すれ違い
2、3分後、校舎から体育館への道を佐藤が通った。
快く見送ったものの、本当に大臣と月下美桜が会えるかどうか気になったため、様子を見に来たのだ。
半分は大臣のため、半分は自分のジャーナリスト根性のため、だ。
いや、ジャーナリスト根性が8割くらいか……。
「おお! 若人よ!」
突然の声に佐藤は驚いて校舎の脇にある大木に目を向ける。
一昨日の戦慄が蘇る。
「うわあぁ!」
「ま、待て。ワシは怪しい者ではない。」
佐藤は逃げだそうとしたが、今度はすぐに声をかけられて立ち止まった。
よくよく相手を見てみると、全く悪意を感じない。
あの日はその前に大熊や神野に絡まれていたので、余計に恐怖を感じてしまったのかもしれない。
「は、はい……。何でしょう?」
「ワシは一昨日お主が触った大木の精霊じゃ!」
あまりに突っ込みどころが多すぎて佐藤は逆に気が抜けた。
「はぁ……。思いっきり怪しいんだけど……」
精霊はわかりやすく肩を落とし、うなだれて落ち込んだ。
「ワシが良いものをそなたに授けようというのに……」
「そんなことより、オレ急いでるんで、失礼するね」
佐藤は精霊の言葉など意に介さず、すぐに体育館の方に視線を移した。
「ま、待て。お主の用事の後で良いから話をさせてくれい」
「えー」
「お主にデメリットはないぞ」
「絶対だな? じゃあ、いいよ」
「よし」
ジャーナリストたるもの、自分の価値観で計れないものこそ受け入れるべき。佐藤は父親の言葉を思い出した。
精霊は枝から飛び降りて佐藤の肩に乗った。
佐藤は身をすくめたが、不思議と重さはなかった。
そして、思っていたより精霊は小さかった。自分の肩に乗って、精霊がしゃがむと頭の高さは同じくらいだ。
「さて。余計なのに時間を取られたし、急ぐかな」
そう言って佐藤は体育館に向かって走り出した。
「いちいち、小うるさいやつじゃ」
弾正光輝は体育館の南側に来ていた。
この学校の体育館にはいわゆる演壇が存在しないが、入学式や卒業式等のイベント時には仮設の演壇が北側に設置されるため、ここが裏側だと思っていた。
朝から生きた心地がしていなかった。
もてるためとはいえ、何で自分は粋がってしまったんだろう……。
そんなことばかり考えていた。
東側から神野鉄拳やその取り巻きが来たら、自分は袋だたきにされてしまうのだろう。
高校に入学してすぐに学年一のイケメンとして注目され、いい気になっていたが、それも今日で終わりかもしれない……。
とにかく本当のことを話して許しを請うしかない。
そんな弱気な決意をしていると、体育館の東側から足音が聞こえた。
「ひぃ!」
見えた人影から一度目を離す。
「え……?」
むしろ人影から意外な声が聞こえ、弾正も相手を見た。
「え、えっと。……ざ、財津だっけ……?」
そこには財津大臣が立っていた。
大臣が月下美桜と会えるかと心配になった佐藤であったが、変な精霊に絡まれた後、すぐに神野鉄拳とその取り巻き2人を発見し、尾行していた。
「まさか、あいつらも体育館の裏!?」
弾正光輝が果たし状を受け取ったことは知っていたが、体育館の裏を指定しているとは確認していなかった。
というか、どいつもこいつもラブレターやら果たし状やら、いつの時代の人間だよ! しかも、『体育館の裏』って……。
そもそも、うちの学校、『体育館の裏』がどこかわからねぇよ!
などと脳内で苦情を叫ぶ。
「尾行とは、変な趣味じゃの」
突如精霊が話しかけてきた。
「しー! 黙って」
佐藤は精霊を睨んだ。
「ワシの声が聞こえるのはワシが見える人間だけじゃ。あやつらには聞こえんよ。
むしろ、お主の声は聞こえるから注意した方がいいぞい」
佐藤は黙ってうなずく。
それなら話しかけんじゃねー! と思ったが、必死で飲み込んだ。
神野たちは体育館の北側から西側に曲がっていった。
佐藤も追いかけ、体育館の北側から覗き込む。
「!!」
月下美桜だ。
声は聞こえないが、月下美桜が神野鉄拳に絡まれている。
佐藤は助けに行こうと思ったが、大臣が来るかもしれないと思い直し、息を潜めて様子を見守ることにした。
「若人! 何をしておる! 助けに行くぞい!」
佐藤は無視する。
「若人! 女子が襲われんとしておるのじゃぞ! 助けに行かんとは、お主それでも男か!?」
佐藤が敢えて無視しているのを余所に精霊は続ける。
「若人! 行くのじゃ!」
「若人!」
「静かにしろ!」
ついに我慢できなくなり、佐藤は精霊の呼びかけに対して声を出してしまった。
はっと我に返るがもう遅い。
坊主頭の神野の取り巻きが自分の方に向かって来るのが見えた。
両手をポケットにつっこみ、肩お落とし、空を見上げてため息をつく。
「何がデメリットはない、だよ……」
苦し紛れに精霊に文句を言った……。




