幸せガール
「……この世の中って何て絶望的なんだろう」
夕方、歩道橋の上で新社会人となった浅中翔真はこう呟く。どこにいても、自分は優遇されていない。常に何事からも迫害される。何をしていても、自分が中心にいない。誰しもがそんなことを一度は感じたことがあるだろう。しかし、彼の場合はそれがいつものことであり、もはや世界そのものに絶望していたのだ。彼がここまで絶望したのは、もちろんつい最近始めることとなった自分の仕事の辛さも含まれている。そこで落ち込んだ彼は普段とは違う道を遠回りしてこの歩道橋に立っていたのだ。
「何か、この世界を変える何か、そんなものが欲しいもんだ……」
「そんなあなたに二万円! はい、という訳であなたの人生の物足りなさ、それを埋めるためのあなたの心のパートナー、少女Sがやってきましたよー!」
そんな時突然、背後から女の子の声がする。
「……さて、今日も何も楽しいことなかったし、帰るとするか」
翔真はその声をなかったものにして歩き出す。
「えっ、まさかの超絶スルーですか? ちょ、ちょっと待ってくださいよそこのお兄さん!」
少女は慌てて翔真を呼び止める。
「……あいにく俺にお兄さんと呼ばれて興奮するロリコンの趣味はない」
そう言って再び歩き出した翔真を慌てて追いかける女の子。
「ま、まあまあ落ち着いてください! 私はあなたの心にある不満を取り除く、そんなお仕事をしてるんですよ! 見たところあなたの心にはとても不満が現れているような、そんな風にお見受けいたしました! なので、誠に勝手ながら私はあなたの手助けをさせていただきます!」
「拒否権はねーのな……。じゃ、ひたすらスルーで」
とにかく我関せずの翔真。
「ちょ、ちょっと待ってくださいお兄さん! あなたの人生がバラ色になる、私はそんな夢のようなアイテムを持っているんですが、興味ないですかねぇ?」
「夢のような……アイテム?」
ここで翔真は初めて興味を示した。同時に、振り向いた翔真の目に少女の姿が映った。そこにいたのはヘアバンドにピンクのふわっとしたロリ服を着た小学2~3年生くらいの女の子だった。女の子は目を輝かせて翔真に詰め寄る。
「やーっと興味を持っていただけましたかお兄さん! どうです、お試し期間で今なら無料でお貸しいたしますよ!」
その姿は迫力満点だった。何もない広い場所のはずなのに、足は動かなかったし、不思議と動こうとも思わなかった。
「……まあタダなら使ってやってもいいけど」
「では決まりですね!」
そう言って女の子は指をパチンと鳴らす。すると翔真の手に一枚のチケットのようなものがヒラヒラと舞い降りてきた。
「……何だこの見るからに胡散臭いチケット」
というのも、そこに書かれていたのは『人生優待券 あなたの人生を何物にも邪魔されない素晴らしいものに』といういかにも怪しげな信用できない文字だったからである。
「では、三日後、ここでもう一度会いましょう! そこでこれを買うかどうか決めておいてくださいね!」
少女はそんなことを一方的に言ってフッと姿を消した。それこそ今までの出来事が全て幻であったかのように。だが、それが幻でも何でもない事は翔真の手に握られたあの怪しげなチケットが証明していた。
「一体何だったんだあいつは……」
翔真はよく分からないままにそのまま帰宅の途に就いた。
次の日、翔真は結局そのチケットをお財布に入れて出勤した。すると、
「おお、浅中君、ちょうどいいところに来た」
あごひげの立派な四十代後半の男性が翔真に話しかけてきた。翔真は少し表情を硬くする。というのも実は、この人物は普段部下にめったに話しかけてくることのない翔真の上司である。この上司が話しかけてくることと言えば、翔真を叱るときくらいなものなので、翔真には悪印象しかない。そんな人物が話しかけてきたので、もちろんいったい何事だろうと身構える翔真だったが、
「今日私のおごりで飲みにいかないかね? いい店を見つけたんだ」
内容は驚くほど拍子抜けするものだった。そして、この上司が部下を飲みに誘う時というのは決まって何か大事な仕事を任せる時なのだ。
「はい、もちろんご一緒させていただきます!」
