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異能X  作者: さかまき
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23話

 連慈は苦い顔をした。脇腹の痛みを思い出したのではなく、脇腹の痛みの原因を思い出したのであろう。絵瑠も似た顔をしている。編花は、絵瑠の背に隠れて顔は見えないが怯えていることは理解できた。

「残念だったなぁ! 俺が慌ててたのは、一匹ヤられちまったことだ! 別にお前らに負けると思ったからじゃないんだよ! 残念だったなぁ〜勝ち誇るにはまだ少し早か……」

 リの勝ち誇った顔がきょとんとしたものに変わる。天井から音が聞こえるのだ。その音はだんだんと大きくなる。それは、天井を何かが叩いている音だった。コンクリート片がパラパラと落ちていたが、ついヒビが入る。それでも音は止まない。音が轟音に近づき、とうとう穴が空いた。

「おるかぁ?」

 天井の穴から覗き込む赤いフルフェイスヘルメット。それは、その穴から強引に這い出てくる。続くのは黒と青のライダースーツ。その中に石でも押し込まれているのではないかという筋肉をしている。器用に片手で天井にぶら下がると、そのまま飛び降りる。周囲を確認する。そして、その男、安多曲あたまがり遊人ゆうじんは、連慈に顔を向け絵瑠と編花に手を振った。

「よし、いるな。その子がアミ…… アミヨ?」

 その飄々とした様子を絵瑠がばつが悪そうに眺め、リと編花はポカンとした。

 そして、連慈が、それは誰だよ、と突っ込むのと同時に動き出す存在が一つ。

 その中で唯一感情とは無縁のゴキブリは、突然現れた男が正しく敵であると認識したらしい。リの命令よりも早く排除に動き出した。

 ゴキブリは姿勢を低くし疾走。膝よりも低い、砲弾の如きタックル。素早く動く影のようなそれも、遊人にとってはただの遊戯であった。

 振り向きざまに、ゴキブリの頭部をサッカーボールの様に蹴り上げる。ゴキブリの身体は宙を舞う。

 打ち上げられ、空中でエビ反りのような体勢になったゴキブリ。遊人の右手はその頭部をギシリと音がするほどの力で掴む。そして、そのまま後頭部から地面に叩きつけた。飛び散る飛沫と鉄片、そして火花。ゴキブリは脳ではなくコンピュータによって動いていたらしい。絵瑠が反射的に編花の顔を覆う。

 大きくヒビの入った床上で、頭部を失ったゴキブリがそれでも、六肢を動かし体勢を整えようとする。が、遊人は今度はその胸部を踏みつけた。臓器か何かの破裂音がするが、それでも止まらない。そのまま強引に踏み込む。さらにゴキンと砕ける音がして、それと共にゴキブリはびくりと震る。それが生による作用ではないのは一目瞭然であった。二、三秒ほど痙攣していた。それが収まるのを見止めると遊人は右肩を回し、首をかしげて見せた。

「終わり?」

 リはそれを聞いた瞬間背中を伸ばした。悪意の笑みは消えていた。そこにあったのは純粋な恐怖であった。そして、何かが弾けたように走り出した。全力疾走。しかし、その走りは常人のそれと同じであった。ゴキブリには遠く及ばない。

「逃げるな!」

 扉に手をかけたところで室内に銃声がこだまし、リの太腿が弾けた。ギヒィと下品な悲鳴を上げ、太腿を押えくずおれる。しかし、それでも逃げようと体勢を整えドアに手をかけるが、焦りからかうまくつかめない。

 そこへ肩を叩かれた。リがゆっくりと首を回す。目の前にいたのは連慈であった。連慈は、満面の笑みを浮かべる。リもまたそれに合わせるように満面に笑みを浮かべ立ち上がる。しかし、一つ違うところがあった。連慈の瞳孔は開ききっていた。

 リの顔面を連慈の拳が打ち据える。リは、左頬を打たれ、反動で右頬をドアにぶつけながらその場に倒れ込んだ。連慈もまた、傷ついた体でバランスが取れなかったのか、打ち抜いた勢いのまま倒れ込んだ。

