3話
連慈が走り出すと同時に、戦闘服の男が気づき連慈に銃撃を加える。
それに対して、連慈は的にならないようジグザグに走ると岩陰に滑り込む。
そして、私――すなわち円匙――をゆっくり陰から出す。
と、同時に銃弾の嵐。
「連慈よ、私をおとりのように扱うな」
「いいじゃねぇか。痛かないんだろ?」
私はぐうと声を漏らした。
確かに私は槍毛鳥という妖怪で、この円匙に取り付いているだけである。
円匙にいくら銃弾が当たり各部位を削り取った所でなんの痛みもない。
ちなみに妖怪とは、連慈の上司の言を借りれば「次元のずれた存在」なのだそうだ。
継いで「それで、わかる奴はわかればいい。わからない奴は便利な存在」と覚えればいいらしい。
なんとも乱暴な意見だが、とりあえず、私は目と耳が良く記憶力があり、地磁気から現在地をわりだせる。
その上、銃弾の嵐の中、囮になることのできる存在だ。
ただし、銃弾の嵐が好きなわけではない。
連慈が、動けない間に遊人は、いつの間にか軍服の男と一対一になっていた。足元には四人ほど倒れている。
「やるじゃないですか。まるで嵐だ。そのヘルメットは邪魔にならないんですか」
嵐と形容された男は、あっけらかんと男に合わせる。
「これ? あー、ハンデ」
そういうと、コツコツとフルフェイスヘルメットの上部を叩く。
それは、確かに視界を狭め、聴覚を鈍らせる。
それだけのハンデを持ってして――とは言え、相手も小瓶を破損しないように注意していたのだろうが――四人を沈黙させたのだ。
確かに天災扱いが妥当かもしれない。
「お前だってさっきから、それ。使ってないじゃん」
遊人はヘルメットを叩いた指で銃をかたどると軍服の男を指し、問い返した。仰々しく紹介した拳銃だが、一度も発砲してないらしい。
「さきほども言ったでしょう。常人では扱えないんですよ。反動強すぎて」
そういうと肩をすくめる。
対峙している二人からは一切の緊張感が感じられない。
遊人はまだしも、軍服の男も、目の前で仲間が倒される中でも変わらないあたりかなりの胆力である。
そして、その軍服の男は、遊人から目を離すと連慈の方へ目を向ける。
「そっちは一人でいいでしょう。一人こちらに加勢に」
連慈を牽制していた二人はハンドサイン後一人が離れる。
そして、その隙を連慈は見逃さなかった。
とっさに腰袋に手を突っ込むと、中からチョークを数本取り出し、あさっての方向に放る。一拍おいてチョークは小気味良い破裂音を立てて四散した。
「新手?」
連慈を狙っていたアサルトライフルの銃口が一瞬それる。
と、同時に連慈は岩陰から飛び出した。
「貴様!」
再度向けられる銃口は、発射より先に到達した円匙によりそらされる。
連慈は、銃を弾いた円匙の重さを利用し回転すると、右踵を相手の右側面に叩き込んだ。
男は、とっさに左腕を上げて庇うが、直撃の威力を殺し切れず、吹き飛ぶ。
連慈は円匙を上段にかまえると、吹き飛んだ相手を追いすがる。
が、戦闘服の男は、着地後にすぐさま体制を立て直すと、振り下ろされる円匙をライフルで受けた。
ライフルがギチリと軋んだ音を立てる。
戦闘服の男は舌打ち、ライフルを放り投げると、さらに円匙を振るおうとする連慈に突っ込み円匙を振る距離を殺す。
そして、その勢いのまま脇腹に左拳を打ち込んだ。
連慈は、急停止するとその左拳を右肘でブロック。
そのがら空きになった連慈の顔面に向かい今度は右拳を叩きこまれる。
連慈の鼻先を烈風が掠める。
血飛沫。
連慈は背筋力を使い頭部を引き、その攻撃を避けたのだが、いつの間にか握られていたナイフの切先が鼻梁を裂いたらしい。
しかし、それを完全に無視すると、連慈は背筋に筋力をため込む。