翔真は二つ返事でこう答えたが、なぜ自分がいきなり誘われたのか、その疑問は頭の中にグルグルと回ったままだった。
普段通り仕事をして、昼休み、お昼を食べに行こうと会社をひとまず出た翔真はふと目の前の有名な中華料理店に目が留まった。人気店だけあって長蛇の行列ができている。
「……行ってみるか」
普段の彼ならその辺りの安いお店で食事を済ませてしまおうと考えてしまうため、長い列に並んで中華料理を食べるというのは決してあり得ない行動ではあったが、今日の翔真は何か違っていた。そして、その思い付きの行動は、またもや翔真に幸運をもたらした。それは彼がその中華料理店に入った直後だった。
「おめでとうございます! あなたは当店百万人目のお客様です!」
ドラの音とともに、そんな店の人の声が響いたのだ。
「えっ、嘘だろ……?」
周りの客までもが翔真に盛大な拍手を送る。驚いている翔真に店主は懐から何かの券を取り出した。それはこないだ翔真が女の子からもらったチケットに似ていたが、それとは全く違っていた。というのも、そのチケットに書かれていた文字が『お客様優待券』というものだったからである。
「これは……?」
「百万人目の方にプレゼントしようと思っていた優待券です。これをお持ちいただければ今日から一年間はあなたのここでのお食事は無料になります」
「無料!? それってタダってこと……だよな?」
「ええ、それはお客様優待券、ですから」
「……」
翔真はキツネにつままれたようにそのお客様優待券を見つめるのだった。
「……いったい今日は何だったんだ?」
上司との飲み会を終え、会社でしようとしている一大プロジェクトの代表を任された翔真は帰宅の途につきながらこう呟く。そのあとの翔真もツキは止まらず、くじ付きの自販機の飲み物を買えばもう一本当たり、通路に落ちていたゴミを拾えばたまたま通りかかった社長に褒められる、といった具合に何をしても幸運が舞い込んできていた。
「これも、この券の力……なのか?」
財布からあの胡散臭い人生優待券と書かれたチケットを取り出す翔真。どうも信じたくはないが、さすがにこれだけの幸運が立て続けに起こったのでは信じるしかなかった。
「ま、もっと気になるのはこんなもんを持ってたあいつだけどな」
そんなことをふと思う。この券をくれた女の子、あの子は今どうしているのだろう。何故か券を渡した直後にどこかに消えてしまったのは気になるところだったが。
「……あの元気さなら心配するだけ無駄って話か」
そしてもう一回その券を見る。
「とりあえず本物……だったんだな」
「何が本物なの、翔真?」
とその時、翔真に後ろから声をかけてきた人物がいた。
「わ、わわわっ!」
翔真はびっくりして人生優待券をはらはらと地面に落としてしまった。それをその声をかけてきた人物が拾って翔真に渡した。
「まったく、相変わらずそそっかしいんだから」
「……美奈、おどかすなよ」
そこにいたのは、翔真の幼馴染にして腐れ縁の仲を持つ堀川美奈だった。しかし、ここ最近は互いに忙しく、あまり会う暇もなかった。これもこの券のおかげなのだろうか。
「どう、空いてるなら付き合わない? 久しぶりにゆっくり話がしたいの」
美奈はそう言って翔真を誘う。『思いついたらすぐ行動』は彼女の性格だった。
「ああ、せっかく久しぶりに会ったことだしな、俺も付き合うよ」
翔真もそれを快くOKした。
「で、さっき持ってたのって何?」
バーについて一通り近況報告をし終わった二人は、そのまま軽く一杯をあおっていた。今の発言はその時彼女がふと聞いてきたものである。
「それが、小さい女の子に『三日間だけレンタルします』って言われて借りてみたんだよ。そしたらさぁ……」
翔真は少女とのやり取りは省いて、今日の出来事をひとしきり話した。
「……それってもしかしたら幸せガールかもね」
話を聞いた美奈は少し考えてそう言う。
「幸せガール?」
「うん、最近の都市伝説。大体高校生くらいの女の子が何でもついてなかったり落ち込んでる人のところに現れては幸せを配り歩いてるみたい。いわば人生の救済者ってところなのかしらね」
