終と廻
――最近、お前さんの店に住み込みで働いている色男は何者だと? あの男は突然、ふらっとやってきて、働かせてくれと言ってな。
こちらも弟子の一人が、逃げ出しやがったから、丁度良いと雇ったのさ。しかし、よく働く、働く。あっという間に儂の技術を盗んでいきやがった。しかも、愛想が良い上に男前だから、若い女を中心に評判になる。
子供に対しても上手い受け答えしやがるから、後で親が買いにくる。
地獄に仏はこのことだった。雇って良かった。
しかし、自分のことを話さん。やっぱり訳アリなんだろうな。
名前? 藍染めの藍だとさ。
まあ、ツユクサ模様の藍染めの着物を着ているからだとさ。
いつもにこにことしている男がその時だけ泣きそうな顔で大切な名前だって言ったのさ。
よっぽど大切な名前なんだろうな――
「……以上を持ちまして第……回の……演劇部による……演目……を終了いたしました。皆さん……祭を楽しんでいってください」
そんな体育館から響く放送をおざなりに聞いて出ていく。
日が暮れ始めたのか、空がほんの少し茜色めいてきている。
体育館の中とは違う空気の温度に身を震わす。
流石に、この季節の空気は、体に応える。
そんな年寄りめいたことを考えながら白い溜息を吐く。
乾いた空気を通して、模擬店の呼び込みが聞こえる。
傍から見ると店員も客も夕陽に照らされて、輝いていた。
前を見続けたせいで固まった首を回しながら、そんな柄にもない表現を考えた。
両腕を伸ばして伸びをすると頭がふらついて隣にいる彼女に軽くぶつかった。
隣で寝惚けたように欠伸を繰り返している彼女がこちらを見る。
「君は、本当に気持ち良さそうに寝ていたね。面白い顔だったよ」
俺は憮然とした態度で答える。
「人の顔を見ているなら劇を見ていなさい」
やれやれと首をふる彼女。
長い髪が、その拍子に揺れる。
「君よりは真面目に見ていましたよ。全く。まあ、いびきをかかないだけ良かったんじゃないかな」
苦笑を洩らしながら肘でこちらの体をつつく。
「人様に迷惑をかけない辺りは、相変わらずだね」
それらを無視しながらも、バツが悪くなったので話題を変える。
「しかし、この町の昔話を演劇で使うあたり、あいつもやるよな。この話、年寄りでも知っているから、客もこんなに入ってくるわけだし」
彼女も同じように考えていたのか間をおかずに答える。
「演劇の部長さんによると、小さい頃から大好きなおじいさんのお話を元にして、昔話をアレンジしたみたいよ」
「演出として、脚本家が冒頭をしゃべるとはな。驚いた」
あんな声が出るとはな。妹の姫役の演技にも驚いたが。
「本当にね」
冒頭の語りを思い出す。
「しかし、名前の意義ねえ。偶然なのかな。これは」
「脚本家に聞きなよ。妹ちゃんの彼氏なんでしょう」
痛いこと突く。妹の……だとしてもだな。親は、手放しで喜んでいるがな。まだ、俺は……。
そんな葛藤をしているのが顔にでていたのか話をすすめてくれた。
「せっかくの祭りなんですから。遊びましょう」
「さてと、じゃあ、しばらくして、あいつらが解放されてから、出店でも廻ろうか」
彼女は首をかしげる。
「君の妹の紅葉ちゃんと藍君? いいね。呼ぼうか。でも、それまでは二人で見て廻りましょう。きっと、解散式で遅れるだろうから」
こちらの腕を取り、抱きついていく。
体温が上がるのが、否が応にも感じられる。
「……。そうだな」
彼氏のくだりは聞こえなかったことにする。
彼女は、こちらを見上げながら笑う。
「まあ、兄さんが、ナンパしていないか、取り押さえにいかないと」
あの大男なら、愉快そうに笑いながら口説いている姿が目に浮かぶ。
「あいつならやりかねん。止めなくては」
彼女は笑いながら俺の名を呼ぶ。
「頑張って止めてください。正雪『元』生徒会長」
「君もあいつによく釘をさしておきなさい。浅黄『元』副会長」
それじゃ、いきますか。
どこか、幸せな方向へ。
とりあえず、あいつを殴る。
あいつならガタイがいいから、きっと大丈夫だ。
――了。