9話
抜き打ちテストと言うのは、学生への冒涜である。学生から真に信用を得たければ、学生を真に信頼する。そうすることでしか、学生の真の進歩はない。
連慈が、帰り道で絵瑠に対して打った演説の概要はこうである。点数を推察するのに十分な情報だ。
連慈は確かに劣等生の部類ではあるが、不真面目な部類でも、少し足りない(バカの)部類でもない、と私は思う。
基本的に、授業態度は真面目であり、課題をきちんとこなしている。そして結果がついてこない。理由は分かり切っている。テストの点数が高い人間が行っている自主的学習を行う時間を、トレーニングに当てているためである。
「トレーニング辞めたら? 殴られる度に英単語やら、古文の活用やらが、飛んでるんじゃない?」
「その可能性はあるかもな」
私の賛同に絵瑠が鼻を膨らませる。その横で連慈は、うぅと唸る。
「やかましい…… 最近は、頭部への打撃は受けなくなってきた……」
連慈は反論すると、チョークをかじる。口から砕け落ちるチョークの破片を眺めながら絵瑠は口を開く。
「それより、何かしらね。急な任務だけど」
連慈が、さぁな、と言い少し首を捻った所で、横を黒のセダンが通り過ぎる。三面スモークであったため、中を完全に確認はできなかったが、その黒のセダン――三面スモークのセンチュリーであった――と運転手には見覚えがあった。絵瑠はその運転手が安部と名乗った事を思い出したのか、困ったような笑顔を作る。それをチラと目端に捉えたまま、連慈は絵瑠の問いに答える。
「ただし、急ぎの事態の多くで碌な事があった試しはないな」
連慈の数少ない経験則の一つ。絵瑠もまた、そうね。と言った。