 後ろからゆっくりと歩いてきた遊人が、リを壁に押し付けるように立たせる。そして、後ろ手で拘束した。

「離せ! 余計なことしてみろ! 国が、姉さんが黙っちゃいねぇぞ!」

 しかし、そのようなことに耳を貸す人間はここにはいなかった。そして、戦力は残っていないのか、誰も現れない。恐らく、地上に出払い殺されたか、サイディス達に殺されたのだろう。

 連慈は、リの両手首をプラスチックテープで拘束すると先ほどの部屋に引きずり戻す。

 部屋に戻ると絵瑠が連絡をしている。リを捕らえたことを伝えたようだ。

『おい、リの状況を教えろ』

 豊明の応答に連慈は少し待つように伝え、編花の前にリを放り出した。わざと荒く扱っているのは、苛立ちよりも自身のダメージを見せないためであろう。息が先ほどより荒くなっている。しかし、その目には力がこもっていた。

「どうする?」

 連慈の目は編花の目を見ていた。絵瑠は連慈の意図に気が付いたのか、少し考え込んていたがそれでも何も言わなかった。

「どうするって……」

 そういい、編花はまだ水を流している水槽を見た。中にあるのは幾本ものケーブルや機材。そして、浮かぶ死体。半分ほど水が抜けてしまっているためちょうど編花の目の高さの位置にあった。編花は口を押えるより先に嘔吐した。胃の内容物はもうほとんどないのか、酸っぱい匂いとともに、液体ばかりが溢れ出る。絵瑠はその編花の背中をさする。幾度か嘔吐えずき、ほとんど何も出ないまま苦しそうにした。そして、ある程度収まったのか編花は連慈を見た。その光を失いかけた瞳から心境は読めないが、それでも連慈の考えがわかったのか、もう一度男を見たとき眉根にしわが寄った。明らかな怒りの心境が目に浮かぶ。

「見なくてもいい。お前のせいではないし、お前は悪くない。これが終わったらお前は普通の生活に戻れる。それでも、このままじゃ浮かばれない」

 そういうと連慈は、チョークをかじり、円匙を担ぐ。男はヒィと叫ぶが、絵瑠が頭部すぐそばに弾丸を飛ばし黙らせる。

「お前の母親は、できる限り痛み無く送ったつもりだ。だが、こいつには最大限の痛みを与えながら感電死させてもいい。この円匙で心臓から遠い場所から順に叩き斬り潰してもいい」

 絵瑠はそれを聞くと拳銃をスライドし排莢を行う。無駄な動作だが動作として意味があった。拳銃はいつでも正しく動作するという合図。編花は目に涙を浮かべている。

 連慈と絵瑠にとっての懺悔なのだろうが、あまりに酷な選択であろう。編花はその問いに歯を食いしばる。

「ひ、ひひひひっ。てめえらにできるのかよ。そんな拷問まがいなこと。ガキが粋がるなよ!」

 リは恐怖にひきつる顔に強引に笑顔を作る。その言葉に絵瑠は笑顔を向けた。そして、リの人差し指を握る。

「いいかしら? ゴキブリを殺すのに嫌悪恐怖で躊躇する女はいても、憐れみで戸惑う女の子なんていないわ」

 絵瑠は浮かべた笑顔はそのままに軽く腕を振る。リの眉根に寄せていた表情が一瞬で変わり、目を見開く。そして、口から白い何かを吐き出す。

「な、なんだよこれ! 俺の指どうしやがった!」

 リの吐き出したものは二センチ程度の棒状の物であった。そして、絵瑠の握っていたリの人差し指は第二関節から先がグニャリと曲がっている。そこにあるべき固い何かが無くなったのだ。

 連慈はリの吐き出した指の骨を踏み砕く。

「決めてくれ、編花。その後のことは気にしなくていい」

 編花は連慈を見た。絵瑠を見て遊人を見て、リを見た。最後に母親を見た。先ほどよりかなり下に着てしまった母親にガラス越しに寄りそうと編花は思いっきり目を瞑った。溜まっていた涙は、それに押し出される。

 一度何かを言おうとして、息だけが漏れた。編花は大きく息を吸うともう一度声を発した。

「いりません」

 最初に動いたのはリであった。大きく息を吐き、そして笑い出す。自分が助かったことを理解したのだろう。唾液を飛ばしながら笑う。その段になって、連慈は大きく眉根を寄せ、絵瑠は悲しそうに微笑んだ。遊人は、リの耳を掠らせるように爪先で蹴り込む。鋭利な刃物でされたかのように、耳半分程に切り込みが入る。しかしそれでも笑いは止まらない。

