番外編‐日本人とベルゲン人
「何でこんな所に村を作るかなぁ。」
日本国陸上自衛隊員、「野上隆司」一尉は高機動車の助手席で呟いた。
彼は今、ベルゲン王国の地、それもフェールデン帝国との国境地域に居た。
急峻な山々に囲まれた、谷間の舗装されていない山道を酷い揺れに長時間耐えながら移動させられれば、こんな所に目的地の村を作ったベルゲン人に文句の一つも言いたくなると言うもの。
………遡ること二日前、彼に日の丸親方から突然命令書が渡された。
その中に記された任務は、「フェールデン‐ベルゲン間の停戦監視」。
日本の仲介によって、実現した両国間の和平交渉。
その結論が出るまでの、暫定的な停戦が守られているかを見張る任務である。
この任務に自分が選ばれたのは、海外勤務の経験があったからだろう。
出発前の式典では、以前南スーダンで見た顔が幾つかあった。
「しかし、凄い名前だよな、この『422号村』ってのは。」
彼ら停戦監視団の隊員達は、目的地である『422号村』を拠点として活動することになっている。
本来ならばベルゲンに場所を借りて、自分達で拠点の構築を行う。
だが、今回のことは話が急すぎた為、事前の準備が間に合いそうになかったので、ベルゲンのとある村に間借りすることになったのである。
「一尉、あれじゃないですか?目的地の村って。」
高機動車を運転する部下から、不意に声がかけられた。
野上は視線を前に向け………そして、顔をひきつらせた。
「なぁ、陸曹長。目的地は軍事施設じゃなくて、普通の村だった筈だよな?」
「ええ、確かその筈ですが………」
「じゃぁ何で村人が武装して並んでるんですかねぇ?」
「………さ、さぁ?」
そんな会話を車内でしながら、陸上自衛隊停戦監視団は村へと近づいていった。
「ようこそ、この『422号村』へ!」
到着した日本人達を最初に迎えたのは、溌剌とした老婆の声だった。
声の主は背中をピンと伸ばして、しっかりとした足取りで物怖じもせずに先頭の車両に向かって歩いてくる。
それすなわち、野上の乗る車両であった。
「こんにちは、日本の皆さん。私はこの村の村長をやっております、ベリエラと申します。失礼ですが、隊長さんはどちらに?」
野上は慌てて高機動車から降りて、彼女に挨拶を帰す。
「ご、ご丁寧にどうも。私自分はは陸上自衛隊遣ベルゲン停戦監視団の野上隆司一等陸尉であります!部隊長でしたら、あちらの車両に………あぁ、今降りてきたものがそうです!」
そう話ながら、野上は思う。
この婆さん、デケェ。
自分とほとんど変わらない背丈、180センチはありそうだ。
白髪と、顔に深く刻まれた皺がなければ、とても老婆だとは思えない。
そして、妙に凄みがある。
「ふふ、日本の方は丁寧なのですね。では、私は隊長さんにお話がありますのでこれで。」
そう言って歩み去ってゆくベリエラを見送った野上は、高機動車の座席へと戻る。
「陸曹長、見た?今の。」
「え、ええ。何だか、えらい迫力がありましたね。」
サイドミラー越しに、隊長と談笑するベリエラをチラリと見やって、野上は座席に体を沈める。
車両の前には、槍やら剣やらを持った村人とおぼしき人間が直立不動で立っている。
此方に向けられる視線からは、好奇心が見てとれる。
取り敢えず、突然襲いかかられる事は無いだろう。無いだろうが………
「一体どんな村なんだよ、ココは。」
野上はそう呟かずには居られなかった。
少しして、ベリエラとの話を終えた隊長から号令がかかる。
「よし、総員降車!我々の滞在する建物は、この村の方々が用意してくださった。喜べ!屋根の下で眠れるぞ!各員小隊毎に集合の後、案内に従って移動!」
「「「了解!」」」
隊員達はてきぱきと車両から降りて、号令通りに動く。
ベリエラの方も、村人達に何やら指示を出している。
どうやら、事前の調整は上手く行っているらしい。
野上がボンヤリそんなことを考えていると、村人達の中から一人の少年が此方に歩いてくる。
歳は17かそこらだろうか?何やら緊張している様で、歩く姿はどこかぎこちない。
ようやく、思い描いていた村人像通りの姿を確認して野上は少し安心する。
まぁ、此方に向かってきた少年も腰に剣を吊っているのだが。
「えっと、こ、こんにちは?」
「こ、こんにちは。」
少年は、野上に向かって挨拶を疑問系で投げ掛ける。
野上は野上で、その斬新な挨拶に面食らい若干言葉を詰まらせた。
