集結
「あの噂は嘘なんです!」
大臣が弾正に近づくと、弾正はワナワナと震え始め、大臣に向かって、よくわからない弁明を始めた。
「え? どういうこと?」
大臣も近づきながら確認しようとするが、弾正は取り乱しており、耳に入っていない様子だ。
「オレ、空手の段なんて持ってないんです。というか、そもそも空手なんてやってないんです。だから、オレが神野さんをぶっ飛ばして、この学校のトップになるなんていうのは単なる口から出任せで……。
ちょっと人気が出たらいいなぁ、なんていう出来心で自分から噂を流しました。
何でも言うことを聞きますから、殴ったりは勘弁してください。
お願いですから……」
もう泣き出しそうな勢いだ……。
「え? えっと……」
「お願いですから……」
「えっと、僕、その神野っていう人、よく知らないんだけど、何かあったの?」
普段佐藤としか会話しないため、大臣が緊張気味に答える。
「えっ?」
うつむいていた弾正が顔を上げた。
その表情は、イケメンとは思えないほどくしゃくしゃになっている。
「お前、神野さんの手下とかじゃないの?」
「う、うん……」
「何だよ! それを早く言えよ」
急に弾正の表情と声色が明るくなる。それだけにとどまらず、逆に弾正が大臣に迫った。
「じゃあ、オレがさっき言ったこと、誰にも言うなよ!」
「う、うん……」
「よし! もし言ってみろ!? そしたら……」
そのとき、体育館の西側から悲鳴が聞こえた。
「やめてぇー!!」
月下美桜の声だ。
大臣と弾正が同時に体育館の西側を向く。
次に聞こえてきたのは神野の怒鳴り声だった。
「うるせぇ! おとなしくしやがれ!」
「ひぃ!」
弾正はその声を聞いて身体をすくめた。
一方、大臣は体育館の西側に向かって走り出した。
「お前! 何見てんだ! こっちに来い!」
神野鉄拳の取り巻きに見つかり、佐藤は渋々体育館の西側に姿を現した。
近づいてきた取り巻きに手を引っ張られ、神野鉄拳の近くまで連行される。
「お主! 何を言われるがままにしておる! 今じゃ。今! この小坊主の手を引き払うのじゃ! 何をしておる! 後手に回っては救える者も救えんぞ!」
精霊は相変わらず身の程をわきまえない発言ばかりしてくるが、追い払うこともできず、取り巻きには抵抗のしようもなく、本当にこいつらには精霊が見えてないんだなぁとどうでもいいことを考えていた。
「佐藤、君……」
月下美桜が涙を目に浮かべながら佐藤を見ていた。
すがるような視線だ。
相変わらず綺麗だが、表情は崩れてしまっている。
それもそうだろう。
彼女はただ、大臣に告白しようと思ってここに来たのだ。
突然不良たちに襲われるなどということは予想だにしなかっただろう。
「お前が財務大臣か?」
神野に話しかけられる。
「い、いえ……」
佐藤は何とか声を絞り出す。完全に萎縮してしまっていた。神野鉄拳をはじめ、不良たちに抵抗するだけの武力も、勇気も持ち合わせていなかった。
月下美桜、申し訳ない。などと考えていると、突如自分の左頬に衝撃を感じた。
たまらず体勢を崩して倒れ込む。
「こそこそと見てやがって。このクズが」
神野だ。神野鉄拳に殴られたのだ。
殴られたことを意識すると激痛を感じた。
痛い。そして、血の味がする。
「やめてぇー!!」
月下美桜が叫び、暴れる。
「うるせぇ! おとなしくしやがれ!」
神野鉄拳が逃げ出そうとする月下美桜の手をつかみ、体育館の壁に押さえつけた。
「は、離して……」
月下美桜も抵抗しようとするが、取り巻きも加わり押さえつけられたため、ほとんど身動きが取れなかった。
そのとき、体育館の南側から走って近づいてくる足音が聞こえた。