「救済者……ねぇ。でも俺と会ったのはもっと小さな小学生くらいの女の子だったぞ?」
美奈の説明にやや首をかしげる翔真。
「だって、翔真、そのよく分からないチケットもらってから急に幸運になり始めたんでしょ? たぶん十中八九幸せガールで合ってると思うんだけどな。あくまで噂だし、きっと見間違う人がいたのよ」
「……そんなもんかなぁ?」
「そんなもんよそんなもん。とりあえず翔真はその幸せガールに選ばれた不幸人間だったのよきっと。だってそうじゃなきゃいろいろ説明がつかないもん」
納得のいっていない翔真に美奈はそう言いくるめた。
「不幸人間ってお前な……」
言い返そうとしてはみたが、言葉が止まる。翔真にもそれは無理だった。確かにこのチケットをもらう前の自分は確実に不運続きだったからである。
「ね、言い返せないんでしょ?」
「……悔しいけどな」
「でも、前に会った時より翔真の顔、かっこよく見えるかも。きっとその幸せガールのおかげだと思う」
「……何だよそれ、からかってるのか?」
「ううん、本心よ」
頬を一瞬赤く染める美奈。バーの雰囲気のせいなのか、はたまたお酒のせいなのか、翔真にも美奈は魅力的に映っていた。
「とりあえず、その幸運は手放さないようにしたほうがいいよ」
「……」
美奈はこうアドバイスして、その話題を打ち切った。
「それじゃ、またな」
「うん、またね翔真」
バーを出た二人はそのまま別れた。翔真としてもこのまま朝まで飲み明かしたいところではあったが、次の日に仕事があることを考えるとこれ以上外で飲むわけにもいかなかったのだ。そのままひとり歩き続けた翔真はふと気づく。
「……あれ、昨日の歩道橋だ」
どうやら知らぬ間にここに足を運んでしまったようだ。別にこのルートでも帰れないことはないので、そのまま歩道橋を渡る。すると、
「おやおやお兄さんじゃないですか! まだ期限まで二日ありますけど、いったいどうなさったんですか?」
そこにいたのは昨日と同じ服を身にまとった少女だった。
「……なあ、お前って都市伝説……なのか?」
翔真は言うつもりもなかった言葉を思わず紡ぎだしていた。
「……ばれてしまいましたか。ええそうです、少女Sとは仮の名、その正体は幸せガールと騒がれている都市伝説なのです! どうです驚いたでしょう!」
「……ああ、自分で言ってるせいで神秘的だった雰囲気が台無しだよ」
「なな、何と! そんな弱点があったとは……。こっちのほうが商売繁盛には向くって某有名占い師さんにお聞きしたというのにっ!」
「自分のスタンスくらい自分で決めとけよ……。人に頼ってる時点で何かいろいろ違うと思うぜ」
「うう……」
返す言葉もない女の子。
「まあ落ち込むな。失敗なんて誰にでもあるさ。……ああ、んで、聞きたいことがあったんだよ」
「聞きたいこと……ですか?」
女の子はそう尋ねる。予期せぬ質問だったのだろう。
「俺にこれを渡した理由を聞きたいと思ってさ。良ければ聞かせてくれねーか、幸せガールさんよ」
美奈の話を聞いてなおさら考えたのは、何故自分に白羽の矢が立ったのか、ということであった。噂の通りならもちろん美奈の言った通り不幸そうな人だったから、ということになるが、どうもそれだけではないように見えたのだ。どちらかというと、翔真が不幸そうにしていたというよりは、女の子が構ってほしそうにしていたという方が正しい。それは、翔真が無視したのをどうしても話を聞いてほしいと必死になって止めたことからもうかがえたことだ。
「……それはですね、実は誰でも良かったんです」
すると女の子は白状したようにそう言った。心なしか表情が少し沈んで見える。
「誰でも……良かった?」
「ええ、私って見て分かると思いますが、まだ幼いじゃないですか。私、生まれて間もない幸せガールなんです。だから、お兄さんが初仕事だったんですよ」
「確かに、何かちっちゃいとは思ってたけど……」
翔真は納得する。それなら噂と違ってこの子が小さい女の子だったことも納得できるし、翔真に必死に売り込みをかけていたのもうなずける話だ。元気に売り込んでいたのは彼女の地の口調で、きっと今話している口調が本来の幸せガールの口調なのだろう。
