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花の跡先  作者: 傘猫
8/9

結と決

そんな戦の流れ。

 領主の屋敷で藍は、姫を探していた。

 廊下を音もなく駆けていく。

 この屋敷の一番広い部屋の中心に姫がいた。

「お主、父上にな。この戦を回避するために縁談を呑むと言った」

 姫は、自分の体を抱く。

「父上は、ただわらわを抱きしめて、すまんと言ったのじゃ」

 姫は、藍に詰め寄る。

「皆も皆じゃ、誰も彼もが、目の前に迫る戦から目を逸らさずに笑って姫をお守りいたしますと言う」

 姫は、泣き切った後のような顔をしていた。 

「そちはわらわのことをどう思いじゃ? 浅ましい馬鹿女だと思うじゃろ」

 笑う。

「誰もわらわの為に命を賭けたのに」

 自分を呪うかのように妖艶に。

「命惜しさに民の命を見捨てたのだから」

 姫は藍にそんな笑顔で笑いかける。

「人身御供でわらわが嫁げばよかったのじゃ」

 自分の体を抱いていた両手を宙に広げる。

「嗤ってくれ。されてもしかたないことをしたつもりだ」

 そんな姫の姿を見る藍。

「姫、先にご無礼を」

 乾いた音。

 藍は、姫の頬を平手打ちした。

「貴女は誰よりも民に尽くしてくれたのです」

 今も血を流している農民に代わりに。

「民は姫の優しさに答えて路傍に倒れたのです」

 国を想い、命を燃やした武士の事を考えて。

「皆、いつも姫の優しさに感謝していたのですよ。だから、あの外道に渡されまいと武器を握ったのに」

 ただ、罪悪感で潰れてしまいそうな姫を見て。

「領主様も大事な一人娘の為に」

 今、娘を守るために必死で戦っている領主の想いを。

「民も自分たちの娘のように可愛がっていた姫の為に。この戦は勝ち戦でもなく負け戦でもなくただ、ただ姫君。

貴女様の為に。姫君を守るための戦なのですよ」

 そして――

「みんな、姫を慕ってのことなのです。なのに、肝心な姫が弱気でどうするのですか」

 藍は、短い間だが、付き添って助けたいと思った姫を助けたいと。

「ふふ、そうだな。皆、私の為に武器を取ったのだったな。わらわのため……みんな命を捨てたのだったな。お主よ、最期の、後生の頼みじゃ。聞いてくれるか」


 だんだんと押されていく西の軍。

 馬に乗っている領主は、軍勢を見てため息を吐く。

「やはり、ここまでか」

 刃を滑らして、敵の軍に突き進む。

 刃は、次々と血を吸っていく。

 そのまま、領主は疾風のように駆け抜けていく。

 領主は、自分の体に傷が段々と深く傷つけられるのを自覚しながらもなお問答無用に駆ける。

 その様子をみて、西の軍も盛り返す。

 それを見て、笑う領主。

 馬から、落馬した。

 矢が左肩を突き抜ける。

 領主は、落ちていく中、空を見た。

「ああ、皆すまんのう」

 西の軍に動揺が広がる。

 そして、藍は、それを見て屋敷に向かい姫を探した。


「……何でしょうか」

 姫は、ゆっくりと微笑む。

 藍が、ここまで来た理由と、この戦の目的が果たせなくなったことを言われなくても分かっていたかのように。

 軍勢の違い。

 無謀な戦いだった。

「この屋敷に誰も入らないようにしてくれるかの。何、ずっとではない。しばらくの間じゃ」

 しばらくの沈黙。

 黙る藍に見て、姫は肩を竦める。

「わらわに出来ることは、これだけじゃ」

 藍は、本当に悲しそうに笑う。

「……全力で意に添いましょう」

 その笑顔を見つめる姫。

「それと……」

 藍は、姫の姿を焼き付ける。

「何でしょうか」

 姫は、懐から取り出すのは手鏡。

 桜と、若葉と、紅葉と、雪。

 四季をそこに表現するかのように精密で緻密な一品だった。

 浅黄色の兄から貰ったものだった。

 その浅黄色の兄弟は、もう迷惑をかけてしまうのは忍びないと店を閉めて、ほかの町に移っていった。

「聞いておきたい言葉があるのじゃが……」

「はい」

「お主にいつか尋ねたい質問だったのじゃ。最期はどんなことを思って死ぬのじゃ」

 扉に向かいながら藍は答える。

「……きっと大事な人を思い描けるのがいいと思います」

「民はそう思えたのじゃろうか」

 藍は、振り返り言う。

「きっと皆それぞれに想いながら」

 姫は、嬉しそうに笑う。

「そうかそれなら少しは救われるのじゃろうな」

 姫は、その場で着物を脱ぐ。

「さて、聞きたいことはもう一つあっての」

 脱いだ着物から現れたのは。

 ――白装束だった。


「いつか私のわがままに応えてくれたの。望むままだと。私を敬愛して慕いましょうと」


 ――だから、わらわは今だから言うのだが、こう返しても良いのかの。

 わらわが、どうしようもないこれからの身すらも危うい

 取るに足らない独りよがりで自分勝手なわらわであったが

 それでも

     

