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我が国の内情を鑑みるに、その提案は受け入れられない‐11

ベルゲン―フェールデン間の国境地帯。

ここは今、流血と悲鳴が絶えず響く紛争地帯となっていた。


フェールデン帝国からの軍勢は、進行方向に存在する村や街を磨り潰しながら、ベルゲン王国を進んでいる。


まぁ、それはこの世界………いや、この地域の恒例行事な訳であるが。




だが、ベルゲン側の守将はフェールデンの様子に違和感を覚えていた。


普段ならとっくに撤退するような損害を受けていても、撤退しない。

兎に角前進あるのみ、配下の兵を磨り潰してでも前進してくる。

いつものフェールデンよりも、粘り強くしぶとい。


フェールデン帝国は、軍における貴族の割合が他の国に比べて圧倒的に高い。

貴族でも、年若いものたちが領民を率いて箔付けのためにも従軍する。

そのため、必要以上に損耗すら前に撤退の決断を下す事が多い。


だがしかし、今回は違う。


「将軍、こちらの左翼が予想以上に押されています。」


まただ、左翼側は敵を押し返すべく増援を送ったばかり。

にも拘らず、敵を押し返すどころかこちらの軍が押されている。


今回の侵攻ではこのような状況が度々発生していた。

「………敵さん、えらく粘るな。」


「そうですね。それに、何時もよりも大胆な策が多い。まるで、後が無いような戦いかたをする…………まるで、我が軍を相手取っているようです。」


ふと口に出た独り言に、近くにいた副官が言葉を返す。


「確かにな、後がない戦い………我が軍の『平常』だな。」


彼は、ベルゲン王国の領地持ち貴族で軍人だ。

国家存続のため、剣をとって戦う。

その中で、時には領地や兵を犠牲にするような命令も、彼の上司である軍務卿から下された。

自身が前線に立ち、敵の雑兵と剣を交えたことだってある。

それでも、彼の国に対する忠誠が揺らぐことはない。

死んでいった部下たちの怨嗟は自分達を死地に追いやった国ではなく、自分を殺した敵に向けられていた。

奪われ、犯された民もまた、敵を呪いながら土に還った。

王宮の人間は、その犠牲を直視し、瞼に焼き付け、それでもなお国を生かすために非情な命令を下している。

………貴賤を問わず、この国の人間は近しい者を敵に殺されている。


(国王陛下でさえそうなのだ。負け戦しかないこの国で、成人さえ迎えていない身御で国を背負っておられる。)


勝利なきベルゲン王国。

彼だけでは無い、この国の誰もがベルゲン王国に勝利の歴史が存在しないことを知っている。

国境で磨り潰されていく者達から、街の酒場の娘まで皆だ。


(それでも、見知らぬ誰かがベルゲン人として、ベルゲン王国に住まう明日がある。それこそが勝利である。)


ふと顔を上げると、暗い表情の伝令が目の前にいた。

彼は下を向いたまま、言葉を発することはない。

何が起きたのか、頭の片隅で理解しつつ、将軍は伝令に言葉を促す。


「どうした、お前さんは伝令だろう。自分の仕事をせんか。」


叱るような口調ではあるが、将軍の顔はどこか優しげだ。

(この表情は何度見ても慣れないな。理不尽に奪われてゆく者が見せる、悔しげな顔だ。)


伝令は、嗚咽混じりに将軍に告げる。


「左翼より、敵魔導兵が突撃を敢行。その勢い凄まじく、味方左翼は壊滅。左翼担当のレスターゼ伯、ガサーバ伯は戦死。残ったドレフュス伯爵が、左翼全員に敵への玉砕突撃を御命じになりました。」


左翼への増援は無意味になったか………


「………決まりだな。おい、伝令。右翼へ即事撤退を伝えてくれ。」


「………閣下は、どうされるのですか?」


「まぁ、これから右翼の残存を生かすためにここで皆と足止めだな。」


その言葉に、出血するほどに唇を噛みながらうつむく伝令。そんな彼を見て将軍は即位式の日の国王の姿を思い出す。

(ひょっとしたらユーリ陛下と同じ歳なのかもしれないな。)


