トラウマ
「いやぁ、まじ恐怖体験だったわ……」
翌朝、登校した佐藤はすぐに大臣のもとに行き、愚痴をこぼした。
まったく明るい話ではなかったが、大臣は一瞬ホッとした表情を見せ、しかし、すぐに申し訳なさそうに謝った。
「ごめんね……。巻き込んでしまって……」
「いいのいいの。そんなの。結果的に無事に逃げ切れたわけだしな。そんなことより、聞いたか? 今朝、神野鉄拳が顔面にアザ作って登校したらしいぞ」
「神野鉄拳って……」
「昨日、オレらのことをカツアゲしに来たやつさ。大熊って言ったか? 昨日はあのでかいやつの取り巻きみたいな感じだったけど、この学校じゃ手ぇ出すような奴はいないって程の人間だ。よその学校の奴とやり合ったのか、世間知らずの1年が無茶したのか、はたまた大熊ってのにやられたのか、謎は深まるばかりだぜ……」
佐藤は興奮している。
朝起きたときは、昨日藪で遭遇した出来事について大臣に話そうと思っていたのだが、今朝のあまりの出来事に、既に興味は完全にそちらに向かってしまっている。
親譲りのジャーナリスト根性なのか、学校やクラスで起こる事件を見つけては調べてくる。その過程でどこで入手したのかわからないような情報を大臣に伝えてくるのだ。
「しかし、一部の噂によると、オレらと同じクラスの檀上光輝がやったんじゃないかって話だ。あのイケメン、どうやら空手の段持ちらしい」
「そうなんだ……。なんかそんな風には見えないけどね」
「まぁ、噂は噂だ。もう少し調べてみるけどな。
おっと。先生が来ちまった。また後でな」
「うん」
佐藤は自席に戻っていった。
朝礼が始まったが、先生の話など耳に入らず、大臣はぼうっと窓の外を見てため息をついた。どれだけ落ち着こうとしても、右手の震えが止まらないことを思考の中心からどけることができなかった。
春先の雨の日、傘も持たずに立ち尽くす大臣。その横でうずくまり唸るあの大男、大熊。そして、その取り巻き。
全身が震えていたのは寒いからではない。恐怖からだ。
血液が一気に冷えるようなあの感覚が、今起こっている出来事であるかのように鮮明に蘇ってくる。
すぐに意識をそこから離すが、気持ち悪さだけは拭えなかった。
高校に入ってしばらくこんなことはなかったのだが、昨日の一件を経て、また発作が復活してしまったようだ。右手は相変わらず震えている。
佐藤が情報収集だといって休み時間はどこかに飛び回っていたため、大臣が一人で過ごす時間が多かったこともあるかもしれない。
苦しさが拭えないまま、ただひたすら発作に耐え続け、気づくとこの日の授業が全て終わっていた。
「ミオさーん! 一緒に帰りましょーー!!」
いつも通り月下美桜の追っかけがやってきてあっという間に去って行った。
月下美桜の追っかけたちを除き、いよいよ初めての中間テストという雰囲気も強くなっており、クラスのみんなも早く帰って行った。
気づくと大臣と佐藤だけになっていた。
「事の真相まではつかめなかったが、神野はこの件で完全にキレちまっているみたいだ……」
佐藤はこの日も収集した情報を大臣に説明していた。というか、大臣はあまり興味がないので、佐藤が一方的にしゃべりたいようにしゃべっていた。
「こりゃあ、久々に『あれ』が来るかもしれないな……」
「あれ?」
「おう。オレらが入学する前には結構あったらしいんだけどな……」
大臣は改めてこの男の情報屋としての能力に感嘆した。自分たちの入学前の話までどれだけ仕入れているんだ……。
そのとき、ドアから檀上光輝が入ってきた。日直だったため、先生に日誌を提出してきたようだ。
「おう。お疲れ! お前空手やってんだってな?」
佐藤がすぐに話しかける。
大臣とは違い、佐藤はクラスの誰とでも会話ができるタイプだ。
「おつかれ。誰から聞いたのさ? そんなこと。確かにやってるけどさ」
「情報ソースは明かせないぜ。それがプロのプライドってやつだ」
「ははは。名前も外見も思いっきり普通のくせに面白いやつだな」
「褒め言葉と受け取っておくよ。強くてかっこいいイケメン様」
「そんなに言っても何も出ねぇけどな。まぁ、事実だし」
自分のイケメンぶりを存分に自慢するような口調の檀上と、それをかわしながら嫌味のような返事をする佐藤の会話に、大臣は全く入りこめなかった。
そもそも檀上とも会話したことなどない。
「しかし、神野の果たし状がまたどこかに入るかもしれないからお前も気を付けろよ」
身支度を終えて帰ろうとする檀上に佐藤は忠告した。
「その時は返り討ちにしてやるよ」
檀上も強気で返して教室を去って行った。
「ふぅ。空手やっているか聞くだけのために、どんだけイケメン様の嫌味を聞かないといけないんだ……。あいつあのイケメンぶりで隣のクラスの女子とかからも人気があるらしいけど、オレからしたら何がいいのかわからんね。しゃべったら、あれ、だからな」
佐藤は愚痴をこぼすが、大臣にはお互いさまに見えた。
「でも、果たし状なんてそんなマンガみたいなことをやる人がいるんだね」
「オレも最初は『本当かよ』って思ったけどな。まぁ、オレらは何もしてないし、情勢を見守ることにするかね」
「今『オレら』って言ってたけど、僕も入ってるの?」
「当然だろ? こんな話聞いてくれるのヒロオミしかいねぇしな」
そんな他愛もない会話をしながら2人で下校した。
下駄箱を通るときに遠くから自分たちを観察している人物がいることには気づかなかった。




