24話
「ヤマはあたったのかい?」
香澄は机に突っ伏している連慈に向かって声をかける。
「ほっといてくださいや」
放課後の教室だが、補習テストという名目で連慈他数人が残されており、それが丁度終わったところである。
先日のケガはまだまだ癒えておらず、右腕はまだ硬質プラスチックで保護しているが、それでも安静の必要もないくらいに治療は完了している。
そして、その治療の間の無勉強がたたりいつも通りに補習テストを受けている。
このテストについて、結果に自信のあるものは軽やかな動作で帰宅の準備をしているようだが、それでいくと連慈がこの教室を後にするのはまだ時間がかかることになる。
「で、なんですかい? 怪しいお誘いは断るように大人から言われてるんですがね」
「失礼な話だね。絵瑠の場所を聞きたいだけだよ」
そういうと香澄は頬を膨らませ、その腰に手を当てる。
連慈も失礼だが、いつもの行動を考えると連慈に完全な非があるとは私には思えない。
「恐らく学食でコーヒーでも飲んでると思いますが…… 知ってますよね?」
そこでようやく連慈は体を起こした。香澄の細い体が連慈にくっつくほどに近づく。
顔は鼻息すらあたっていそうな距離だ。
「カラオケ行かない? 絵瑠と一緒に!」
連慈は数秒考え、解答が出たのか、左手で机横にかかっていた鞄を机に乗せると、やりづらそうに帰宅の準備を始める。
「お断りしやす」
「お願いだよ~ 合コンに絵瑠誘ってほしいって言われてるんだけどさ、絵瑠絶対来ないんだよ。
でも連慈君が来れば来ると思うんだよなぁ」
私には香澄の目の中に¥マークが見えた気がした。
そして、連慈もそうなのか、短く嘆息する。
「あいつは俺と一緒でも合コンはいかないんじゃないですかい?
香澄さんも知ってますよね、あいつの人見知りっぷり」
表向き人見知りであるとは見せないが、初対面の人に対する壁の厚さはかなりのものである。
「そうなんだけどさぁ」
まだ何か言いたげな香澄であったが、連慈はそれを無視すると鞄に筆入れとノート数冊を放り込み、携帯電話を取出すと着信をチェックする。
何度も絵瑠の名前でワンギリが行われているのをみて連慈は頭をかいた。
「それに今日は仕事なんですよ」
後ろから香澄に呼ばれたが連慈は片手で答えると教室を後にした。
●
「なにかしらね。話って」
絵瑠は帰路で呟いた。
毎日一緒に帰っているが二人は男女の仲ではない。
絵瑠は、人間の感覚でいえばかなりの美少女らしい。
だからこそ、現在のように、帰宅ではいつも連慈は周囲から送られる様々な威圧的視線を浴びせかけられる。
連慈は、その視線を交わすように目の前で手をひらひらとさせた。
「さぁな、恐らく編花のことだろうけど。
この前の件の特別報酬。お前が全部編花にあげるとかいうから」
「あんただって同じことした癖に。
もらえば残りの学費どころか、伯父様の借金も返せたわよ」
リにより得た情報は、かなり高額で取引されたらしいことは、灯経由で知らされた。
さらに二人には報酬としてなかなかな額が出た。
しかし、二人とも示し合せたかのように、あの場所にいたのは編花がいたからであり、
「編花がいなかったら何もしてないから」
と受け取りを拒否し、編花にそれが行くよう手配した。
「俺はいいんだよ。それより良かったのか?
施設作ろうっていう経営者様がそんなセンチメンタルに押し流されるようなことして」
連慈は眉根を寄せ、そして右眉と右口端を引き上げる。
絵瑠は横目で連慈をチラリと見やると話題を変えた。
「そう言えば、編花ちゃん、変化の異能以外に香の異能も持ってたなんて驚いたわね」
「そうだな。
編花の変化に違和感があった理由はやはり似てない事だったが、
それを誤魔化すために香りを使ってたとは流石に驚いた」
編花は変化の異能を持っていたが、そこはやはり父親譲りであまり似ていないのだ。
しかし、そこに母親の香の異能を合わせることで、完全に信じ込ませていたらしい。
蜂の一種に、他の種の蜂の巣に潜り込むためフェロモンを使う種があるがそれに似ているのだろう。
二人が、編花の思い出話をしているとそばを車が通り過ぎて行った。
連慈は何となくそちらを見る。
黒のセンチュリー。
それは、二人を追い越すと、少し先で止まる。
ドアが開き、中から筋肉をスーツに押し込めたような男が現れる。
その男を見て、連慈と絵瑠は不愉快そうな顔を隠そうともしなかった。
「安部さんでしたか。なんか御用ですかいね」
「そんなにいやそうな顔をしないでください」
安部は苦笑する。
そして、体格に似つかわしくない手入れの行き届いた黒革鞄から、几帳面に揃えられた書類を取り出すと、それを連慈に手渡す。
「他の物は後から送ります。
きっとそっちの方がよいでしょう。
にしても気丈ですね。
私ならもう二週間くらい寝込んでるところですよ。有給消化代わりに」
「何の話ですかねぇ。まったくわからん。
それとも説明不足がおたくのモットーかなんかですかぃね?」
文句を垂れる連慈に対し、涼しい笑みを送ると車の中の人物を促した。
その人物は、小さく返事をするとドアに手をかける。
成長途中の筋肉の付きの甘い、そして、少しだけに日焼けた脚で、跳ねるように座席を降りる。
それは少女であった。
明るい茶色の髪が、ワンピースと一緒に風に揺れる。
少女は眩しそうに目を細めると二人を見た。
「連慈さん、絵瑠さんお久しぶりです」
そして、言葉を継いだ。
「絵瑠さんの学校? 施設? に寄付しに来ました。
あと、えっと、しゅーしょくかつどう? をしにきました」
連慈が言った「先生」という言葉を思い出し、私は苦笑した。