「僕はリゼアです、これから皆さんのお世話を担当します。どうぞよろしくお願いすます………します。」
リゼアと名乗った少年は、どうやらかなり緊張しているようだ。
彼を安心させる為にも、野上は笑顔を浮かべながらゆっくりと彼に返事をした。もちろん、言い間違いに突っ込むような大人げない真似はしない。
「自分は陸上自衛隊の野上隆司一等陸尉です。御手数おかけしますが、暫くお世話になります。」
その野上の言葉を聞いたリゼアは、少し表情を柔らかくした。
「優しそうな方で良かったです。では、泊まる場所に案内しますので着いてきてください。」
そう言って向きを変えたリゼアを見て、野上は一瞬硬直した。
彼のうなじから、酷い火傷の跡が見えたからだ。
野上自身はその驚きを表に出さない事に成功したが、部下の一人が声をあげてしまう。
「どうかされましたか?」
その声に気付いたリゼアは、その隊員の方を向いて不思議そうな顔をする。
声を上げたのは、転移後に任官した新米の女性隊員だった。
今回は村人とのコミュニケーションを円滑に進めるためにもと言うことで、各小隊に一人ずつ女性隊員が配置されている。
彼女はそんな一人だった。
「え、あ、その………」
(マズイ、突然の事に上手く対処出来ていないようだ。こんな任務に新米を組み込むとか、制服組は何を考えてんだよ。)
何とかフォローしようと野上が口を開きかけたが、それよりも早くリゼアが言葉を発する。
「あぁ、この火傷ですか?ごめんなさい、怖がらせてしまいましたか?」
だがリゼアの口から出たのは、その隊員を気遣う言葉だった。
そこには、傷ついた様子などは微塵も感じられない。
その様子に、新米隊員は戸惑い、若干パニックになっているようだ。
「ぇゃぃぇいぇ、そうゆうわけじゃなくってですね」
(お前は初めて外人に話しかけられた見たいなリアクションしてんじゃねー!)
「じ、実は私田舎の出で、外国の人と話すのって初めてで!」
彼女は外人に初めて話しかけられた人だった。
そして、そんな彼女のプチパニックが伝染したのか、リデアも早口で何やら言い出している。
「いや、これはですね、フェールデンに村を焼かれたときに出来た火傷で、普通の火傷です普通の火傷です!」
さらっと出てくる何やら重いエピソード。
それを普通と言って良いのだろうか?
二人はそれぞれパニックを深めて、お互いに会話になっていない会話をマシンガンのように捲し立てている。
野上は野上で、険悪な雰囲気に成りそうもなくなったことに胸を撫で下ろしつつ、何故か謝罪合戦を始めた二人に、わざとらしく咳払いをして注意を促す。
「ゴホン。リデアさん、谷二等陸士………」
「ああっ!すみません、すぐに案内しますね!お疲れですもんね!」
そうして、クルリと回れ右するリデア。
まだ、パニックから立ち直れて居ないようで、右足と右手を同時に動かしながら歩き出す。
野上は若干咎めるような視線を、谷二等陸士に向ける。
彼女は申し訳なさそうに、顔を赤らめて下を向くのであった。
その日の夜、村の広場では自営隊員達を歓迎する宴が開かれていた。
停戦監視に来た人員が、あまり現地の人間と親しくしすぎるのも問題だが、だからと言って現地の習慣などを無視してしまうのもそれはそれで問題になる。
酒も出されるが、隊長から直々に自営隊員達に深酒しないようお達しが出ている。
それでも飲酒の許可が降りているのは、かなり『422号村』側に配慮した結果だと言える。
そして、その宴の様子だがそれはもう賑やかなものであった。
ベルゲン王国では、上流階級のパーティーでさえ厳格なマナーが存在しない。
それが、階級差が存在しない庶民の酒盛りともなると、それはもう酷いことになる。
あちこちで村人同士が飲み比べを行う。
何故か脱ぐ。
唐突に歌い始める。
自営隊員達も、大学の新歓顔負けの大騒ぎに若干気圧されながら、村人達とコミュニケーションを取っている。
野上はその様子を見ていたが、あることに気付いた。
大騒ぎしている村人達は皆、かならず武器を手の届くところに置いているのだ。
その事に警戒感は抱くものの、村人達から不穏な雰囲気は全く感じられない。
更に視線を巡らせると、何故か谷二等陸士がリデアにお酌をされている。
二人はファーストコミュニケーションから、随分と打ち解けた様子だ。
(流石に深酒なんぞしとらんだろうな?)