 そちを愛して慕ってもいいじゃろうか


「……。答えは決まっています。いつまでもあなたのそばに」


 藍は、戸に火を放つ。

 姫は、もう火の先にいる。

 姫が、何かを叫ぶのが聞こえた。

 約束のようなモノだった。

 藍は、頷いた。

 片手がかすかに振られているのが分かるだけだった。

 西の軍を、斬り倒し東の軍が屋敷にたどり着いた先。

 燃えゆく屋敷の姿があった。

 もはや、一部は崩れ、中に入ることはかなわない。


 西の国は、主を失い、蝶を燃やしつくしてその国を終わらせた。

 

 東の国では。

 東の主が、女を切り捨て暴れていた。

「あいつから全てを奪い思い知らせてやろうとしたのに、結局、何一つ手に入れなかっただと」

 周りは、台風が過ぎ去っていくのを耐えるばかり。

 襖に血の色で塗りつぶされた頃には、夜の帳が下りていた。

 東の主は、疲れたように溜息を吐く。

 そこに静かに戸が開く音。

 ツユクサの着物を着て、番傘を差した男がいた。

「ああ、ホトトギスか。御苦労であったな。兄の娘のお守は大変だったろう」

 東の主は傍らに置いてある一升瓶に口をつける。

「結局、手に入らなかったが仕方がないことだ。ガキには興味がない。ただ、兄の持つ全てを奪いたかった」

 暗く笑う。

 ――家族と国と民を。

「兄とはいつも比べられたばかりで、とても屈辱的だった。それでも、わしは良かった。しかし、兄は――あいつは、わしが恋慕っておった女をあざ笑うかのようにさらっていきよった」

 一升瓶を天井にぶつけて雨を降らす。

「わしは、いつか復讐すると誓い。この国を築き上げた」

 哄笑。

「そして、あいつが、作り上げたものを少しずつ壊し始めた」

領主は酒瓶を投げた手を広げて、ゆっくりと握りこむ。

「それでも馬鹿なあいつは、わしに自分の娘の用心棒を打診しておった」

 嘲笑。

「だから、ホトトギス。お前を送ったのじゃ。わしの数ある子供の内の最も忠義に厚い、お前をな」

 ホトトギスは、ただ、立っているだけ。

 それを見て満足するかのように言葉を続ける。

「お前は、上手くやってくれたよ。度々ここにきて、動向を報告してくれた」

 ――報告主としてな。

「おかげで、あいつの息子を殺すために送り込んだ奴が成功したか知ることができたしの」

 ――まあ、姫をさらってきても良かったがな。

「そして、戦争。もう、あいつと比べられることがない。ああ、とても気分がよい。近くに来い。酒を酌み交わそう」

 傍に転がっている酒瓶をとり、手招きをする。

 ホトトギスは、傘を閉じて、近づいていく。

「当主。失礼ですがこの名の意味を教えてはくれませんか」

 東の領主は、愉快そうに言う。

「ああ、ホトトギスのように鳴いてどこにいるかわしに分かるようにと、その花の花言葉が『永遠にあなたのもの』だからの」

 粋なことでもしたかのように顔に笑みを張り付けて続ける。

「わしの為に働く駒が欲しかったから名付けたのじゃ。ちょうど、傘屋の娘をさらった時に、そんな柄のモノを着ていたような気もしたからのう」

 笑う。

「戦場でもどこでも動いてくれたの。嬉しいぞ。わしの思い通りの奴になっていてな」

 ホトトギスは近づく。

 ――決して父上の下で育ててもらった恩、忘れはしません。

 武道と学問を学ばせてもらっていただいたことも。

 例え、父上にどんな思惑があったとしてもです。

 ただ、雛鳥は見たものを善として疑いませんから。

 その雛鳥も戦場以外を見て気付きました。

 平穏と愛のあり方を。

 約束をしました。

 こんな私に優しく接してくれた人々の約束です。

 私にとって大切にしたい名をつけてくれた方の約束です。

 自分に火の手が廻っているのを知って他人にこんな約束をしてくれました。


 その約束は、自由になれ。


 その為に、私を縛り付けているこの名をつけた父上、

 あなたを切ります。


 もはや、あなたの操り人形ではありません。

 私は自分の意思でこの人生を背負い歩いていきます。

 ただ己が信じる道を行くだけです。

 あなたが私を縛るために、名付けた名を捨てます。

 あなたへの感謝を捧げ、あなたの死を背負いこの世を彷徨いましょう。

 あなたは、今までに切り捨てた命を抱いて奈落に沈んで下さい。

 あなたの冥府へ良い餞に。


 静かに彼は、目の前の父親の首に刃を入れた。

 首からは泉のように溢れる命の水。

 醜く歪んだ顔が床に転がり落ちる。

 その一連の様子を、目を逸らさずに見つめていた

 返り血を着物に滲ませて。

 月が、ただ見ていた。

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