そして、円匙を握った逆腕で男の胸ぐらをつかむと、腹筋と腕力を使い、その顔面に頭突きを叩きこむ。
跳ねる鮮血。
鼻骨が砕ける音がし、男は喉底を唸らせるも、その姿勢のまま右膝を蹴り上げる。
金的を狙った一撃だが、連慈は右脚を軸に身を捻ると半身で回避。
しかし、それは読まれていた。
男は足裏を右足の甲に叩きつける。
連慈の頑強なワークシューズと、男のバトルブーツのずしりとしたかみ合う音が響いた。
連慈にダメージはない。
しかし、動作が制限される。
男は、ナイフの切っ先を突き出す。
連慈は、円匙を握っていない左手の甲で弾き、動く左脚で身体を捌く。
皮一枚で避ける連慈の身体がくの字に折れた。
男のもう一方の拳が連慈の腹を打ったのだ。
連慈の口から唾液と苦鳴が漏れる。
男の握ったナイフが頭上高くに振り上げられる。
しかし、連慈もその瞬間に腰袋から何かを抜いた。
そして、手首の動きだけで男の眼前に投げ上げた。
反射的に男が、それを払った。
そして、払った瞬間にそれが何かに気が付いた。
ただのチョーク。
白いそれが、空中でぽきりと折れた。
男の目がぎちりと連慈に向く。
連慈は体勢を整えると、そのまま、左肘で牽制を入れた。
男はその肘を首ごと上に反らすことで回避。
顎先を連慈の肘が通過。
体重が後ろに乗り連慈の足の甲から地面へと足場を変える。
連慈はその瞬間に、一歩だけ下がり間を開けると右手で喉輪を入れ首を掴む。
男はカエルの様なうめき声をあげながら、大腿に付けられた拳銃を引き抜き、連慈に向けた。
次の瞬間乾いた破裂音。
二人の動きが止まる。
空気まで止まった瞬間、戦闘服の男は、ブレーカーが落ちたかの様に膝から崩れ落ちた。
五人の脱落者をぐるりとながめ、軍服の男は耳をかく。
そして、対峙していた遊人から視線を外す。
あまりに不用心だが、遊人は動かない。
興味なさ気に両手をポケットに突っ込む。
恐らく、大事なおもちゃを取られた気分にでもなっているのだろう。
「あなた、魔術師? それとも異能者?」
一瞬で自分の部下を沈黙させた。
その手段は、ただの技術ではないと考えたのだろう。
魔術――過程をすっとばして結果だけを求める技術を使い不思議な現象を引き起こす。
異能――生物構造内に通常では存在し得ない機関を持ち不思議な現象を引き起こす。
どちらも、結果だけ見れば似たようなものだが、経過が違う。経過が違えば対処も変わる。
そして、連慈はその質問に答えるような愚者ではなかった。
口元を大きく引き上げ笑う、それが返答。
「なんにせよ、このまま引き下がる訳にもいきませんね」
軍服の男もまた、答えは期待していなかったようだ。
肩をすくめ独り言ちるとゆっくりと懐から一つの弾丸を取り出すと、ゆっくりリボルバーに弾をこめる。
ゆっくり右腕で拳銃を構え、遊人に銃口を向ける。
そして、撃鉄をゆっくり起こす。
緩慢な動き。
その間、遊人は微動だにしなかった。
連慈が、「あんの戦闘狂いが」と眉間に皺をよせる。
「撃てないんじゃないの?」
からかう様な口調の遊人。口角だけをあげ、男は応える。
「一発だけなら」
一発、その言葉に連慈が反応する。
「魔法弾だ!」
魔法弾――魔法、もしくは魔獣を打ち出す弾の事だ。
特に凶悪な魔獣を打ち出す場合、射手を喰らう事がある。
そして、連慈の言葉と同時に引鉄が絞られ、銃口が火を吹く。
次の瞬間、射手の右腕が消失。
発射された銃弾は、銃口を離れると双頭の狗に姿を変えた。
獣の威圧力が大気を叩き、大口を開け遊人に襲いかかる。
音速をはるかに超える速度。
しかし、遊人はその高速で飛来する双頭の狗に右拳を完璧なタイミングで叩き込んだ。
空気が張り詰める。振り抜かれた拳が突き抜ける。
双頭の狗は、鉄壁を引き裂くような断末魔をあげて消滅した。
