葛藤
視界の端で佐藤が取り巻き2人にやられているのが見える。
さらにその奥に月下美桜が倒れているのが見える。
2人とも何も悪くないのに……。
怒りがふつふつと自分の中で強くなっているのを感じる。
神野から受ける攻撃の合間に何度か自分も手を出そうとしたが、その度に発作が起こり、身体が硬直してしまっていた。むしろ、あの時の感覚が手に蘇っているように感じた。大臣の中で気持ち悪さがより強くなって動きを縛りつけていた。
また腹部にパンチを受ける。
耐えられる。自分は耐えられる。
でも……。
佐藤や月下美桜はそうではない。
こんな体験をしたことはないはずだ。
とても辛い思いをしているに違いない。
奥歯を食いしばる。身体の痛みもそうだが、何もできない自分自身への怒りがそうさせた。
「チビのくせに意外と頑丈じゃねぇか」
神野が余裕綽々と追撃を加えようとする。
隙だらけだ。
大臣は決死の覚悟で右手を握りしめた。まだ右手は震えているが、いける!
がら空きの神野の腹部に向かって右手を突き出した。
が、全く手応えはなかった……。
明らかに途中で勢いがなくなってしまい、ただ拳が神野のみぞおちに当たっただけだった。
決死の覚悟で拳を突き出しても、発作には敵わなかった……。
「なんだ、そりゃ? それで殴ってるつもりか?」
結果として、火に油を注いだだけになった。
神野が勢いよく大臣に襲いかった。
そのとき。
「お前達! 何をやっているんだ!」
体育教師と弾正が体育館の西側にやってきた。
全員がその方向を向く。
どうやら弾正が先生を連れてきたらしい。
弾正は勝ち誇ったような自信に満ちた表情だ。
しかし、何とか身体へのダメージを耐えながら弾正を見ていた佐藤には、それが意味のないことだとわかっていた。
「先公が何しに来た!? お前もボコられてぇのか!?」
神野鉄拳の声を聞いて体育教師もひるんだ。
「えっ? えっ?」
弾正は神野と体育教師を交互に見ながら焦っている。
「ははは。神野さんの前じゃ、先公なんて意味ねぇよ」
取り巻きもいい気になって佐藤を踏みつけた。
「うぐっ……」
佐藤のくぐもった声が聞こえる。
声の方に目をやると佐藤と目が合った。
こんなひどいことをされていても、佐藤の目からは大臣に対する負の感情は感じられなかった。
そして、佐藤の傍らに師匠がいることに気づいた。
お喋りな師匠が何も言葉を発せず、目をつむった。
何で2人とも、僕を責めないんだ! 僕がこいつらを倒していればみんなこんな辛い目に遭わなくてすむのに……。
自分に対する怒りの感情がふくれあがっていくのが分かった。




