財津大臣
「今日さ、お前の家行ってもいい? 一緒に中間テストの勉強しようぜ。あと1週間しかないしさ」
帰りの電車の中、しばらくの沈黙の後佐藤が口を開いた。
「うん。いいよ。別に親もいないし」
「お前のところも相変わらず、か」
「うん。2人とも株主総会の準備やら海外視察やらでしばらくまともに帰ってこないって」「はは。毎度のことだけど、やっぱり完全に子供放置ってすげーな。まぁ、うちも母親は北海道、父親はアメリカに取材に行ってていねーけど」
「佐藤君のうちは2人ともジャーナリストだもんね」
「とはいえ、うちはばーちゃんがいるからな。家族代々みんな経営者で、まじでお前しかまともに家にいない状況と比べたらましなもんさ。飯も出てくるし」
「そうかぁ。でも、僕も小さい頃からずっとだから、一人で生活するのがもう当たり前になってて何も感じないけどね」
「それもどうかと思うけど……」
その後も日常的に2人の間で交わされる親への不満を交わしながら大臣の家に着いた。
「相変わらず、でっけーな!!」
都心近くの閑静な住宅街に似つかわしくない程大きな邸宅である。
「どうぞ。入って」
大臣は門を開けて佐藤を中に入れた。ホテルのロビーのような玄関を通り2階の大臣の部屋に向かう。
「ちょっと飲み物持ってくるね。適当なところに荷物置いて待ってて」
「おう。サンキュー」
家自体もそうだが、大臣の部屋も広く、学習机とベッド、大型テレビの他にダイニングテーブルほどの大きさの会議卓が置いてあってもまだまだ広くスペースが残っている。
壁には「命名 大臣」と書かかれた、既に茶色く風化した紙が貼られている。それぞれが大企業の経営者である両親が、内閣総理大臣になって欲しいと思ってつけられた名前らしい。佐藤はそう大臣から聞いていた。しかし、部屋のレイアウトも張り紙もほぼ大臣が生まれた時から大きな変化がないらしい。自分も特殊だと認識している佐藤にとっても想像ができないような家庭環境である。
佐藤が会議卓のような机について勉強の準備をしていると、2リットルペットボトルとコップを2つ持った大臣が部屋に戻ってきた。
大臣も勉強の準備をし、しばらく2人で勉強をしていた。
「しかし、オレ以外のクラスのやつはお前がこんな生活しているなんて夢にも思わねぇだろうな」
1時間ほどは時々佐藤が大臣に勉強の質問をするくらいの会話だったが、「少し休憩」と言って佐藤は大臣に雑談を仕掛けてきた。
「うん。誰にも言ってないしね」
「月下美桜に言ったらいいんじゃねぇの? お前に興味持ってくれるかもよ?」
「え? そんなの言えないよ」
「まぁ、そうか。入学式で一目惚れして以来、一言もしゃべれてないんだろ? しかも、この前の遠足で同じ行動班で遊園地を回ったにも関わらず」
「う、うん……。でも、遠足のときは月下さんだけじゃなくて、他の人ともほとんど会話してないから」
「それ、言い訳になってないし、そもそも問題じゃね? まぁ、一緒に乗ったはずの絶叫マシーンの写真で誰もお前を発見できなかったくらいの影の薄さだから仕方ないのかもしれないけどさ」
「でも、やっぱり目立つのは怖いし……」
「前に教えてくれたやつだろ。小学校、中学校でいじめられてたって。確かにお前、知らない人が見ても気が弱そうだし、小柄だし、いじめる対象になりやすいのかもしれないけどな。
とはいえ、クラスにはオレもいるし、いじめるようなやつもいなさそうだし、もう少し存在感出してもいいんじゃね?」
「う、うん……。そうだね……。考えてみるよ」
「というか、お前意外と勉強できるし、今回の中間テストの結果次第じゃあ、結構目立つと思うけどな」
「それなら、適当に間違えてそこそこの成績になるように気をつけるよ」
「……。それはそれで、加減したお前より成績の悪いやつが可哀想だけど……」
少しの沈黙の後、今度は大臣が切り出した。
「ところで、さっきの問題は終わったの?」
「お、おう。痛いとこ突くね。もう少し、かな」




