証拠
やばい!
佐藤は直感的にそう感じた。
実際は神野やその取り巻きが自分を含めて月下美桜や大臣に危害を加えていたが、今の状況は大臣だけが動ける状態にある。
これは勘違いされる可能性が高い。
佐藤は急いで自分の右ポケットに手を伸ばした。
「また問題を起こしたのか、君……。大丈夫か?」
警察官は神野に手を差し伸べる。
警察沙汰のトラブルを何度も起こしている神野は警察からもよく知られているようだった。
神野は嫌な顔をしながらも無言で差し伸べられた手に捕まった。
「見て分かるだろ? 今日は被害者だよ」
ふてくされるように神野は言い放った。
神野を引き上げ、座らせた後、警察官は大臣の方に向き直った。
大臣は棒立ちになったまま、震えていた。顔色が悪い。真っ青だ。
「君がやったんだね……? 署に同行してもらうよ。いいね? 詳しく話を聞かせてもらうから」
警察官は大臣の手をつかみ、引き連れてその場から立ち去ろうと歩き出した。
大臣は抵抗しなかった。
「すみません。ご迷惑おかけします」
先生が駆け寄ってきて警察官に一礼する。
「負傷された生徒さんの介抱をお願いします。来れるようであれば、署に連れてきてください。話を伺う必要がありますので」
「分かりました」
先生との事務的なやりとりも済ませると、いよいよ警察署に向かおうと足取りを速めた。
「待ってください!」
呼び止める佐藤の声に警察官と大臣が歩みを止める。
「ヒロオミ、なんでそのままついて行くんだよ?」
大臣は答えなかった。ただただ震えていた。
「おまわりさん、そいつは悪くないです。そいつは僕たちを助けてくれたんです」
「どういうことなんだ? たしかに、神野はそこらで問題を起こす問題児だが……。神野は被害者だと言っているし、傷などの状況からも正しいように見えるが……」
「先に手を出してきたのはあっちなんです。僕は神野っていう人の取り巻きにやられました……。い、いてて……」
やられた感を出すために、佐藤は自分の脇腹を押さえる。
「何言ってやがるんだ。オレの取り巻きにやられただ? 2人ともそいつにやられてくたばってるじゃねぇか!!」
神野が口を出してきた。
「そもそも、オレがやったっていう証拠はあるのかよ? 全部その財津ってやつがやったんじゃねぇか」
佐藤の勝手なイメージだが、神野はけんかで負けたからと言ってこういった苦し紛れのごまかしはしない人間だと思っていた。
なんかイメージ崩れるなぁ……、それとも何か裏にあるのか? ならば調べなくては……などと考えながら、佐藤は右手をポケットから抜き出した。
「証拠、ね。これじゃダメですかね?」
顔の前に出したのは手のひらに収まるサイズのレコーダーだ。佐藤は再生ボタンを押した。
『先公が何しに来た!? お前もボコられてぇのか!?』
神野の声が再生される。
神野の表情が曇る。
「やられている人はこんなこと言わないですよね?」
停止ボタンを押しながら佐藤はそういった。
「てめぇ……」
「こんな事件のときに録音しないとかありえないでしょう?
オレとしては、あんたが苦し紛れのごまかしをする理由の方が気になるなぁ。何か秘密があるんでしょ? その辺を詳しく教えてくれない?」
今度は佐藤が攻勢に出る。貪欲に情報を得ようとする佐藤はある意味大臣よりも手強いかもしれない。
「くっ……」
しかし、神野も答えない。
「はいはい。そういうのは警察で聞かせてもらうから」
警察官が割って入った。
「誤解してすまなかったね。そのレコーダー、証拠品として預かってもいいかな?」
「ちぇ。せっかく特ダネのチャンスだったのになぁ……。レコーダーは予備のがありますし、このレコーダーお貸しするのはいいですよ。でも、神野の事情とかは後で教えてくださいね?
あと、これで容疑も晴れたし、こっちの生徒は後で警察署に行くでもいいですよね?」
「ははは。おもしろい子だね。
分かった。この子も君も後で来て。署で待ってるよ」
警察官は大臣を解放し、佐藤からレコーダーを受け取った。
「神野! 結局またお前か! もう立てるだろ? 行くぞ」
神野は舌打ちしながら立ち上がり、警察官に連行されていった。




