急襲
夜7時近くになり、2人での勉強会はお開きになった。
「いやぁ、いろいろ教えてくれて助かったわ。サンキューな」
「ううん。僕の方こそいつも一人だから、佐藤君がいてくれて楽しかったよ」
大臣はにこやかに返す。至って普通のトーンだ。
「若干重たいコメントだな……」
佐藤は冗談めいた口調で突っ込みを入れた。
「駅まで送っていくよ。僕も夕飯を買いに行くし」
「おう。じゃあ、お邪魔しました」
2人は財津家を出て、徒歩10分程度の最寄り駅に向かう。
夏も近いとはいえ、夜7時にもなると既に辺りは暗かった。住宅街で商業施設も駅前にしかないため、佐藤は道中余計に暗いように感じた。少し離れた電柱や看板もよく見えない程に暗い。都心部の駅近くに住む佐藤からすると異質な光景であった。
「佐藤君、ちょっとストップ……」
2、3分歩いたところで、大臣が突然佐藤の前に手を伸ばし、歩みを止めた。
「お、おう……」
初めて大臣が放つ緊迫した雰囲気を感じ取り、肩をすぼめて周囲を見渡した。
暗くて正確に表情や服装を確認できないが、4つの大柄な人影が前方から近づいてくるのが分かった。
「よう。財務大臣」
人影の中で一番大きなシルエットが野太い声でこちらに話しかけてきた。
誰を呼んでいるのかわからなかったが、明らかに自分たちに向けた言葉であることだけは認識した。しかし、佐藤は相手の放つ凶暴なオーラに声が出なかった。
「『ざいつひろおみ』です」
大臣がすぐに答える。
びっくりして大臣の方を見た。
大臣の表情が今までに見たこともないくらいこわばっていた。暗闇でほとんど見えない状態であるにも関わらず、その額から流れる尋常ではない量の汗も鮮明に見えた気がした。
とにかく異常事態が発生している。
「連れねぇなぁ。この前まで恵まれない俺らに金をくれてたじゃねぇか。高校生になって小遣いは増えたか?」
変わらず乱暴な口調で話しながらその大柄な男は近づいてくる。
近づけば近づく程、自分たちに向けられた殺気が強まってきていると感じた。
「いえ。変わっていないですよ」
「ってことは、20万もらってるんだろ? だったら、今まで通り俺らに恵んでくれよ。
それに、今日は連れもいるから多めにな」
20万という数字を聞いて、大男の連れと称された3人が「おお!」とどよめいた。
佐藤は2人の会話を聞きながら、この大柄な男が昔大臣をいじめていた人物であることを理解した。いじめられていたと聞いていたが、まさかこんなにも凶暴そうな人物にいじめられていたとは思っていなかった。しかも、お金のやり取りまでしていたとは……。20万円の小遣いも初耳でびっくりしたが、そんな事はどうでもよくなるくらい自分の中の危機意識が大音量でアラームを鳴らしていた。
「あなたに渡すようなお金はもうありません」
大臣も声は震えているが、毅然と答える。
「はぁ!?
そもそもお前には慰謝料ももらってないだぞ!!」
大柄の男の口調がより荒くなる。
佐藤には相手の言葉の意味が分からなかったが、大臣の緊張がより強くなったのを感じた。
既に顔が認識できるくらい男たちは近づいてきていた。
大臣や佐藤も少しずつ後ずさりしていたが、それでも相手が近寄るペースの方が早かった。
「!!
かみの、てっけん……」
佐藤は驚いてつぶやいた。
その声は相手には聞こえていなかったが、大臣には聞こえていた。
「かみのてっけん?」
大臣も小声で佐藤に確認する。
「おう。神野鉄拳だ。うちの高校3年で、先生も全く抑えられない高校一番の不良グループのリーダーだ。去年も、前の生活指導の先生を病院送りにして警察沙汰になったらしい」
「そうなんだ……。さすが、情報通だね」
「そんなこと、今はどうでもいいだろ! どうにかして、やり過ごさないと……」
こんな状況でも緊張感は伝わってくるものの、会話がいつも通りの大臣に対して、佐藤は少しいらだちを覚えた。小声で会話しているものの、その怒気がこぼれ、不良たちに会話しているのを知られてしまった。
「おい! お前ら! 何勝手に話してんだ!?」
自分たちだけではなく、その場の緊張感が増すのが分かった。
「佐藤君、こっち」
大臣に手を取られ、佐藤もその場から逃げ出した。
「おい!!」
不良たちもすぐに追ってくる。
後ろを振り返る余裕はない。大臣と佐藤は全力以上の力を出して駆けた。




