7話
「連慈、少し黙っていろ。話が進まん」
連慈は舌打つが、それを雨宮が気にした様子はない。ただし、その傍らに立つ女は刀にまた手を伸ばしているが、お前もだ、と雨宮に言われそこから手を放す。
「えぇっと、私は、安部 康と申します。雨宮様の第一秘書です。そして、こちらの女が桐穂 環。こちらも秘書です。少し手癖が悪いのですが、底意地の悪い女ではございません。連慈様、どうかご容赦いただきたい」
そういいまた頭を下げる。一方の女性陣にはその気配はない。
それどころか、桐穂に至っては、安部の下げた頭を上げようとしている。
「雨宮も同じです。ただ、少し口と目つきが悪いだけですので、どうかご勘違いございませんよう」
「あの目つきが少しな訳あるか」
絵瑠が小さく連慈を呼び、連慈は鼻にしわを寄せた後で口をつぐんだ。
「こいつらの手前、確認するが、本当に他のあてはなかったのか?」
「お前達の世界とこちらの世界は違う。魔術師や、異能者が和気あいあいとあちらこちらで闊歩してると思うな。政府は魔術師や、異能者も怪異も一切合切含めて認めておらん。でなければ、大自然科学研究機関なんて悪ふざけなネーミングセンスでわざわざ機関なんぞを作りはせん」
大自然科学研究機関。
通称、自科研とは、科学で未だに解明されていない事象を調べるために、内閣府が立案し、官房長官が管轄している研究機関である。
職員の大部分は防衛省から出向させており、軍事色が強いが、表向きは環境保全の研究機関となっている。
「まったくない、とは言いません。現在自科研には、いくつかの研究所が登録されていますから。ただ、雨宮の言いたいのは、信頼がおける、その一点で阿豆内研究所以外にはなかったということです」
豊明が鼻で笑う。奴に世辞を信じるほどの若さはないようだ。
研究所とは、自科研が研究する怪異な道具の調達や、事象の検証を行い、その情報を自科研に売る場所である。
登録すると、一般人立ち入り禁止区域への調査が行え、その際の火器所持が許可される。
また、基本的に自科研は登録していない研究所と取引をしない上、未登録研究所にて、何らかの――誰が糸を引いているか不明な――事件が起こってもほぼ確実に放置されてしまう。
その為、登録すると不利益になる場合――裏組織が設立した非合法な組織がないわけではない――を除けば、未登録にほぼ価値はない。
「で、衝突したとかいう部隊は分かったのか?」
「まず阿豆内研究所以外の研究所の可能性だが、あれは違うだろうな」
そういい、豊明がパソコンを操作する。
また、室内が暗くなり、壁面に前回の作戦で鹵獲した銃が映し出される。
「米軍のM2カービンに、魔術的な改造が施したものなんだが。このご時世蜘蛛の巣が張ったもの使う必要性がない。
にも関わらずこんなもんぶん回してる時点で頭の構造が、普通じゃない。
お前らの目が節穴でない限りそんなもん使う研究所はないだろう」
画面が切り替わる。壁面に銃の内部構造が表示される。
「そして、これがそれに施された術式だ。この銃は、火術の発射が可能になっているんだが、通常の魔法弾を射出するのではなく、通常弾を火炎弾として射出するものだ。
これも、現状自科研が禁止しているタイプの術式だな。
まぁ、これについては、お前らを無視してやってる可能性がゼロではないが」
そして、今回の戦闘で使われた様子がないことを説明すると、画面を消した。明かりが戻ってくる。
「この武器から分かることはそれくらいだ。使用されている術式は、何の変哲もない、どこにでも存在していること。
また、この程度の改造であれば、わずかに腕に覚えのあるものであれば簡単にできるということ。
そして、その術式は研究所では禁止されていること。
わかっていることはそれだけだ。まぁ、なんもわからん、という事だ」
