人員の中でなら宰相辺りが言いそうだなぁ。
皇后とか摂政はここには居ないし。
「………のう、ヴィルヘルム殿は普段どんな暮らしをしておるのだ?フェールデンの皆は仲が良いのか?」
「………。」
「ベルゲンはなぁ、普段は割と仲がよいのだが、事あるごとに喧嘩する奴らが居ってのう。ほれ、そこの狐みたいな顔をした奴が居るであろう?内務卿なのだがな、あやつとここには居らんが軍務卿………先ほど机を叩いたゴリラの上司………うむ、ボスゴリラじゃな。奴らがよく喧嘩をするのだ。そして、何故か仲裁に入った外務卿………あの肥ったタヌキみたいな奴じゃ。あやつを苛める。」
まぁ、お互い示し会わせたプロレスやってる場合が多かったりもするがね。
「………。」
「その度に、余がそやつらを止めるのだがな………余はときどき、国王ではなく猛獣使いでもやっとるような気になるよ。」
実際、彼らのもつ権力と言うのは容易に俺を噛み殺しかねない所があるからね。
「ユーリ陛下、ご所望の品をお持ちしました。」
そこまで話した所で、先ほどの秘書風の人がお盆にコップを2つと、デキャンタを載せて運んできた。
い、いつの間に受け取ったんだ、コイツ忍者か!
「うむ、ご苦労。あぁ、日本人はこう言うときは普通ありがとうと言うのであったな。ありがとう、日本の者よ。」
「いえ、どういたしまして。」
見た目秘書の人が、にっこりと笑いながら俺と皇帝の前にコップを置いていく。
そして、デキャンタからサイダーを注いでゆく。
この世界の住人にとって、炭酸は珍しい品物である。
天然物もあるにはあるが、山岳地帯でしか出てこないし、輸送手段が貧弱な事もあって皇帝やってるような人間なら見たことも無いのではなかろうか?
味もまた、これでもかと甘味をぶちこんであることだしね。
だが、皇帝君はそのコップを見つめたまま手に取ろうともしない。
………ひょっとしたら彼は、毒物の警戒でもしているのかもしれない。
取り敢えず、先に飲んで無害なことを証明しよう。
「ふう、少なくとも我が国では味わえぬ甘露であるなぁ。何、多少口の中に刺激はあるが、見ての通り毒など入っておらん。甘くて冷たくて美味いぞ?」
っかぁー!冷たくておいちい!
出来れば、キンキンに冷えた泡のでる金色の麦ジュースが飲みたかったりするが、それは流石にね。
そして、そんな俺を見て、皇帝が意を決したようにコップを手に取った。
そして恐る恐る、コップを口へと運び………
「っ!?」
炭酸に驚いて、
「ぁ………冷たくて、甘い。」
思わずといった様子で、ポロリと感想をこぼす。
「うむ、ヴィルヘルム殿も気に入ったようだな。それに胆も座っておる。ウチの狐なんぞ、「これは何ぞ、口が爆ぜた!」と、大騒ぎであったよ。」
「………僕は、フェールデン皇帝だからな。」
ちょっと自慢げなちびっこ皇帝。
歳相応で大変宜しい。
少しは打ち解けてくれただろうか?
「ふふ、流石だの。………しれっとここに居る奴等に同じものを出したら、皆はどのような反応をするかの?」
「な、ならんぞ。皆真面目に仕事をしておるのだ、邪魔をすることは許さぬ。」
お、おぅ。せやな。
5歳児の正論に、たじろぐ俺である。
「………しかしあれだな、ヴィルヘルム殿は、家臣を大切にしておるのだな。」
「ええ、皆僕の為にいつも懸命に頑張ってくれておる。まだ、お父様の様には出来んが、それでも皆が僕を支えてくれる。」
………ん?あれ?フェールデンって、代替わりでごたついてたりしないの?
「そんなに、フェールデンは仲が良いのか。」
「ええ、ユーリ殿が言うような喧嘩は、僕は見たことが無い。」
………少なくとも表面上は、不和が無いのかぁ。
やだなぁ。
誰かの専横があったりせんのか?
「そちらの宰相殿は、優秀なようだな。」
ま、まぁ、家だって皆でプロレスごっこ出来るくらいには盤石だし、内務卿だって優秀だし?
プロレスごっこが端から見たら、タダの殴り合いに見えるとか言ってはいけない。
「オットーは、本当に色んな事を知っているし教えてくれる。解らないことも、僕が解るまで教えてくれる。」
オットー………フェールデン宰相の名前だ。
一番好き勝手出来る立場の人間を、皇帝が信頼している。
「それに、寂しいときも遊んでくれるしな。」
………これ、大好きなおじいちゃんの話をする孫のようですね?
「今回の件で、オットーは忙しそうにしておるし、疲れておる。ベルゲンに攻め入った者達には、僕も腹を立てておる。誰もそんな命は下しておらんと言うのに………」
待って、ちょっと待って、それちょっと聞き捨てならんですよ!?
え?ここで?こんな雑談で、フェールデンの末端暴走が確定しちゃうの!?
………今の誰かに聞かれてないよな?
と、会議の場に視線を向けると………何で皆でこっちを見てるんですかねぇ?
