我が国の内情を鑑みるに、その提案は受け入れられない‐14
な、難産。
日本による仲裁提案。
………ベルゲン王国としては、ここが今後の天王山といっても良いだろう。
この提案に乗ったとして、果たして国土を保全したままの停戦なり休戦は可能だろうか。
未だ、ウチもフェールデンも余力を残した状態なのだ。
もしフェールデンが、現在支配下に置いている地域を停戦の絶対条件として挙げたらまず交渉は決裂するだろう。
この場合の仲裁というのは、結局は当事国であるベルゲンとフェールデン間で合意が纏まる事が、最低限必要なことだろうし。
いやまぁ、日本にビビったフェールデンがイモひいて、こっちに有利な条件で合意を結ぶ可能性もあるけども………
敗戦直後にノータイムで殴ってきた事を勘案するとそれもまた怪しいし、それで自国の国威をゴミ箱に投げ捨てたら他の国でフェールデン弱体論とかが噴出しそうな気はする。
そして、他の国にボコられると。
要は
「ヘヘッ!フェールデン組も随分と腑抜けたもんじゃのう!オジキ、あいつらのシマァ、今こそこのボルスト組のもんにするチャンスですぜ!」
とか
「ここで俺がフェールデンのシマ切り取りゃ、このダイアス組でのしあがれらァ。おい、若ぇのに声をかけろ。カチコミじゃぁ!」
とか言い出す奴が出るだろう。
それに賛同する奴もそれなりに。
え?何でこんな仁義の無さそうな例を出すのかって?
そら、国と組の違いなんて規模ぐらいなモンだからですよ。
偏見だけど。
まぁ兎に角、少なくとも外側から見た限りではフェールデンが引く要素はない。
勿論、此方からこの提案を蹴る可能性もある。
というか、結構高い。
え?「あれだけ国防国防大騒ぎしてるのにバカじゃないの」って?
残念ながら、国家存亡の危機なんて何時もの事ではあるのです。
今までの恒例行事に、日本という異物が混ざってるだけ。
こう考えるベルゲン人も多いのである。
………しかし、この件に関してのフェールデン側の対応と内情が不透明だ。
あの国は今、一枚岩なの?
今回の侵攻は中央が末端をコントロール出来なくなったから起きたんじゃないの?
それとも、国内で「先帝の遺志を継ぐべし!」って纏まった結果じゃないの?
ベルゲンとしては、これでフェールデンが一枚岩とかだったら、超笑える……訂正しよう。超笑うしかできない。
「日本に殴られてムカつくから、ベルゲンを抹殺しようぜ!」とか言い出してないだろうな、あいつら。
ま、結局はベルゲンがどうするかを決めるには情報が足りないという結論になる………なるけども、情報を得るために結論を先伸ばしにするのも不味い訳です。
ここで時間をかけた場合、ベルゲンに停戦の意思が薄いという印象をいろんなところに与えてしまう。
フェールデンにそういう印象を与えるのはまだ良い
。今更相手に配慮する様な間柄じゃない。もちろん悪い意味で。
日本政府にその印象を与えるのも………苦しいが、まだ挽回は可能だ。話を知る人間が比較的少数で済む。
最大の問題は、日本国民にその印象を与えること。
国民に芽生えた不信感を払拭するのは難しい事だ。
何よりも、ベルゲンと日本、両国の国民同士の交流というのはまだ行われていない。
今回の件は、日本政府も国外の情報が知りたくてたまらない日本国民に内密にはしていないだろう。
いや、会議の内容が具体的に、そして、事細かに報道される訳はないけど、ベルゲンが和平を渋ってる位は情報が漏れるだろうし。
それに、「日本人なんて知るか!口出しするな!」というスタンスは、少なくとも俺はとる気がない。
今後の為にも、そこら辺の諜報機関的なモノが必要だなこりゃ。ダブルオーナンバーのエージェントでブイブイ言わせるのは無理だとしても、テレビ何かの公開された情報から色々調査する様なので良いです。
そうすればここまで胃が痛くなる事は減るでしょうよ。
後は………あれだな。
日本の本気度とその目的。
こちらが、フェールデンとの和議を本気で考えて事を進める気になった時に、日本が適当に場を纏めて(お茶を濁してとも言う)、「後はベルゲンとフェールデンにおまかせ!」とかされたら困る。
要は、日本政府が有権者にゴマを擦るためにこんな提案をしていた場合が俺としては一番困るのである。困る困る超困る。
もしも、国民の同意をしっかりと得られない状態でこんなこと言い出したのだとしたら、和平の為のコストが嵩んだ時に日本が手を引く可能性がある。
「Q:話し合いなのにそんなにコストがかかるのは何故?」
「A:和平の為には力のある第三者が公平に監視しないと問題がおきます。ウチとフェールデンはそんなに仲良くないので。」
で、こっちが過去の遺恨とかを水に流して、心で血涙流しながら事を進めていると、唐突に日本にハシゴを外されると………ベルゲン人の日本に対するヘイトがマッハである。
そうなった場合の日本に対する意識の改革は、ン十年単位の時間が必要ですね?
とは言え、全く情報の無い状態で結論を急ぐのもナンセンスなので、さしあたって今すぐ出来ることをしよう。
それでは『教えて丸山先生』のコーナーを始めます!
今回の質問は、「日本人は本気で仲裁する気なの?日本に何の得があるの?」かな。
謁見の間には、俺と三卿と丸山先生、後はベルゲンの有力者たち。
日本国がどうしたいかを、俺だけでなくこの場にいる人間に説明してもらおう。
「丸山殿、いや、日本国公使殿。いくつか、聞きたいことがあるのだが、良いか?」
「はい、陛下。お答え出来ることであれば。」
「まず、この事はフェールデンにも既に伝わっておるのか?」
「いいえ、陛下。しかしながら、フェールデンにも本日中に伝えられます。」
そこに関しては、両国の扱いに違いはないと。
では、本題につっこんでいこうか!
