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異能X  作者: さかまき
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4話

「ざまぁみなさいな」


 そういうと、整った眉を僅かにあげ、濡羽色の髪を高い位置で一つに結った、いわゆるポニーテールと呼ばれるヘアースタイルをした少女は、口に手を当てほほと笑う。

 その高笑いは、周囲の喧騒にかき消される。

 時間は、正午。場所は連慈の通う高校の教室。

 連慈はその教室の窓際、一番後ろというベストポジションにつけている。

 試験が終わりホームルームも終わっており、残りは帰宅だけである状況だ。周囲が、先程まで受けていた試験の内容や、打ち上げの話で盛り上がる中、二人は先日の話題が続いている。


「うっせぇ、軍服の男(変なバカ)遊人(ただのバカ)のせいで成功報酬もらい損ねたんだぞ」


 連慈はうつ伏せたまま唸るように吐き出す。

 その苛立ちは、先ほど受けた試験、及び先日の報酬が日給一万円であったことは両方とも無関係ではないのだろう。


「そんなバカに囲まれて大変でしたわね」


 言外にご苦労と続きそうな話し方をする少女である。

 そのポニーテール少女は、学校指定の制服の上に、校則に則った紺色のカーディガンを羽織っている。

 スカートだけは学校の規定よりも少し短い。

 同世代の少女を見る限り、身長や体重は同程度であろう。


「うるせぇ。バカに囲まれるこっちの身にもなってみやがれってんだ」


「あら、あなたに言ったのではないわ。ね、お疲れ様」


 そういうと、長い睫毛を湛えた片目を瞑り、私にウインクをする。鳶色の瞳には悪戯めいた光が浮かぶ。

 ちなみに現在の私の姿は、円匙ではない。

 学び舎である教室に私の本体である円匙はふさわしくない、との理由で所持しての校内徘徊を禁じられている。

 そのため、カラスの姿で――実体はなくホログラムの様なものだ――連慈の机の窓の外にとまっている。

 つくづく便利な身体だということは、自分でも理解している。

 なお、本体は、教室後部のロッカーだ。


「絵瑠、これありがとね!」


 絵瑠と呼ばれたポニーテール少女は、連慈から目を離すと後ろを振り向く。


 そこにいたのは、絵瑠の友人で、連慈とも面識のある井川(いがわ)香澄(かすみ)である。

 わずかに茶色をした短めの髪の長さ――ボブと呼ぶらしい。人間の髪型と犬種はどちらが多いのだろうか――の少女で、赤い縁の眼鏡をかけている。

 しかし、眼鏡をかけた娘独特の、文化的な香りは一切ない。

 どちらかと言えば活発な印象を受けるその目が連慈を捉えた後で絵瑠に向けられる。

 そして、借りていたらしいノートを絵瑠に手渡すと、ニヤニヤとしたいやらしい笑顔を浮かべると絵瑠の腕に巻きついた。


「何の話し~?」


「別に。バイトで失敗したっていうから笑ってあげてたのよ」


 説明する絵瑠だが、浮かべた笑みは崩さず、ふうん、と興味無さげに返事をすると、絵瑠に身体にまとわりついた。

 そして、かなり際どい所を触りだす。

 その状況に気が付いた男共の視線がその二人に注がれる。


「あなた、どこ触ってるのよ!」


「いや、相変わらず大きいなぁ、と思って。ね、連慈くん」


 連慈もまた、いつの間にか、顔を上げている。


「あんた、何見てんのよ」


「成長とは一抹の寂しさと、それを上回る喜びと言ったのは誰でしたかね」


 そう言い、先日負った鼻の傷に貼った絆創膏を一掻きして顔伏せる。

 その様子をニヤニヤと笑いながら見ていた佳澄は、その顔を崩さず口を開く。


「でさぁ、二人って…… 付き合ってんの?」


 瞬間辺りが凍りつく。

 先程まで、絵瑠と香澄を眺めていた男共にピリついた空気が流れ、物理的な威力すら孕んでいそうな視線が連慈を射抜く。

 女は女で、好奇を含む視線を絵瑠に送る。


「あなたねぇ、知ってるでしょ、そんな訳ないじゃない。こんなトーヘンボク」


 絵瑠はやれやれ、と肩をすくめる。

 連慈もまた、突っ伏したままだ。


「でも、いつも連慈君といるじゃん。バイトも一緒だし。毎日お弁当まで作ってあげてるし」


 ね、と同意を求めるように、連慈に視線を送る。

 二人とも、阿豆内研究所の研究員――正確には研究員補佐と呼ばれる時給で働くアルバイト――だ。

 そして、香澄はその事を言っている。


「バイトが一緒なのは仕方ないでしょ!