フェールデンの人間は天を仰いだり、顔を覆ったりしてる。
ベルゲン側は、一様にギョッとしてる。
あ、外務卿だけが悪い顔しとる。
「はぁ。これまでの話し合いが無駄になりましたな。」
そう、しれっと言うのはフェールデン帝国宰相のオットーおじいちゃん。
「良いでしょう、バレてしまっては仕方ありますまい。今回の侵攻は、確かにフェールデン帝国東部軍の暴走が発端です。」
「なっ!貴様らはそうでありながら我らに領土を要求しておったのか!?恥を知れ!」
激昂する軍務卿次席副官。
そらそうですなぁ。そらぶちギレ案件ですなぁ。
「………勘違いしないで頂きたい。発端は確かに暴走であったが、すでに統制は回復している。」
「ぐっ!」
「ですが、確かに暴走を招いたのは此方の落ち度。先ほどの、領土に関する要求は取り下げましょう。」
やっぱり、最初の条件は見せ札だったのね。
すると、こっちの外務卿が口を開いた。
「………我々は、お互いに和平の為に腹を割って話し合うべく、この場に臨んで居るのではなかったのですかな?このような大切な事を隠されては、そちらの全てを疑わねばなりますまい。」
外務卿、追撃の「もうちょっと何か寄越せ」発言である。
「………ふむ、ではフェールデン帝国は此度の件に関して金品の要求等を放棄することを確約致しましょう。」
「ふざけるな!攻め込まれたのは我々ベルゲンである!よくもまぁ、賠償の請求などと言えるものだ!恥を知れっ!?賠償を請求する立場にあるのは我々ベルゲンであろう!?」
こっちの公爵が、宰相に向けていい放つ。
常識的に考えれば、確かにそうであるのだが………
「ふむ、困りましたな。我がフェールデン帝国も、先の戦争から今は多少不安定なのですよ。ここで、そちらの賠償請求を飲んでしまえば、再び軍が暴走するやも知れませんなぁ。」
………我が国の内情を鑑みるに、その提案は受け入れられないって訳ですか。
全く、腹黒タヌキめ。
こっちが何か要求すれば、再び狂犬をけしかけるなんてしれっと言いやがって。
急激に悪化した、場の雰囲気。
その引き金を引いてしまった皇帝は、半べそをかいている。
「す、すまぬ、オットー。僕が………僕が余計な事を言ったから。」
訂正しよう。半べそからガチ泣きに事態が悪化している。
………気の毒ではあるが、既にこの場のロジックはぬるま湯を許さない、冷たい大人達のそれに変わっているのだ。
きっと、彼の言葉は宰相たちに切って捨てられ………
「陛下、お気になさいますな。いつもこの爺や皆が言っておるでしょう?陛下はまだまだ、沢山の事を学ぶ必要があります。この度、陛下はまた一つ学ばれました。我々はその事を歓迎こそすれ、怒るような事はございません。今はまだ我々の様な者の手助けも必要でしょうが、いつの日か陛下が決めた下知の元に働ける事を、我々は皆待ち望んでおるのですよ。」
あれ?と、突然いい雰囲気が………なんだこれは?
フェールデン側の人間も、皆うんうんうなずいている。
見ろよ、陸軍元帥とか涙拭いてやがるぞ。
なぁにこれぇ?
「とは言え、お互いに遥々日本まで来てこうして話し合っている身。手土産も無しにおめおめと帰れるものでは無いでしょう。」
と、唐突な外務卿の発言。
彼だけが、フェールデンの雰囲気に動じていない様子。
「どうですかな、陛下、内務卿。今回は国境線の確定と、捕虜となっている者達の交換。その辺りが妥当な所かと。」
………ふむ、まぁ、最低条件は達成しているか。
これならベルゲン内部に向けて勝利と宣言も出来る。
それに、捕虜についても願ったりである。
………この、捕虜と言うのは名ばかりで、実際には戦争の折りに戦利品としてフェールデン帝国に連れ去られた国民の事なのだ。
しかも、大人たちは外敵とぶつかると戦死または自決するのがデフォルト………
なので、ここで言う捕虜と言うのは、逃げ遅れた子供達を指す。
拐われて、逃げ戻ってきた人間もこれまでにはいて、彼らの話を聞くと、捕まった者たちは基本的に鉱山などで強制労働に従事させられているらしい。
それを、大々的に取り戻すチャンス………一応交換なのだから、どちらかが一方的に譲歩している訳でもない。
………ゴーサインですな。
「余はそれで構わぬ。」
「私も、それに賛成です。」
俺と内務卿が賛成に回った段階で、外務卿はフェールデンの宰相に視線を向けた。
「こちらも、その条件で賛成しましょう。では、他の細かいことを詰めましょうか。」
あっさりとオッケーするオットー宰相。
そうして、停戦を破った場合の損害についてなどを話し合いが行われた。
大体の事が決まって、こちら側の肩の荷も降りたところで、フェールデンの意外な人物が発言する。
「では、停戦が決定したところで、我々フェールデン帝国から、貴国ベルゲン王国に提案があります。」
帝国陸軍情報局長、『アドルフ・ヴァン・ザルトハイト』。
彼の言葉を皮切りに、状況はまた変化して行く。
第2ラウンドが開始されるみたいですよ?