まず、日本の建前を説明してもらう。
「公使殿、此度の仲裁の申し出は、やはり貴国の標榜する『平和主義国家』としての在り方からのものであるか?」
「はい、陛下。我が日本国は『平和主義国家』でありますので。」
「そうであるか………これまでの、我がベルゲン王国への接し方を見ておる我々は、貴国がその主義主張を貫く信念を持った国であると知っておる。」
「ありがとうございます、陛下。」
「しかしだ、フェールデン帝国はその『平和』をどう見ておるかな?極端な話をすれば、この世界の国々を全て平らげ、世界を日本国のみにしてしまえば国同士の争いも無くなり、貴国の言う『平和』は成し遂げられる。かの国は、そう見ておらんか?いや、取り繕っても仕方ない。そう見る人間は、ベルゲンにも居るだろうよ。」
六千万も居れば、多少はそういう意見も出るしね!
「………我が日本国と、かの国フェールデン帝国には、不幸な擦れ違いがあり、御互いに血を流す事態に発展してしまいました。しかしながら、陛下。我が国とその国民は、同じ世界に住まう者として、互いに手を取り合い共存し繁栄できると信じて居ります。勿論、日本国と友好的に接してくださった、貴国『ベルゲン王国』の皆様ともです。」
………それじゃベルゲンとしては納得出来ませんよ?
「ふふふ、日本人は我々よりも随分と良くフェールデンを知っておるようだ。大したものだ。なぁ、内務卿?」
「そうですな、陛下。御互いに血を流し合うことでしか、お互いを知り得なかった我々ベルゲン人には、到底理解できるものではありません。あのフェールデンの畜生共と会話がで来るなどと耳にする日が来ようとは、思いもしませんでしたな。」
はい、ベルゲン人代表、内務卿のご意見でした。
これはまぁ、殆どのベルゲン人かそう考えているでしょうよ。
「………陛下、そしてこの場にご臨席の皆様。我々日本国は、『平和』の尊さとそれを築き維持する難しさをよく知って居ります。かつて、我々のいた世界で我々日本は、『大日本帝国』としての『平和』を求めて血を流しました。その後、戦勝国による『平和』というものをずっと見てきました………我々の求めた『平和』と彼らの『平和』そのどちらもどこかで必ず血が流れておりました。」
まぁねぇ。世界中の至るところで、意見や利益はぶつかるものだし。
「私たち日本国は、今、危機に瀕しております。かつての豊かさを失いつつあり、それによって、我々は日本人らしく在ることを失いつつあります。誰もが皆、自分達の未来を悲観しております。」
「未来か………羨ましいことだな。子らのため、未来の為と自分達を奮い立たせても、常に「明日、国が無くなるのではないか」と怯えて暮らすベルゲンの人間にとって、貴国は実に羨ましい。」
明後日、そんな先の事はベルゲンには分からないのであるよ。実際。
「陛下、ユーリ陛下。我が日本国、そして日本国民は常に未来を向いて生きてきました。日々の労働は、豊かな十年後のため、輝ける二十年後の為………それが当たり前でした。その当たり前が奪われることは、日本人にとって耐え難い事だったのですよ。この転移によって、それを思い知りました。」
「当たり前にあるものが奪われることの恐ろしさについては、このベルゲンに住むもの皆が知っておるよ。」
「私たちには、未来が必要なのです。幸せを思い描くことの出来る未来が。………陛下、その為に我々日本には『平和』が必要なのです。安定した世界が必要なのです。」
「………。」
「我々日本国は、最初に手をとる相手があなた方『ベルゲン王国』と『フェールデン帝国』であって欲しいと思うのです。」
「なぁ、公使殿?それは、日本国政府が想い描く理想の未来なのか?………それとも、日本国民が想い描く理想の未来なのか?」
「………国民が選んだ、日本国政府の理想です、陛下。」
………そこは、国民と明言してほしかったなぁ。
とは言え、政府が完全に独断でやってる訳でもないのか。
それにまぁ、嘘つかれるよりマシかな。
さしあたり、日本国内には相当な閉塞感が漂っている。
それを払拭するためにも、目に見える形で成果―――この場合は、安定した取引相手だろう―――が欲しいと。
仮に日本が、この世界の国相手に兵器の売買を行えば、それはそれで充分安定した取引先として此方側も機能するだろうが、それは嫌だと………
まぁ、高価な兵器をバンバン買えるとも思わんが。
要はまぁ、まともに商売が出来る環境作りの第一歩と言うことですか。
こんな話し方をすると言うことは、フェールデンも聞く耳持たないと言う訳でもないのだろう。
残念ながら、最新のフェールデン事情なら日本の方が情報は持ってるからね。
ふむ………悪くないかな?
「ふふふ、大したものだな。まったく、丸山殿、そなた政治家の方が向いておるのではないか?もしも、今の職を失うことがあればベルゲンに来ると良い。」
「過分なお言葉、ありがとう御座います。しかしながら私は、日本国に仕えると決めておりますので。」
「ふむ、残念じゃのう。さて、丸山殿。日本国の言い分は、聞かせてもらった。今度は此方の答えを返さねばな。だが、此方にも、ちと話し合う時間が欲しい。」
チラリと内務卿に視線を向けると、こちらに向かって頷いた。
「我らベルゲンの答えが出るまで、この王宮で寛いでおってくれ。何、そう長くは待たせんよ。」
さてさて、それでは内部で喧々囂々するとしますか。
日本「ひょっとして、このままだとじり貧?」