そんな軽率な事は流石にしないだろうと信じたいが、リデアとの最初のやり取りの様子を見た身としては、どうにも不安が払拭しきれない。
野上は小隊長の責任感から、それとなく彼らの様子を伺う。
「ベルゲンのお家って、木で出来てるんですね?」
「いや、木の家なのはこの辺りだけなんです。ここは山の中で木材もたくさんのとれますから。ボルストとの国境辺りだと、土の家だそうですよ?戦火で焼かれてしまってもすぐに再建できる様に工夫されているって前に村長から聞いたことがあります。」
谷二等陸士の会話もはっきりとしている。心配していたような事は起きていないようだ。
「そういえば、リデアさん。何でこの村の名前って番号みたいになってるんですか?」
「ええっと、確かベルゲンが攻められた時に防衛する軍の偉い人達が分かりやすいようにだったと思います。だから番号みたいじゃなくって、番号なんですよ。これも村長が言ってました。」
「な、何だか凄いですね。」
谷の方は普通の雑談をしようとしているようだが、リデアの返答には一々日本人にとっての非常識………いや、非日常が紛れ込む。
(こんな宴の様子を見ていると、忘れそうになるけど、ここは紛争地域だと思い知らされるなぁ。)
事が起きてしまったのは、そんな宴がそろそろ終わろうかと言うタイミングだった。
広場の中央に置かれた篝火の辺りに、数本の矢が射込まれたのである。
それに一番早く反応したのは、『422号村』の村長であるベリエラだった。
「敵襲!敵襲!子供達を集めろ、守るんだ!!」
そう、大声をあげると剣を取り抜き放つ。
そして、鞘から剣を抜かないまま、彼女は自分に向かってきた矢を打ち払った。
「矢の数が少ない!相手は賊だ!隊長さん!自衛くらいはさせてくれますね!」
「ベリエラ村長、相手は確実にフェールデン軍では無いのですね!」
「多分そうだが、相手の死体を確認するまで確実にとは言えませんね………っとぉ!」
言いながらも、動きを止めないベリエラ。
その村長の答えに、監視団の隊長は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「敵の先制攻撃は我々も確認しています、あなた方の応戦については全く問題ありません!」
相手が、確実に自衛隊を狙って攻撃を仕掛けているのだとしたら、自衛の為に応戦が出来る。
だが、村人と隊員が混在しているこの状況ではその判断を下すのは容易ではなかった。
そうこうしている間にも、村人達は応戦の準備を整える。
そして、自衛官達もまた戦闘の準備を整えていた。
矢が飛んできた方向から、微かに雄叫びが聞こえ始める。
「隊長さん、あなた方はどうしますか?」
村長から、隊長への問い。
戦うかどうかの問である。
目まぐるしく動く状況の中、野上は装備を整えて、隊長の決断をじっと待っていた。
その時である、野上のすぐ近くで、何かがブンと風を切る音が聞こえた。
その直後、彼は自分の頬に熱を感じる。
思わず手をやると、ぬるりとした感触。
(矢がかすった!応戦!)
そして野上は声を上げる。
「隊長!攻撃を受けました!」
「確かか!」
隊長がそう野上に返した直後、突然誰かが目の前に割り込み、パキリと乾いた音がする。
その手には、鈍く光る剣が握られており、足元には折れた矢が落ちている。
どうやら村人が、野上を守ってくれたらしい。
(今は夜だぞおい、何でこいつら火の明かりだけで矢を落とせるんだよ!)