 それに、お弁当は…… こいつ、お弁当を買うお金もないのよね。

 だから仕方なく作ってあげてるのよ」


 やれやれといった様子で絵瑠は肩をすくめて見せる。

 連慈に弁当を買う金すらないことは事実だ。

 そしてその貧乏唐変木は、首だけ回し香澄に向くとの問いかけに答える。


「香澄さん。この人は俺の不幸をパンケーキにかけて食いたいだけですぜ」


 それだけ伝えるとまた、元の体勢に戻る。


「でも聞いたよ、また、絵瑠が、男の子振ったって。しかも……」


 香澄が言うには、今回振った男は、校内でもかなり人気のある男子らしい。

 ちなみに、妖怪の私には人間の美醜など理解し難いものがあるが、絵瑠は一度ファンクラブなるものも発足仕掛けた程度には人気がある。

 先程の連慈に対する視線もそういう理由があるわけだ。

 ちなみに、所属者とは金輪際口を聞かない、という宣言により立ち消えしたらしい。


「今年だけで、五人も振ってれば、一緒に住んでる連慈君と付き合ってるって方が逆に自然じゃない」


「付き合ってないし、だいたい、一緒に住んでないわよ!」


 実際連慈と絵瑠の実質的保護者は一緒である。

 その人物とは、とある事件で両親を亡くし、行く宛のない連慈を引き取った父の親友である阿豆内研究所の所長、阿豆内(あずない)豊明(とよあき)であった。

 連慈を引き取った後、両親共に海外での仕事の多かった絵瑠が、中学入学を機に叔父である豊明の家に居候することとなったのだ。

 経緯がどうあれ、学友が、二人は同じ屋根の下で暮らす幼馴染み。という結論に至るのも仕方ない。

 実際は、絵瑠は、研究所付近にある豊明のマンションに住んでおり、連慈は研究所内のプレハブに遊人と共に住んでいる。


「だって、新井君。とりあえず誘ってみたら?」


 その言葉を待っていた、とばかりにニヤリと笑った香澄は、後ろを振り向く。

 そこには、男が一人立っていた。

 その男は、前髪が目にかかる程度の長さにきちんと整えられている。

 しかし、それと似た頭髪をした男の発する陰気さがなく、また、口元に浮かぶ笑みは決して嫌味さがない。

 制服を違反にならない程度に着崩した男は、校則を好んで破りはしないが、決してそれに固執せず周りに合わせ行動が出来るタイプの男だと容易に想像がつく。

 いわゆる優等生タイプの好青年が立っていた。


咲上(さきがみ)さん。今、大丈夫かな?」


 咲上とは、絵瑠の名字だ。

 そして、男はその名を呼んだ後、申し訳なさそうに眉をひそめた後でポケットに手を突っ込んだ。


「香澄、あなたまた!」


 香澄は、新井から何かを受け取ると、そのまま退散する。


「ごめんね、急に。話すきっかけが欲しくてさ」


 新井は、香澄の件で見咎められていると感じたのか、後頭部に手を当て申し訳なさそうに眉毛を上げると謝罪する。

 しかし、絵瑠も連慈も香澄が持ちかけたことは重々承知の上だ。絵瑠は少し困った様に眉を上げる。


「そこの男は死体じゃないんですが」


 絵瑠が死体モドキを指差す。

 それを受けて死体モドキは首だけ回し男を見る。


「新井さん、元気そうでなによりだ。俺のことはお気になさらずお話続けて下さいな」


「あ、ありがとう……」


 若干引き気味に感謝の意を伝える新井を、ちらと見やったあとで、また死体に戻る。

 素人の切り揃えた様な――実際に素人が切っているのだが――ざんばら頭に、白目が多めの鋭い目付き、そして、たまに笑えば口端だけ上げる嫌味ったらしい顔貌。

 新井とか言う男とは正反対だな、などと考えていると、その好漢は、絵瑠に向き直る。

 そして、少し恥ずかしそうに頬をかくと胸ポケットから紙を取り出した。


「あのさ、映画好きなんだよね? チケットあるんだけどさ」


 そういい紙を差し出す。

 炎をバッグに男女が肩を組んでいる。何を表しているのかさっぱりだ。

 絵瑠は、その紙を受け取る。

 タイトルをつぶやくと申し訳なさそうに眉毛をひそめる。


わたくしこの手の映画は苦――」


「――それ、この前見たヤツじゃねえか?」


 沈黙。絵瑠の睨み。

 連慈は、何事もなかったかのように死体を始める。

 小声でやっちまったと呟いているが後の祭りだ。


「あ、あれ? もう、行ったんだ」


「仕事の関係で、偶然二人で行っただけですわ」


 平然を装ってはいるが、いつもより声が高い。

 だいたい、二人で行ったことなどわざわざ言う必要はないことを口走っている。


「ふ、二人で行ったんだ」


 そうかそうか、と頭をかく新井。

 自身のミスに絵瑠もまた、天を仰ぐ。

 私が嵐の予感を感じ、カァと一鳴きし飛び立った時、香澄の声で六と聞こえた。


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