「リですが、生きてやす」

『そうか、その男にイヤホンを渡せ』

 遊人がガラスを盛大に割り、女性の身体を水から出す。絵瑠は、編花を抱きしめた。それを見て、少し頭を振ると、連慈はリの血塗れな方の耳にイヤホンをねじ込み、リは連慈に罵声を浴びせた。

『初めまして、リさん。まずは、生還おめでとう。私があなたの身の安全は保障しましょう。これ以上、そこの連中があなたに手を出すことはない』

 リの顔は笑顔に変わる。

「あんたは話が分かるようだな! そうだ、俺を生かしておけばいいことがあるぞ!」

 リの声には生気が戻っている。このような男は長生きするのが道理なのかもしれない、と愚にもつかないことが頭をよぎる。

『あなたに伝えなければならないことがいくつかある。まず第一に米国はあなたを追うのをやめた。第二に日本国内であなたを追う組織が二つあったわけだが、どちらも「私たちに任せ、関与しない」約束を取り付けました』

「やるじゃないか! 姉さんに紹介してやってもいいぞ! おまえの小せえ組織にもコネクションは必要だろ」

 リは下品に大口を開けて笑う。

『そして、あなたの言う「国」とやらに確認しましたが、あなたのような人間はいないとのことです』

 リの口は開いたまま動きが止まる。

『と、お伝えすることは以上です』

「どういうことだ! 国には姉さんが話してるはずだぞ!」

『知らんよ。知るわけないだろ。ただ、まぁ貴様のような盆暗ぼんくらの扱いなら私はよく知ってるよ』

 豊明の声が低くなる。

『いいか? 貴様が生かされているのは、そこにいる少女の頼みだからだ。この世でもっとも高貴な我侭のおかげだ。誰も彼もが、貴様のやっすやっすいその命すらいらんと言っているのに、それでも少女は生かしてくれといった。だから私は貴様を殺さない。例え、貴様が殺してくれと頼んでも殺さない。いいか? 貴様は彼女の、この世に数少ない善意によって生かされる。しかし、貴様を生かしてやるのは私だ。私は少女の善意を汲み取って貴様を悪意で生かす。いいか? 彼女が天使に見えただろ? それが偽りの姿であったと思わせてやる。彼女が悪魔だと思うような目に合わせてやる。そしてそれでも貴様は生かされる』

 そういうと、通信は途絶えた。ちょうど女性の身体を遊人のジャケットで包んでいるところであった。リはうなだれるようにしていた。顔からは先ほどまでのいやらしい笑みが消えていて、口をだらしなく半開きにしそこから唾液が流れ出している。国から捨てられた悲しみからなのか、これからのことを想像した恐怖から、脳の方がショートでも起こしたのだろう。

 包み終えた遊人は辺りを見渡した。拘束された男が一人、大けがを負った男が一人。脚を打ち抜かれた女と、少女がそれぞれ一人。そして、死体が一体。

「絵瑠、銃持って着いてこい。まずは、そのボンクラ連れてく」

 そして、すぐに戻る、と付け加えるとリを肩に抱え、そして、それを感じさせない身軽さで動き出す。絵瑠が、編花を見やった後で足を引きずりながらついていく。ゴキブリが閉鎖した扉を、遊人が強引にこじ開けるとその奥の路に消えて行った。

 二人を見送ったところで連慈は思い出したかのように腰袋から拾った懐中時計を取り出した。そして、編花の首にかけてやる。

「私、ママが香の異能を持ってること知ってたんです」

 それを見た、編花は思い出したようにつぶやいた。その声は暗い。危険度の高い状況を回避するためにこの順番なのだろうが、娘とその母の死体を置いていくのは人道的とは思えなかった。