「そうそう、それから幸せガールには続きのお話があるんです。ただ幸せを運んでくるだけじゃないんですよ? 多分お兄さんの聞いた話の続きになりますけど」
「……続き?」
翔真は聞く。これは美奈からは聞かなかった話だ。
「はい、幸せを求めて私の配ったものを買ったお客さんは、やがてその倍の不幸を背負って自らを破滅へと追い込むんです」
「は…め……つ?」
声も途切れ途切れに翔真が聞き返す。
「はい、幸せと不幸というのは常に隣り合わせ、そしてどちらもイーブンであるのが普通です。ところがそのバランスを無理に崩して幸運ばかりを求めると、あとあと今までとは比べ物にならない最悪の不幸が訪れるんです。私たちは幸せを配っているふりをして、実は皆さんを破滅に導くのがお仕事なんですよ」
「……本当なのか?」
「ええ、私は嘘はつきません。それでも信用できないというなら、その証拠に渡したチケットを見てみてください」
「チケット……?」
手に持っていたチケットをよく見ると、かなりチケットの色が黒ずんでいた。おそらく翔真が今まで気付かなかったのは夕闇のせいだろう。
「そのチケットはもらった人が幸せになる分、黒ずんでいくんです。最終的に真っ黒になったチケットは、その不幸を持ち主に吐き出し、その役目を終えるんです。で、その不幸エネルギーはチケットの持ち 主が幸せになった分だけ、吐き出された時に持ち主を不幸にするんです。ほら、うまい話には裏があるって言うでしょう?」
「……なるほど、な。でも、俺はまだ聞きたいことがあるぞ」
得意げに語り終わったはずの女の子を見て、翔真は辛そうな顔をする。
「何ですか? 私はあなたを騙していた幸せガールです。嫌ってくれこそすれ、興味を持たれるような話なんて一切してないんですよ? 今さら何を聞きたいって……」
「……どうして、どうしてお前は泣いてるんだよ?」
女の子の顔からは涙があふれて幾粒も幾粒も頬を伝って流れ落ちていた。今までの女の子の話は紛れもなく嘘ではない。
「ただ騙してただけなら、そんな辛そうな顔しなくていいはずだろ。お前は……何でそんなに辛そうな顔してるんだよ?」
なのに、女の子は涙を流し続ける。声も出さずに泣いているところを見ると、おそらく自然に溢れてきてしまっているのだろう。
「だって、だって、お兄さんは私の初めてのお客さんですよ! お姉さんには甘すぎるって言われましたけど、でもそれでもお兄さんは、私が何人もの人に声をかけても気付いてすらもらえなかったのに初めて振り向いてくれた大事な人。だから……」
女の子はそう言って涙をぬぐう。
「お兄さんの記憶を奪って、お兄さんと私の出会いをなかったものにします! それだけチケットが黒ずんでいたら、そのエネルギーをすべて使えば、私とお兄さんは赤の他人に戻れます! そしたら、お兄さんは不幸にならなくて済む。それが、私がお兄さんに不幸のエネルギーを与えることなく、お兄さんとの関係を断ち切れる唯一の方法なんです!」
「待てよ、勝手に決めるな! お前が不幸のエネルギーを俺に与えないようにする方法とかあるんじゃないのか?」
翔真は聞く。大抵こういうものには抜け道というものが存在するからである。しかし、
「私の知る限りでは、そんな方法は存在しないです。そんな方法があったら、私たち幸せガールの噂はもっと違ったものになってますから。噂を広める人がいないから、私たちの噂は最初の幸せになれる方しか広まらないんです。それに……」
女の子はそこまで言いかけて止まる。
「それに?」
「それに、期限通りの時間以外に私に会ってしまった人は、どの道私の能力を使って消さなきゃいけない決まりなんです。私は三日後って言ったのに、お兄さんは次の日に来てしまいましたから。だから、それも含めてその不幸のエネルギーをあなたの記憶消去に使わせていただきます」
「……そんな、そんなのってあるかよ。せっかく、やっと話せたんじゃねーか。お前だって、俺と話してて楽しかったはずだろ!」
「楽しいと、仕事は別物なんです。たとえどんなに悲しくたって、どんなに今話した時間が楽しくたって、私も幸せガールの端くれなんです。だから」
