圧倒
大臣の身体が少し傾いたかと思ったその瞬間、取り巻きの1人の腰がはね、身体がくの字に折れ曲がった。そして、そのまま崩れ落ちた。
起き上がらない。身動きもしない。
その様子に驚愕していたもう1人の取り巻きも、近づく大臣に気づくや否や、同じように腰を後方につきだしてくの字に折れ、崩れ落ちた。
何が起きたか佐藤にも分からなかった。もしかするとやられた本人達も何をされたのか分かっていないのではないだろうか。大臣がやったのだと思うが、それすら確証が持てない程あっという間の出来事だった。
「お、お前……。何しやがった!?」
神野は完全におびえていた。
突然の出来事に震えて動けない神野を放置し、大臣は佐藤と月下美桜の方に向かった。
2人を倒したが、まだ右手の震えと気持ち悪さは残っている。
あのときのような、相手の肋骨が折れ、普段は届くことのない場所まで自分の手がめり込んでいく気持ち悪い感触はなかったが、人を殴ること自体の気持ち悪さはぬぐえなかった。
途中佐藤と目が合い、佐藤から月下美桜の様子を見てこいとばかりの目線を送られた。
視線を合わせながら頷き、大臣は月下美桜に駆け寄った。
特に外傷もなく、息も安定しているのを確認した。一安心するとはだけた服が気になり、急に恥ずかしくなった。もちろん抱き上げて上体を起こしてあげるなんていうのはもっての他だ。せめてということで、その場に膝をつき、ゆっくりと自分の学ランの上着をかけた。
「ヒロオミ!」
そのとき佐藤の声が聞こえた。
振り向くと神野が隙を突いて大臣に襲いかかってきている。
膝をついた大臣の顔面を狙った右足の回し蹴りをさらに身をかがめてすんでのところでかわす。
「ちっ!」
神野は舌打ちしながら、まだ十分な体勢が取れていない大臣に対してさらに追撃を加えようと、今度は左足で大臣を蹴り飛ばそうとした。
その刹那。
神野の身体が宙に浮き、繰り出していた蹴りが空を切る。
自分の右足に痛みを感じ、足払いをされたのだと気づく。
着地して反撃に転じなくてはと考えていると、腹部に強烈な一撃を受けた。
大臣が身をかがめたまま、自分を横蹴りしていた。
なすすべなく数メートル先まで飛ばされ、地面に落ちた後も勢いが止まらず転がった。
遅れて全身に痛みが走る。
やられたのか……?
かろうじて意識はあったが、すぐに起き上がれるような状態でないことを悟った。
そして、視界の片隅でさらに大臣が自分の方に向かってくるのが見えた。
オレはとんでもないやつに手を出したのではないか……。
「や、やめろ……。やめてくれ……」
想像もしていなかった言葉が出た。
自分が命乞いのようなことをするとは……。
それくらい、自分と大臣の力の差は大きい。身体がそう認識してしまっていた。
しかし、大臣は止まらなかった。どんどん自分に近づいてくる。
神野は横たわったまま、これまで多くの標的にしてきたように、今度は自分が病院送りにされるのだと感じた。
そう思うと、大臣が自分に近づいてくるのがスローモーションのように感じた。
自分のところにたどり着くまでにあと
3歩……
2歩……
1歩……
大臣が立ち止まり、神野に向かって何かを話そうとした、そのとき。
「やめなさい!!!」
予想だにしない方向から大きな声が聞こえた。
その場にいた全員が同じ方向を見る。
弾正や先生がいた場所に警察が到着していた。
警察官は走ってこちらに近づいてきた。