 無理してしゃべらなくていいぞ、と連慈は言ったが編花は首を振った。喋っている方が気がまぎれるのだろう。

「昔から、私とママで香りを使って手紙をやり取りしてたんです。それを手紙っていうのかわからないけど」

 そういい編花は懐中時計を握りしめる。

「最初、みんなが死んだって聞いたときは信じられなかったんです。でも、この懐中時計にママの香りが付いてたんです。”あなたは生きて”って」

 香りとはつまりフェロモンであり、それで意志を伝える生物はいる。この懐中時計には、多くの人間には”無関係”というフェロモンが、そして、編花にだけその生存と意志が伝わるようになっていたのだろう。

 絵瑠の頬が緩んだのと同時に、電話のベルが鳴りだした。連慈は脚を引きずりながら部屋の奥にある電話に手をかける。

「誰ですかいね」

「日本語? となると、そこは制圧されたか」

 艶のある女の声。年齢的には二十代後半か、三十代前半であろう。その声は、事実を理解した上であっけらかんとしている。恐らく海外からなのだろうが、流ちょうな日本語である。

「そこに、どうしようもない男がいたと思うが死んだかね?」

「生きてますぜ。いつまで生きてるかは分かりかねますが」

 女はそうか、となぜか不満そうに声を漏らす。

「あんたは、あのバカとどういった関係でしょうかね?」

「姉だ。まぁ、現時点を持ってその関係も終わりだがな。あいつはあいつで使い用もあったんだが、まぁいいか」

 そういうと、天井からガキンと音がした。明らかな奇妙な金属音。

「あ~、今何かしやしたか?」

「うむ。そこは我々にとっても危険だからね。君達も逃げたほうがいい。いや、あの愚弟を倒したということは、あの二体も倒したということか、ならば消えてくれた方が楽だがね」

 そういうと、電話が切れる。そして轟音。どこかが爆発したらしい。

「秘密基地の最後は崩れるってのが相場だけどよぉ、それは漫画だけだと思ってたぜ」

「しかし、一番手っ取り早い方法だからな。日本でもよくやる手段だ」

 連慈は、編花の元に走る。少女は、母親を庇うように覆いかぶさっている。

「編花、行くぞ」

「……嫌です」

 二度目の轟音。水槽のガラス全面が砕け落ち、二人に降り注ぐ。時間はそう多くない。そして、連慈と編花にはこの母親を連れて行くのは不可能だろう。少女には荷が重すぎるし、連慈は満身創痍だ。そして、連慈は判断を下した。

 三度目の轟音が鳴った瞬間少女の元に駆け寄ると、少女をすくい上げるように抱え上げた。編花は轟音により一瞬身体を強張らせていたため、そこまでは容易であった。そして、そのまま踵を返すように走り出す。そこで、少女は状況を理解した。

「やめて! 離して! ママ! 離せ! ママ! ママ!」

 肩の上で暴れる少女。連慈はそれを無視し走る。少女の左足が連慈の腹部を痛打するが叫び声すら上げない。ただただ、口から血の泡をこぼしながら、それでも決して少女を離さず、速度も緩めない。

「次を右だ!」

 私は案内の声を張り上げる。倒壊の音と、少女の叫び声がどんどん大きくなる。

「連慈!」

 私は反射的に叫んでいた。曲がり角を曲がった瞬間、右側の壁が砕け倒れ掛かってきたのだ。編花がそれを見て叫び声をあげた。連慈は、無理な体勢に身体をひねり、地面を転がりながらそれを回避するとすぐさま立ち上がると走り出した。編花を庇ったのか、その右腕がだらりとして力が入っていない。編花はいまだ泣き叫んでいる。倒壊音と砂塵をかき分け、上階につながる階段にたどり着く。しかし、そこまでだった。頭上が崩れたのだ。連慈は上を見た。編花もそれを見て叫んだ。連慈は、編花を庇うように倒れ込んだ。

 しかし、次の瞬間起きるはずであった、天板の落下音は遠くで聞こえた。

「大丈夫か」

 そういうと、声の主は少女を抱え上げる。遊人であった。階段の上には絵瑠が尻餅をついて座り込んでいる。

 あの一瞬で、絵瑠は突風を起こし天板の崩落を遅らせ、そのわずかな隙に辿り着いた遊人が天板を砕き飛ばしたのである。

「遅えぞ…… ダボ」

 連慈は、そこで意識を失った。絵瑠が足を引きずりながら、それでも必死にこちらに近歩いてくるのが見えた。


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