女の子がパチンと指を鳴らすと、ステッキのようなものが出てきた。
「やめろ、まだ何か方法が……」
「これでお別れです、お兄さん」
そのステッキを一振りすると、チケットにため込まれた黒いエネルギーが翔真を襲う。
「あ、あああぁぁああ!」
「ううっ……、ごめんなさい、ごめんなさいお兄さん! こうするしか、こうするしかないんです!」
女の子は目を逸らす。翔真の苦しむ姿を、彼女は見たくなかったのだ。しかし、
「あき……らめるな」
「えっ……?」
「こっちを……見ろ」
その声に女の子が翔真の方向を見ると、翔真は全ての不幸のエネルギーを取り込んでいた。本来彼女が振るった脳に行くはずのエネルギーは、体全体へと吸収されていた。
「そんな、どうして……。私は、記憶を消すためだけに、お兄さんの記憶にだけこのエネルギーを集中させたはずなのに、どうしてお兄さんは苦しむ方を……」
「……これは、俺の持論なんだけどな」
翔真は女の子の声を途中で遮ってそう答える。
「例えどんなに……自分が苦しくなくなっても、それが他の人を苦しめるっていうのは、許せないんだよ。みんなが、幸せになれない限り、俺の世界を変える何かってのは、手に入らないんだ。だから」
翔真はそう言って歯を食いしばる。
「俺は、これを受け止めきって、お前を不幸にはさせない。幸せガールが不幸になるなんて、そんなの、そんなのおかしすぎるもんな?」
次の瞬間、翔真の周りに渦巻いていた黒いエネルギーは翔真に完全に取り込まれ、消失した。
「嘘、消えた……?」
「こういうのを、奇跡って、言うんだろう……なぁ」
翔真の意識はそこで途絶えた。
「お兄さん、お兄さん!」
女の子は翔真をゆするが、翔真の目は覚めないままだった。
「……ん、ここは……どこだ?」
翔真が目を覚ますと、見慣れた天井が目の前にあった。どうやらここは自分の家らしい。しかし、一体なぜ自分はここにいるのだろう。そう考えようとしたその時、
「大丈夫……ですか?」
目の前に、見慣れた女の子がいた。その子はさっきまで幸せガールとして翔真の記憶を消そうとしていたとは思えないような心配そうな表情をしていた。
「どうして、どうしてそこまでするんですか、私なんかのために……。あなたは、あなたはあのエネルギーを取り込んでしまったから、これからお兄さんの身の上には、大きな不幸が降りかかってしまうんですよ?」
そこで翔真は全てを思い出した。
「……あのさ、俺、確かに不幸だったのを変えたかった。でも、あのチケットで幸運が続いたとき、これは違うって思った。幸せってのは自分でつかむもんだし、自分の運命だって自分で切り開くものだと思ったんだ。だから、俺はお前が俺の道を決めようとしたことが許せなくて、それで逆らった」
「そんなことの、ために……」
女の子は再び涙を流す。が、彼女はそこで言葉を止めなかった。
「でも、ありがとう、嬉しかったです」
「そっか。その言葉が聞ければ、それでいい」
翔真はすっかり安心した顔を浮かべる。
「……ねぇ、お兄さん。私、ここに住んでもいいですか?」
「ああ、別に……」
いいよ、と言いそうになって、翔真は慌てて飛び起きる。
「いや、良くない、良くないぞ。何でそうなる?」
「えっ、だってお兄さんが記憶を消させてくれなかったから私幸せガールとしての使命果たせなかったんですよ! このまま何もしないで家族のところになんて帰れません! それこそ親不孝者になってしまいます……」
女の子は人差し指を突き合わせて顔をうつむかせる。
「……そういえば、お前都市伝説だったんだっけ」
しまったと思う翔真。これは明らかに自分のせいだ。実際この結果は翔真のわがままに他ならないのだから。
「……ダメ、ですか……?」
「……ああもう、分かったよ。好きにしろ」
なので、こう答えざるを得なかった。すると、
「ふふ、ありがとうございます! あ、そうそう、私の名前はユーリっていうのでそれでお願いしますね! さあ、じゃあここを拠点に幸せを求める人を不幸にしていきますよー!」
「お前、変わったかと思ったら全然変わってねえのな……」
翔真はため息をつく。翔真の苦悩の日々はまだ始まったばかりだ。