豊明は、肩をすくめて見せる。
「そんな情報ならいらないし。そんなことで雨宮様をいちいち呼び出すな」
桐穂は呆れたように声を上げ雨宮を促す。が、雨宮は動かない。
「早く続けろ、豊明。お前の悪質な冗談に付き合っている暇などない」
雨宮が、鋭い視線で豊明を睨みつける。
その眼光は、小さな動物であれば射抜いてしまいそうな迫力があるが、それを受け止める豊明は、つまらん、とだけ小さく呟くと、連慈をちらりと見る。
「状況を説明してさしあげろ」
促された連慈は、首を回し豊明を見ると、驚いたように自身を指さす。
豊明は、連慈を促すように右手だけ振る。
連慈は、眉根をひそめ、少し不満そうに説明を始めた。
「先日、テスト前夜というのに素敵なピクニックに連れ出されました。
なんかわけのわからんものを取りに行かされ、そこで、イかれな魔術師に襲われました。
でも、たいして大切でもないものは、戦闘で破壊され、相手も逃げちゃいました、まる」
ケラケラと笑う遊人。
「あ~…… その話の中にヒントが隠れているということでしょうか?」
安部が顎をかく。
桐穂は、それを一瞥もせず、ポケットからビニールに包まれたものを取り出した。
両端を捻るように閉じられた包装の中には小指程度の太さのカルパスが一つ。
ビニールの両端をピンと引っ張りカルパスを打ち上げると、宙に浮いたそれをパクりと食べてみせる。よほどその話に興味がないようだ。
「いやない。そのイかれの話をもう少し詳しくしろ」
了解、と小さく呟き頭をかき、短く息を吐く。
「身長は…… 絵瑠よりもう少し小さいですかね。
服装は、軍装でした。恐らく第二次大戦時のイタリア陸軍かと。
ただし、多国籍に様々な国の勲章を大量につけていたんで、単なる軍装マニアだと思いやす。あとは……」
「何か喋り方へんだったな。身体痒くなっちまったよ」
遊人が肩をかく。こいつに痛覚、もしくは痒覚なんかあるのだろうか。
「連慈も遊人もそこじゃないわよ」
絵瑠が大きく嘆息。
「ああ、魔法の事ですかいね」
連慈はわざとらしく手を打つと、指で二を作る。
「使った魔法は二つ」
その指で銃を模すると雨宮に指先を向ける。
「一つ目は、魔獣弾です。拳銃を使い、双頭の狗を撃ちこんできやした。そいつの言が本当ならば、ですが通常弾と魔法弾を一つの銃で撃てると言っちょりましたね」
「あー連慈君。魔法弾は、弾とは言いますが、マジックカートリッジを直訳しただけで別に本当に弾じゃないですよ?
普通は、杖やそれに類するものに付属させて使う、簡単に魔法を撃つための補助部品です」
知ったかぶりする男を傷付けず諭すのは難しい。
そんな素振りの安部。
一方の雨宮に眉間の皺が深くなっている。
「その位知っとります。
そいつの言葉が正しいかどうかなんてのは知ったこっちゃございません。
しかし、その銃の形をした何かを使い魔獣を打ち出したのは事実です」
興味な下げに流し聞いていた桐穂であったが、魔獣弾の下りから怪訝な表情浮かべはじめていた。
首を傾げた後で連慈と遊人を見やる。
通常魔獣相手に戦闘すれば、大なり小なり傷を負っているはずだ。
しかし、二人ともピンピンしている。
ケガと言えば連慈の鼻っ柱ぐらいなものだ。
信用していないのだろう。
ぶん殴って送り返したと知ったらこの女はどのような顔をするのだろうか、少し気になる所だ。
「もう一つはテレポートですね。まぁ、正確にはテレポートとアポートなんだそうですが」
連慈が絵瑠を見やる。
絵瑠は正しい解答ができた生徒を見る時の教師のように、眉を少しだけ上げてみせた。
「符術か?」
呆れ顔の安部が口を開くより先に雨宮が連慈に問う。
連慈はきょとんとした顔を浮かべる。
「そうですが…… よくわかりましたね。聞いた訳ではなさそうですが……」