だが、その横に居る将軍の副官が明るくいい放つ。

「おお!ついにですか!いやぁ、野蛮なフェールデンの野郎共に大立回り!私の英雄譚が、国中の酒場で紡がれることでしょう!きっとモテモテですな!」

そんな副官に向けて、将軍は

「ワハハ、お前みたいなひょろいやつがモテる訳がないだろう!俺のように筋骨隆々、頼れる男にこそそんな立場はふさわしい!」

そんな圧倒的に立場が上の二人のやり取りに、伝令はこえを荒げた。


「お二人は、悔しくはないのですか!何故、こんなときに笑っていられるのですか!何故我々は………我々ベルゲン王国はこんな目に合わないといけないのですか!」


伝令の眼から落ちる涙。

それを見た将軍と副官は

「「ぷっ」」

吹き出した。


「ワハハ、ワハハハハ!」

「聞きましたか閣下!今の!」


「な、何故笑うのです!私は!!」


「いや、すまんすまん。懐かしくてな………君、名前は?」

突然、将軍に名前を聞かれ戸惑う伝令。


「レ、レンチノです。閣下。」


「うむ、レンチノ君。実はな、俺も昔全く同じ言葉を口にしたことがあってな。」

「あれは、ボルストとの戦でしたなぁ。」


「今の君と同じ立場で、一字一句同じ言葉を、その時の将軍に投げ掛けたことがある。その時も、まぁ、その将軍が味方を生かすために優勢な敵に突撃する直前でな。その方も、笑って周りの者と話しておったのよ。」


「………。」


「ちょうど、副官のこやつも一緒でな。二人で涙を流しながら、その方に言ったものよ。『何故笑っているのか、何故我らだけが』とな。」

「懐かしいですなぁ。」


「………。」


「レンチノ君、君にその時言われた事を教えよう。」


「…………。」


「我々が、何故この苦境にあるのかそれは誰にも解らない。祖霊の誰かの罪かもしれないし、神が居るならソイツの気まぐれかもしれない。だが、我々の働きによって、一秒でも長く生き永らえる者達が居る。そして、その者達の手によって今日の我々は語り継がれ、ベルゲン王国の明日が紡がれてゆく。それを知っているからこそ、その者達のために我々は笑っていられるのだ。」


「………。」


「レンチノ君、君や国王陛下の様な若い者が我々の後を継いでくれる。これ以上無い幸せだよ。そして、君達により明るい未来を残せないことが心苦しくもある。これから先、このベルゲン王国の境遇に絶望することがきっとたくさんあるだろう、恨みたくなることもあるだろう。だが、覚えておいて欲しい。このベルゲンは、我々の様な誰かが、命を賭して守ろうとしたものである事を。」


「………。」


「さてさて、そろそろ俺たちの出番だ。………そう暗い顔をするな、レンチノ君。」

「全くですな、我々がモテるかどうかは君の手にかかっているのだ!頑張れよ!」


そう言って、副官はレンチノの肩を押した。

年若い伝令は、ゆっくりと、しかししっかりと、自分の馬の方へと歩み去った………


「全く、この俺の副官とあろうものが、最後までモテるかどうかなどと嘆かわしい。そんなだから結婚できんかったんだ。」

「あー、閣下!そんなこと言いますか!細君が彼岸に来たときには、あの酒場の事を言いますからね!」

「なっ!あれは時効だろうが!」


残された二人は、軽口を叩き会う。

だが、やがて静かになり………


「では、行くとするか。今度は、我々の番だ。………総てはベルゲンの為に!」

「総てはベルゲンの為に!!」


この日、ベルゲン王国の第一防衛戦はフェールデン帝国軍によって突破された。

守将以下、約35万近くの者が戦場の露と消えた。

その内半数は、ベルゲン王国常備軍。

防衛準備を整えた上でのこの結果は、ベルゲン王国史上稀に見る大敗でもあった。

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