野上は驚愕して顔を強ばらせる。
そして、その様子を見た隊長も即座に決断を下す。
「我々は攻撃を受けた!発砲許可!」
「発砲許可!」
「発砲許可!」
自衛官達も次々に命令を復唱する。
だが、敵はまだ夜の闇の中から姿を見せない。
敵の雄叫びだけが、段々と此方に近づいてくる。
野上は周囲を確認する。
村人達は敵が姿を現すのを待ち構えている。
そのお陰で、射線に彼らが入り込んでいないのが幸いだった。
そっと小銃の引き金に指をかける。
自分の鼓動が、はっきりと聞こえる。
何もかもがゆっくりと動いているような錯覚。
「うぉぉぉぉぉ!」
真っ暗な森の暗闇の中から、遂に敵が姿を現した。
その瞬間、野上の訓練された体は、反射的に敵に照準を合わせる。
構えた89式小銃の照星越しに、剣を振り上げて走ってくる敵の姿が見えた。
三度、引き金を引く。
三度、乾いた音がした。
視線の先ではもつれ込ぶように倒れる、男の姿。
人を撃ったという事実に、一瞬呆然としそうになった。
だが、そんなことお構いなしに、敵は次々に姿を現す。
そして、野上の発砲に吊られるように、自営隊員達も引き金を引いた。
………30秒ほど、銃声はなりやまなかった。
自営隊員達達の前には、20程の死体が転がっている。
どの顔も、驚いたように固まって、その顔が虚空を見つめているのがひどく印象に残る。
村人達もまた、驚愕の表情で自衛官を………いや、微かに煙を登らせる89式小銃を見ていた。
「よし!追撃!ぼさっとしてんじゃない!あたしらはまだ何もしてないだろう!?」
状況を動かしたのは、またもやベリエラの声だった。
村人達は弾かれた様に、暗い森へと突っ込んで行く。
「マズイ!こいつらベルゲンだ!」
「なっ!いつの間に国境越えちまったんだ!」
村人の突撃を受けた森の中の敵から悲鳴の様な大声が聞こえてくる。
ベリエラはゆっくりと、隊長に近づいて話しかけた。
「やっぱり賊だったようですね。ここをフェールデンと勘違いしたようです。ときどき、この辺りに不馴れな新参の山賊が、ここをフェールデン人の村と勘違いして襲ってくるんですよ。この辺りのベルゲン人は、山の中なら一人で五人は相手にできますし、慣れている山賊なら、ベルゲン王国の村を襲おうとはしません。」
「は、はぁ。」
何やら物騒なことを言う村長。
BGMに夜の森から山賊の悲鳴が聞こえている。
軽くホラーな状況である。
「野上一尉、彼らはグルカか何かですかね?」
いつの間にか近くに来ていた陸曹長が、野上に声をかける。
その瞬間、森の方から命乞いと断末魔が聞こえてきた。
「ひいぃぃ!どこだ!どこに居やがる!た、頼む、た、助けてくれ!ひっ!ぎぃゃぁぁぁぁぁ!」
それを耳にした野上は、顔をひきつらせながら陸曹長にこう答えた。
「い、いや、プレ○ターか何かじゃないか?」
そのやり取りに、自衛官達の雰囲気が緩む。
皆が皆、構えていた小銃を下ろし、引き金から指を外す。
誰もが、戦闘は終わったと気を緩めてしまった。
がさりと音がする。
突然、一人の男が声も上げず剣を腰だめに構えたまま突っ込んでくる。
その先には、肩で息をしながら呆然と立っている谷二等陸士がいた。
「谷!避けろ!」
野上は部下が狙われている事に気付き、小銃を構える。
だが少し遅い。
敵は谷二等陸士のすぐそばまで近づいており、一塊になっていた自衛官達が射線に入ってしまっている。
(誤射するっ!?)
スローモーションの様にゆっくりとした意識の中で、野上は三つのものを見ていた。
驚いた表情で固まる谷二等陸士。
彼女に迫る敵の白刃。
そして、信じられない早さで敵に肉薄するリデア。
そして、次の瞬間野上は、男の胸から生えた、赤く染まった剣の切っ先を見る。
「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
リデアは、宴会の時の姿からは想像もつかないような雄叫びをあげ、貫かれた男の体を剣で持ち上げる。
男は自分に何が起きているのか解らないのだろう、目を見開いたまま、手を痙攣させている。
リデアは男の体を自分の頭上へと持ち上げる。
彼の整った顔に、男の血が降り注ぐ。
「らぁっ!」
最後に短く叫んで、リデアは男を谷二等陸士から遠ざけるように放り投げた。
どさりという音がする。
その瞬間、谷はぺたりと腰が抜けたように尻餅をつく。
「谷さん、怪我はありませんか?」
リデアは、先程とはうって変わって不安そうな、小動物のような表情をしながら谷に話しかける。
その顔は、血で真っ赤に染まっているが。
そんな、これ以上なくホラーな状況を見ながら、野上はポツリと呟いた。
「や、やっぱり、プ○デターじゃねぇか。」
自衛隊の階級なんかの細かいところの突っ込み、お待ちしております。