連慈が雨宮を見た後で豊明を見やる。一方で、安部は逆の順に雨宮を見ている。
「理解したか?」
豊明の問いかけに、ふんと鼻を鳴らすと雨宮は立ち上がった。
状況について行けない桐穂が説明を求めるが、それに視線だけで答える。
安部もまた理解はしていないようだが、いち早く椅子を片付け扉を開く。
雨宮は、その扉を抜けようとして立ち止まった。そして、振り向きもせず、豊明に話しかける。
「今回の件、また何らかの形で借りは返す」
そういうと、また雨宮は歩きだした。そして、それに桐穂が続く。最後に安部が丁重に頭を下げ扉が閉めた。
「雨宮様、さっきのは一体なんの話なんですか?」
廊下から聞こえる女の声。桐穂の声だ。
「後で話す。それより、黙っていろ。あの部屋には、デリカシーの無い盗聴野郎がいる。
例え、ここがコンサートホール並の防音施設だったとしても、やつは聞いている。この会話もな」
「誰のことですか? ヘルメット? 人牛? それともあの犬っころですか?」
安部のとりなす声は聞こえたが、桐穂の疑問に誰も答えなかった。
そして、それからは何も聞こえなくなった。連慈が私をノックする。
「残念ながらあの女、雨宮は、私の事を知っている。桐穂とやらが何かを喋ったかもしれんが、雨宮に口を塞がれた」
盗聴野郎なる不愉快な呼び名の事は、無関係なので黙っていよう。
「件の男は、あの女の知り合いなんですかい?」
「名はサイディス。奴は…… 一応魔術師だ」
「一応とはどういうことですの? 豊明叔父様もご存知で?」
豊明は、視線を絵瑠から自身の机に落とした。
そして、引き出しから一本の電子タバコを取り出す。
タバコと名乗ってはいるが、フレーバーは自作であり、先日から、ゴルゴンゾーラ風味などという、カヤノヒメが知ったら、思わず禁煙外来に通い始めそうな代物を深く喫う。
そして、ゆっくりと水蒸気を吐き出す。
「あの女が一番殺したい男だな。まぁ、気にするな。いつかまた話す」
遊人は右手をあげると部屋を出て行く。豊明もまた、タバコを咥えたままそこを後にする。
電子タバコの不思議な香りと、話題に置いて行かれた二人が、静寂しかない部屋に取り残された。
連慈は、サイディスについては諦めたのか、新たな疑問を提示した。
「あの女、どこから刀を出したんだ? あれがアポートか?」
連慈の疑問について、絵瑠はゆっくりと首を振った。
そして、中身のなくなったアメの袋を目の前でひらひらと揺らして見せる。
「アポートではなかったわ。同系統の魔法は、一度使うと使いづらくなる、もしくは完全に使えなくなるの。
でも、あの女が刀を出した瞬間に飴をアポートしたら、何の問題もなく移動したわ」
遊人の咳き込んだ謎が解けた所で、連慈が私をノックした。
「手品の種明かしには、もうちょっと粘った方が面白いと思うがな」
「うるせぇ。こちとら、仕掛け無しの頭部切断マジックされかけてんだ。
あの女はどこから刀を取り出した?」
私は、少し間を置く。二人の真剣な目が私を見つめている。
私は、少し仰々しくため息をついてみせる。
「前提条件が違う。あの刀はあそこにあったのだ。最初からな」
絵瑠の左眉が大きくあがる。
「見えてなかった?」
「その通りだ。あの刀の鞘。
あれには、不可視の魔法装飾が施されていただけだ。
だから、抜くまで見えなかった。
単純なトリックだな。
二人とも、その前に話していたアポートありきで考えるからだ」
連慈が頭をかく。そして、刀の当てられていた顎の辺りをなぞった。
「人は見たいものを見たいように見る。
それは人の持つ万物の長という何の変哲もないおごりが生み出す幻想だ。
未知とは、往々にして、知らない事はない、という無知によって引き起こされることは覚えておいた方がいい」