そして、それを待っていたかのように、軍服の男の肩口から血が吹き出した。
「魔弾なんてこんなもんさ」
「うっせぇよ。てめぇがきっちり仕事理解してりゃこんな事になってねぇんだよ、ダボが!」
怒鳴る連慈と、笑う遊人。
なんとも余裕ある光景。
そして、それに異を唱える者が一人いた。
「何なんだ! その頭は! 身体は!」
戦闘服で残った唯一の男が声をあげる。
遊人の右肩から先は双頭の狗に食い千切られ、軍服の男と同じように失っている。
そして、右脇腹もまた、大穴が空いており、肩口、脇腹は、赤い身をのぞかせておりそこからは盛大に血が噴き出している。
さらに、ハンデ代わりのフルフェイスヘルメットは吹き飛び、今までずっと隠れていた頭部が姿を表した。
大きく裂けた紫紺の口。
そこから生える灰白い牙。
眼光は鋭く瞳は紅黒い。
それに相対する蒼緑い肌の色。
黄金色の頭髪と、ねじくれ枝分かれする二本の白銀色の角。
「龍頭…… なるほど! 阿豆内研究所の!」
合点が言ったといわんばかりに、軍服の男は両手を打つとクツクツと笑いだした。
右腕を失くしても余裕があるようだ。
未だに血は滝の様に流れているが、その生気に乱れはない。
「阿豆内が飼う龍人があなたでしたか!
となると、あなたは豊明の番犬?」
連慈の方をちらりと見て首をかしげる。
口端を上げているのは、そこに含みを持たせているのだろう。
「龍人はそいつでしょうが、俺は犬呼ばわりですかい?」
「失礼、思っていたより可愛らしい番犬で少々驚いてしまいましてね」
連慈は、不愉快そうに頬を引き上げ、軍服の男は楽しそうに笑って見せた。
そして、残った左腕を懐に突っ込む。
「お二方相手ならば、この敗戦。言い訳も立ちます」
「敗戦も糞も、あんたと、そこのバカのおかげで色々わやになっちまったんですがねぇ」
遊人の持っていた小瓶は、魔獣を殴った結果、跡形もなくなっている。
「恐らくは、それに意味などありますまい。いやはや、我々はいっぱい食わされたようだ!」
「なにか知ってんのか?」
連慈の問いかけに、隻腕の男はニヤリと笑う。
それが返答のようだ。先ほどの意趣返しだろう。
「ではでは、おさらばです。また機会があれば」
そういうと、男は懐から腕を抜いた。
その腕には数枚の呪符が握られている。
それぞれに、様々な梵字とアルファベット、数式のようなものも書かれている。
そして、左腕を大きく振るとその呪符をばら撒いた。
一瞬そちらに目を取られる。
そして、呪符が舞い落ち溶け消える頃には軍服の男も、戦闘服の男達も消えていた。
「二度と会ってやるか、ダボ」
連慈は小さく毒吐くと腰袋に手を伸ばしチョークを取り出す。
それを一口かじると――連慈にはチョークの異食症がある――大きくため息をついた。
「にしても、こっちだけ素性がばれちまったな」
遊人が、珍しく殊勝なことをいう。
ただし、自分のやった結果だという事には気が回っていないようだ。
連慈は何か言いたげに遊人に視線を送る。
右腕の傷は、筋肉が盛り上がり血管を押さえつけることで流れていた大量の出血はいつの間にか止まっていた。
また、その表面に皮膚らしき薄被膜が張り付いている。
遊人の蛇蜥蜴の如き生命力によるものだ。
いずれ腕も生えてくるだろう。
何とも便利な身体だ。
連慈は、少し頭をかき小さく嘆息する。
私と同じく遊人にその辺の文句を言ったところで無駄であるということに気が付いたのだろう。
首を二、三度小さく振ると諦めたように肩をすくめ、口を開いた。
「まぁ、呪符を使ってのテレポート。豊明先生なら、何か知ってるだろうよ」
連慈は大きく肩を回した。
そして、腹部のダメージを確認し、鼻梁の傷を触り、出血量を確認すると洞窟の入り口の方へ踵を返した。